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【漢人(中国人)】は【民主主義】を理解出来るか


そもそも、漢人、清人(女真・満洲人)が、【民主主義】を前提とした、【立憲民主主義】を理解出来たかどうかが分からない。

孫文が明確に当時の中国で浮いていたのは、そう言ったこともあったのではないかと考える。
もっとも、孫文がソ連に結びつくという、【民主主義】自体が判かっていなかったのではないかという【疑い】もある。

【漢人】は【清国】や【西欧列強】の下で、【手先】になり、他民族や自国民への圧迫的(武力的・経済的)な【支配】の実行者となってきた。
その名残として、シンガポールやマレーシアなどが見られる。

もともと、【清人】と【漢人】は違うし、現在の中華人民共和国の主張するような【清国】の版図は、現在の【中国共産党】の主体を構成する【漢人】ではないことは明らかであり、【清国】の末の西欧列強の蚕食によって生み出された【混乱】と【清国】の滅亡によって【漢人】が実質的な【為政者】として約200年ぶりに【漢人】の手にもどったという感じであるが、当然ながら【清国】の【版図】であった周辺国は【漢人】のものでもなかった。

孫文がアメリカから持ちこんだ【民主主義】は、当時の【西欧列強】との交わりでも【認知】はされていたが、その後、【民主主義】が【理解】されてるわけでもなく、【形】だけを使って【利益団体】という【家族】を中心とした【閥】によって【対外交渉】や【工作】のための【ツール】として利用されていく。

これは、後の【共産主義】にしても同じで、現在でも【軍区(村)】ごとの地方閥に利益による【社会構成】が成り立っている。
【共産主義】がそもそも【民主主義】とは言えないのは、過去の政策による行為や、施行される【法律】等々の文面を読めば理解出来るだろう。

【漢人】がそもそも【民主】という【公平】【平等】を含む【観念】にたいする【理解】ができるかというと、甚だ【疑問】である。
過去、【孫文】を含む【漢人】達を【民主化】【文明国家】を目指して、支援した【日本人】達も、そこを読み間違えた為の【悲劇】だったのではないかと考える。
これは【戦後】、【中華人民共和国】への【経済復興を支援】した【日本人】もどうようの【過ち】を繰り返し犯したと言うことにほかならないだろう。

【漢人】に【民主主義】はあり得ないし、伝統的にその様な【理解】は出来ない。それは何百年と何かの手先になって生きてきた【漢人】の【現実認識】とは【他人】の【幸福】を手助けするという【民主】という【概念】が【理解】出来るはずがないからである。

香港の【民主】にしても、【香港人】の中華人民共和国により【利益】を奪われることへの【抵抗】であって、【民主主義】というキーワードは、【利用】に過ぎないと考える。
かといって、香港の【民主活動家】を応援しないかというわけではないが、基本的に【民主主義】の【立ち位置】や【認識】が異なる事を理解した上で【支援】すべきと考える。
マレーシアやシンガポールの【華僑】という人々の【不公平性】も【漢人】の【民主主義理解】には役に立つのではなかろうかと思う。

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