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【書評】 ジャイロがジョニィと出会わなかった世界線 (死刑執行人サンソン/安達正勝) 【ジョジョ第七部SBR】

先日、このようなツイートをしたところ様々な反響を頂きました。

「死刑執行人サンソン」は、パリの死刑執行人シャルル=アンリ=サンソンとその一族の生涯を描いた本です。このシャルル=アンリは、ジョジョ第七部の主人公の1人であるジャイロ・ツェペリのモデルであると、荒木飛呂彦先生が名言しています。

では、なぜ

シャルル=アンリの人生は「ジョニィに出会わなかった世界線のジャイロの人生」

と感じたのしょうか?

この理由について、本の内容に触れながらお話ししたいと思います。


なお、この記事は「【ジョジョ考察】第七部 SBRがよくわかる記事①(「男の世界」「漆黒の意志」とは)」の補足的な内容となっています。先にそちらをご覧いただくとより分かりやすいと思います。




【はじめに】 ジャイロ と シャルル=アンリ の人生の違い


初めに結論から言ってしまうと、ジャイロとシャルル=アンリの人生の最大の違いは、「『自分が正しいと信じられる道』を見つけられたかどうか」だと思います。

ジャイロがジョニィと出会い共に旅をしていく中で『自分が正しいと信じられる道』を見つけることができた、ということについては、別記事で詳しくお話ししていますので、そちらをご覧ください。

ここでお話しするのは、シャルル=アンリは『自分が正しいと信じられる道』を見つけることができなかった、ということです。あるいは、正しいと信じていた道を失ってしまった、と言った方が正確かもしません。

彼は67年間の人生の中で、三度も自分の信じていたものに裏切られてしまったのです。




【第1章】 国王の処刑

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① 死刑執行人のよりどころ:キリスト教

死刑執行人は皆、敬虔なキリスト教徒でした。それには2つの理由があります。

第一に、自身の身の潔白を示すためです。

死刑執行人が差別される最大の理由は、残虐な刑を平然と実施する人非人と思われるからだが、差別されるもう1つの理由に、極悪人と直接的接触を持つということがある。そこで、死刑執行人は、自分の普段の生活が人から絶対に後ろ指を刺されることがないよう、道徳的に非難の余地がない生活を送るように身を律しなければならなかった。(P25, 一部省略あり)”

中世フランスでは「道徳的に非難の余地がない生活=キリスト教の教えに従うこと」でした。キリスト教が絶対的な正義だと信じられていたのです。

第二に、人を殺す際に自分の心を落ち着けるためです。

どんなに剣の道に熟達していても、それだけで斬首刑を執行できるものではない。死刑によって犯罪人をしに至らしめることが正義にかない、社会のためになるという確信がなければ、死刑囚の首を斬れるものではない。死刑執行人は、自分の行為の正当性を繰り返し繰り返し自分に言い聞かせ、自分を納得させなければならなかった。(P104)

実際、一般人が薄っぺらい正義感で死刑を執行した場合、精神的な負担が大きすぎて、執行した彼自身がショック死してしまったこともあったようです。

まさに首を持ち上げて群衆に示そうとしたそのとき、若者は突然、後ろにもんどり打って倒れた。若者は死んでいた。能力を超える極度の緊張状態にさらされ続けたため、肉体がそれに耐えきれず、ついに脳卒中を起こしてしまったのであった。
   (中略)
処刑にとりかかるとなれば、処刑の恐ろしさ、つらさに耐える精神力を普段から養っておかなければならないし、自分の行為に対する正当性の確信、世間との対決姿勢等々が必要になる。普段からの修養・覚悟・心構えがない素人は、処刑台の上で人を処刑するという強度の重圧に耐えることができない。(P154, 一部省略)

処刑という残虐な行為を正当化してくれたのが、キリスト教でした。彼らはキリスト教のおかげで心の平穏を手に入れることができたのです。

キリスト教では、国王は神から選ばれた特別な人間とされています。その国王から「処刑する権利」を与えられた唯一の役職が死刑執行人でした。


② 国王の処刑

先述したように、死刑執行人が人を殺すことが正当化されたのは、国王から「処刑する権利」を与えられたからでした。もともと「処刑する権利」は、神から選ばれた特別な人間である国王のみがもっている権利でした。

しかし、1789年のフランス革命によって、事態は一変します。

王政が打倒され、全権が市民議会に渡ったのです。さらに、当時の国王が国外逃亡を謀ったこと(ヴァレンヌ逃亡事件)をきっかけに、国王の処刑が決定されました

誰よりも国王を崇拝していたシャルル=アンリが、自ら国王を処刑することになろうとは、、、処刑が決定したときのシャルル=アンリの心情が次のように描かれています。

自分たちの職務は国王から委任されたものではないか。我々は先祖代々、国王に代わって犯罪を罰してきたのだ。国王陛下を手にかけるなど、とんでもないことだ。どうしたらいいのだろうか?いっそのこと、どこかへ逃げようか?(P186~187, 一部省略)

心のよりどころだったキリスト教。そのキリスト教で最も尊い存在とされた国王を自らの手で処刑する苦しみは、想像を絶するものだったに違いありません。シャルル=アンリは『自分が正しいと信じていた道』を完全に失ってしまったのです。




【第2章】 ギロチンが招いた悲劇

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① 人道主義・平等のためのギロチン

ギロチンの誕生にはシャルル=アンリが大きく関わっています。


そもそも、ギロチンは《自由と平等》の精神から生まれたものでした。

革命前は、同じ罪を犯して死刑の判決を受けても、貴族なら斬首、一般庶民なら絞首というふうに、身分によって処刑の仕方が違っていた。それは平等の原則に反する、人間の平等が宣言された以上は身分の如何を問わず処刑方法は同一でなければならないという議論が、ギロチンが誕生するきっかけになった。(P93, 一部省略)

議論の結果、斬首がもっとも迅速で苦痛の少ない人道的処刑方法だということで、「死刑囚はすべて斬首されるものとする」と決定しました。

確かに、斬首は成功すれば苦痛を与えることなく迅速に、かつ、確実に死に至らしめることができる処刑方法です。しかし、斬首には非常に高い技術が必要なだけでなく、処刑される側にも覚悟が必要となります。死刑囚が暴れ処刑に失敗した場合、より大きな苦痛を与えることになるだけではなく、苦しむ死刑囚に観衆が同情し、暴動に繋がるということも実際にありました。

そこでシャルル=アンリは、「死刑を斬首のみにするならば、死刑囚の体を固定し、刑の執行が確実に行われる手段を見出す必要がある」という意見書を提出し、これがきっかけでギロチンが開発されることになったのです。


② 大量殺戮を可能にしたギロチン

人道主義と平等のために開発されたギロチンでしたが、革命以降、その使われ方が大きく変わることになります。

革命以前は死刑執行は年に40~50人程度でした。これは、剣による斬首は時間を要すること、死刑の方法が多様であったことなどが理由です。

しかし、ギロチンの登場により、機械的に連続斬首することが可能となったことで、恐怖政治下では1日に40~50人、わずか数ヶ月で2700人以上が処刑されることになりました。

その結果、シャルル=アンリは生涯で3165人を処刑し、世界で2番目に多くの死刑囚を処刑した死刑執行人となってしまいました。

シャルル=アンリは死刑廃止をずっと訴えていました。そんな彼が死刑執行数で歴史に名を残すことになってしまうとは、なんと冷酷な世の中でしょうか、、、

人道主義と平等のために、正しいと思ってギロチンを開発したのに、ギロチンのせいでより多くの人が死ぬことになるとは、、、
シャルル=アンリは『自分が正しいと信じていた道』を失ってしまいました。




【第3章】 死刑と虐殺に違いはあるのか

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ここまで述べてきたように、シャルル=アンリは誇りと正義感をもって死刑を執行してきました。それを支えてきたのはキリスト教の教えであり、国王でした。彼は『自分が正しいと信じられる道』を歩んでいたのでした。

そんなシャルル=アンリの信念を揺るがす事件が、革命の最中に発生します。
「九月虐殺事件」です。

この事件の引き金となったのは「革命で捉えた牢獄内の囚人たちが反乱を起こし、街中に打って出てくる」という噂でした。国内の至る所に敵が潜んでいるのではないかと疑心暗鬼になった一般の人々が、大量虐殺を行ったのです。

虐殺は5日間続き、千数百人の犠牲者が出ました。(一説では一万四千人以上がなくなったとも言われています。)

これを見たシャルル=アンリには、大きな怒りがこみ上げていました。

自分たちは国王によって犯罪人を処罰することを委任された。しかし、勝手に大勢の人間の虐殺した人々は、何の資格があって人を死に至らしめたのか?(P164)

自分が信念をもって行ってきた”処刑”と、一般人が感情のままに行った”虐殺”には違いがあるのだろうか。”処刑”も”虐殺”も、人を殺すことには変わりがないのではないか、、、シャルル=アンリの『正しいと信じていた道』は大きく揺らいでしまいました。




【まとめ】 なぜ シャルル=アンリ をモデルに選んだのか

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シャルル=アンリは三度も『自分が正しいと信じていた道』を失ってしまいました。

荒木先生は、彼の悲劇的な人生を知り、いてもたってもいられなくなり、希望を込めてジャイロ・ツェペリというキャラを生み出したのではないでしょうか?
つまり、シャルル=アンリ が『自分が正しいと信じられる道』を見つけることができた世界線として、ジャイロの物語を描いたのだと思います。


ジョジョを貫くテーマである『人間讃歌』。

人間は不完全な生き物だけれども、強い意志があればどんな困難にも立ち向かえる。だから人間は素晴らしい、生きることは素晴らしいのだ、という強いメッセージが、第七部SBRには込められているように思います。

この視点を踏まえて、もう一度、第七部SBRを読み直してみてはいかがでしょうか?


今回は「死刑執行人サンソン」という本の内容を中心にお話しさせていただきました。別記事では、この本の内容を踏まえて、第七部SBRについてより詳しく解説しています。よろしければ、ご一読ください。


今回ご紹介した「死刑執行人サンソン(安達正勝・著)」は、歴史物とは思えないほど読みやすく、ジョジョ好きの方にも、そうでない方にもオススメできる一冊です。フランス革命についても非常にわかりやすく、詳しく描かれているので、世界史を勉強中の方にもオススメです。

https://www.amazon.co.jp/死刑執行人サンソン-―国王ルイ十六世の首を刎ねた男-集英社新書-安達-正勝/dp/4087202216




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