見出し画像

【掌編小説】記憶の作品集

「こうやって全員が集まるのって久しぶりじゃない?」
「確か前に集まったのって卒業式の打ち上げだよね」
「えっ!高校生!?わか〜い!」

そうか卒業ぶりか。

以前集まったことが遠い昔のようなことに思えてくる。
高校の卒業と共に上京してから気づくと5年。重む家賃と食費を言い訳に、交通費を捻出できないと嘘をつき、長らく地元へは帰っていなかった。

しかし、社会人一年目のタイミングで親孝行ついでに顔を出してみると、ちょうど友人たちと帰省が重なった。

友人たちに会うのは久しぶりだった。

会いたくなかったわけではない。同じく上京した人とは東京で何度か会ったし、メッセージのやりとりだってしていた。ただ、帰ってしまったら、もう過去形になってしまった淡い好意を思い出してしまう気がしたのだ。

だから正直、今年も帰るか迷っていた。
それでも行く決心をしたのは、社会人と呼ばれる日々の中で、あと何回両親に会えるのだろうと少しばかりこれから先を見つめてしまったからだ。

しかしいざ帰ってみると、やることも見当たらずこうやって飲みに行く予定がなければ、ただ怠惰な年末を過ごすところだった。

たしか卒業式の打ち上げはどこかのファミレスだったはずだ。ドリンクバーの甘い飲み物で乾杯をして、高らかに自分の進路を告げるもの、終わってしまった日々を嘆くもの、懐かしいシーンが蘇る。それが今ではアルコールの入ったグラスに変わり、惰性で続ける仕事の愚痴を語り合っていることが、時間の流れをふつふつと感じさせる。

けれどいざ集まってみると、そんな時の速さを裂くように、自分が高校生に戻ったかのような錯覚に襲われた。目鼻だちや髪型が変わり、いくぶんか老けてはいるが、雰囲気は変わらない。もしかすると、過ぎていく時間は、人の中に宿るのかもしれない、とふと思った。

「実は今日、もうひとり呼んでるんだよね」

友人がそう言ったことを合図のようにして、居酒屋の入り口のベルがカランと音を立てた。

「あ!こっちこっち!」
都会では見ることができない薄く化粧をした丸顔に、黒目の大きい瞳。
不安そうな唇をしたその表情は昔と何も変わらない。
小走りでテーブルに駆け寄ってくる彼女は、ぼくが高校の頃付き合っていた恋人だった。

「久しぶり~元気してた?」
「うん、元気だよ!みんなも変わらないね」
「今何してるの」
「こっちで就職して、事務の仕事してるよ」
「え~偉いな~、東京でちゃうともう戻れないよこっちには」

若い青年の店員がお待たせしました、と奮い立つような声でポテトフライを運んでくる。きつね色のそれは湯気が立ち上り、まだ熱そうだ。

店員のいらっしゃいませ、お待たせしましたの応酬で、店の中はしだいにボルテージが上がっていく。

その熱さに同調するように思い出話に花を咲かせる。あの頃さ〜、ねえ覚えてる?、懐かしい!。出来事をなぞるように思い出し、グラスが一つ、また一つと開いていくと、楽しい時間は天をかける星のように早く過ぎていき、気づくと携帯のロック画面が昨日から一日過ぎた日付を映し出していた。

そろそろ帰ろっかと、一人が言いだしたことをきっかけに、氷で薄くなったハイボールを一口で胃に入れる。

そのまま酔っ払ってふらついた友人たちと肩を組み、危なくないようになんとか店を出た。

***

へべれけに酔っ払い、赤く頬を紅潮させた友人たちがそれぞれの帰路につく。
幸か不幸か、元カノとは帰り道が一緒だ。さてどうしたものかと考えていると、彼女が先に口を開いた。

「ねえ、ちょっと酔い醒ましにさ、高校まで歩いてみない?」
「え?ああ、いいよ」

それからぼくたちは昔とは少し離れた距離感で並んで歩いた。

等間隔に立ち並ぶ街路樹と、女性の独り歩きには心もとない外灯の少なさが、じわじわとぼくたちを部活帰りに一緒に帰ったあの頃に戻す。

彼女とは高校生ながらいろいろなところに出かけた。
街が見渡せる公園の展望台や、アンパンのキャラクターを作った作者の記念館。

けれど、ぼくが思い出すのはいつもこの帰り道だった。

あの信号機。赤色が長く続くことで有名な信号機の前で、彼女はぼくに別れを告げた。

「懐かしいね、この道」
「よく一緒に帰ったよな、なんかいつも待たせてたけど」
「ほんとだよ、部活終わっても自主練で残るからすごく退屈だったよ」
「言いに来てくれればよかったのに」
「できるはずないじゃん、そんなこと」
「なんでよ」
「だってそういうところも好きだったんだから」

なかなか変わらなかった信号機がタイミングよく青に変わり、電気の消えた住宅街を横目に歩くと、校門にたどり着いた。

「変わらないね、この学校も」
「5年で変わったとしたらそれはそれでなんか嫌だけどね」
「あ、けど山下先生、今年で定年退職だって」
「あの古典の?」
「うん、小説のセリフとかを授業の最初でみんなに伝えようとする山下先生。今年が最後だってお母さんが言ってた」
「なんかちゃんと過ぎてんだな、時間って」

ぐるりと高校を一周し、再び同じ帰り道を歩く。濡れたアスファルトの冷たさが靴底から伝わり、体の芯から冷えてくる。
自然が多いこの街はやはり、東京より寒い。なんでマフラーをつけてこなかったんだろう。
後悔はを閉じ込めるように体をすぼめながら歩いていると、酔っているのか上機嫌な彼女の鼻歌が聞こえてきた。

「あ、Greenbird」
「好きだったよねフジファブリック」
「懐かしいけど最近聞いてないな」
「CD貸してくれたから私も聞くようになっちゃったよ」

フジファブリックはぼくたちの共通言語だった。
春になったら『エイプリル』
夏になったら『若者のすべて」
秋になったら『赤黄色の金木犀』
そして、冬になったら『MUSIC』を聞き一年を季節と共に思い出す。
どんな季節でも日常をきれいに染め上げてくれる。なんでもない毎日でも自分が思っているより美しものであると教えてくれるフジファブリックの曲はぼくたちの青春だった。

「てかさ、、、あの時、別れようなんて言ってごめんね。急だったよね」
「なにいきなり」
「いやなんかさ、少しノスタルジックになっちゃって」
「全然気にしてないよ。大丈夫」

閉じ込めていた過去形の好意に終わりが来るように、彼女ともあの三叉路でお別れだ。
たくさんの人が歩き、靴の摩擦で消えかかっている白線が今日の終わりを告げている。

もし二人が同じ道を歩んでいたら、今頃どうなっていたのだろう。

「あそこでお別れだね」
「じゃあ、元気で。機会があればまたみんなで集まろ」
「あのさ、たぶん私、あなたのこと忘れないと思う」
「え?」
「山下先生の言葉でさ、記憶は人生の作品集だって言葉があってさ、それが今になって意味がわかったんだよね」
「どういうこと?」
「記憶ってさ、どんどん重なっていくものじゃん?綺麗な景色を見て、美味しいものを食べて、覚えては忘れていってさ。でもさ、この5年間、あなたのことは忘れなかったんだよ。だからさ、忘れていく中でそれでも残るものって自分にとって本当に大切だったものなんだと思う。それが良いものでも悪いものでも」

彼女がそう言い終えると同時に三叉路に辿り着く。ぽつんとたたずむ街灯が2つの影を映し出し、そのうちの一つが少しずつ伸びて、次第に消え、小さくなっていく彼女の背中が暗闇に紛れていった。

彼女のいうように記憶が人生の作品集だとしたら、ぼくが人生の終盤でページを一枚一枚丁寧にめくった中に彼女の姿はあるのだろうか。

それがあればいいなと思いながら酔いが覚め、しっかりとした足取りでまだ覚めきらない夜が眠りに落ちるこの街を再び歩き出した。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?