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【短編小説】はじめて見せた欲だった

「今日どうする?」
「うーんなんでもいいかなあ、外で食べてもいいし、なにか家で作ってもいいし」
「たしかにそうだねえ」

そう言ったまま私達は、無言でお互いのこぶしを目の前に差し出した。

「じゃんけんぽん!」

***

じゃんけんはわたしたちの共通言語のようなものだ。

欲も意思もないふたりにとってなくてはならないものだった。
というのも私達は食べたいものも、行きたいところもすぐにパッと思い浮かばず、かといって欲が出てきても他の誰かの希望があれば、強く主張することなく従うような、なんとなく生きてきたふたりだった。

多分私達は川に浮かべる笹舟のような、自分で決めることなく流されるまま生きてきた似た者同士だったのだと思う。

こんな2人がどうして付き合い出したかといえば、それもまたなんとなくだった。

同じ会社の同期で、何回か大人数での宴会や日常のさりげない会話を通して、自然とふたりで会うようになり、気がつけばふたりで住むようにまでなっていた。

付き合い始めた当初は、それなりに恋人っぽいことをしてみたけれど、次第に「恋人っぽい」もののネタが尽きていった。

そして、そんな頃に冗談半分で始めたじゃんけんで勝ったほうが次の行動を決めるというルールが今も続いている。

食事をするお店も、休日に出かける場所も勝ったほうが決め、負けたほうは問答無用で従う。

そのルールが欲も意思もない私たちに強制力をはたらかせたのか、こうやって仲良くやっている。

そんなこんなで今日もまた、私たちはじゃんけんに勤しんでいる。

***

今回の勝者は彼だった。

「俺、最近強いなあ」
「確かに負けなしだねえ、それで今日はどうする?」
「よし、じゃあ駅前のラーメン屋行こう。なんか久しぶりな気がするし」

そう言って立ち上がり、外に出る準備を始める。


「なあなあそういえば、なんで俺らって付き合ってんのかなあ」
「うーん、なんとなくじゃない?」
「まあそうだよなあ、けどそれでも仲良くやってきたよなあ」
「確かにけんかとかしたことないしねえ」
「じゃあさ、そろそろ結婚しよっか」
「え?」


突然のことに手に持っていた財布を落としそうになる。
彼からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
驚きを顔に出さないように聞き返す。


「結婚って本気で言ってる?」
「うん。適当にこんなこと言わないよ」
「いや十分、適当だったと思うけど」
「そうかなあ、それでどうしたい?」

結婚については考えたこともなくはない。

周りの友人が順番に式をあげ、幸せそうな顔を見て、結婚しないの?と問いかけてきたのはここ2、3年のことだ。
かといって彼と話あうわけではなく、やはりなんとなく時間だけが過ぎてきた。

答えをにごすように私は言う。

「いやそうしたいって言われても突然だしなあ」
「じゃあさじゃんけんで決めようよ、俺が勝ったら結婚する。負けたらしない」
「いやいやさすがにこれはだめでしょ!」
「まあまあ、はいいくよー、、、」
「ちょっ、、、」

勢いに押されたまま、習慣となってしまった手の動きを貯められないでいると、急に枯れが差し出した拳を止めて、彼が私の顔を見つめてくる。

そして真剣な顔つきのまま、彼は言う。

「あ、そうだちなみに俺チョキ出すから」
「えっなにそれ、、、」
「じゃーんけん、ぽん!」


ニヤリと笑いながら、彼はつぶやく


「やっぱり負けなしだなあ俺。じゃあそういうことで。よし、飯食べに行くか」

突然の出来事に頭が追いつかない。
しかし、くやしいなあと思いつつも頬がゆるんでしまう。

プロポーズがじゃんけんか、まあそれも私達らしいくていいのかもしれない。
とりあえず、親に報告して、友人にもそれとなく話さなくては。

続いていく未来のことを想像して、気分が明るくなってくる。

ふと差し出した自分の手のひらを見て、ああそういうことかと、はじめて自分の欲が見えた気がした。


著  じょん

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