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【短編小説】『offlineの生活』

「久しぶり~、元気だった?」
「ああ、元気だよ。そっちは?」
「元気だけど退屈してるよ~。家出ちゃだめとか拷問でしょ」
「まあけど、便利な世の中でよかったよ。携帯さえあれば外に出れなくても、声と顔は見れるんだもんな」

彼の満足そうな顔がパソコンの画面越しに見える。

こうやって画面の中でしか彼と会えなくなってからすでに、1ヶ月が経っていた。

突如わたしたちを襲った新型のウイルスは、またたく間に世界中へ広がり各国の生活を180度変えてしまった。外に出て、人と顔を合わせることですら、もはやタブーだ。

外に出る。そんな当たり前の日々がこんなにもたやすく崩れ去っていくとは夢にも思わなかった。


特に、付き合って3ヶ月という、恋人として重要な時期に差し掛かったわたしたちに、この状況はいささか不愉快だった。

会えない状況がいつまでも続くと、関係は次第に冷めきってしまうとどこかで聞いたことがある。できればそれは避けたいと思ってしまうほど、彼のことをまだ好きだということなのだろう。

だから普段会議で使われるzoomというアプリを使って、週に2回ほどは顔を合わせ、同じ時間を過ごしている。ウイルスに対するささやかな抵抗だ。

オンライン上でしか人に会えないなんて、
あたたかみがなくて寂しい。

しかし人間とは不思議なものだ。

会えないからといって、仕方ないで諦めるわけでもなく、どうすればいいかを考え、インターネットをを使って実現させている。

わたしならとっくに諦めてしまうだろうに。

もしかすると、インターネットというのは「会いたい」という気持ちから生まれたのではないかと、ロマンスあふれる考えがふと頭をよぎった。

***

「そっちは?在宅勤務だっけ?」
彼がテーブルの上を片付けながら問いかける。

「一応ね、嫌でも出社しなきゃいけない時もあるけど基本はリモート。」
「いいなあIT系は。こっちは2日に1回出社しなきゃだよ。会社でしかできないこともあるから不便だしさ」
「まあ急に言われても無理だよねえ」

寂しいとはいったものの、画面上での会話はいつもと違った雰囲気が出て好きだ。
彼の生活の様子を観察しながら、声を聞いていると同棲しているような気分を味わえる。

彼がテーブルを片付けて、その間に私は食後のコーヒーを入れたり食器を洗ったり……なんて、また妄想を膨らましてしまった。
さすがに付き合って3ヶ月で同棲の妄想をしてしまうなんて気が早すぎる。

油断するといつもこうだ。
こんなことばかり考えているから、よく彼にぼーっとしていると言われてしまうんだろう。氷が溶け始め、汗をかいたグラスがぽつんとテーブルの上に残される。

「あ、ごめんちょっと歯磨きしてくるわ」
彼が思い出したように言う。

「スマホ持ってけばいいじゃん」
「なんでだよ」
「歯磨きしてるところも見てみたい」
「なにそれ、まあいいけど」

あ、いいんだ。
特に意味はなかったが、なんとなく言ってみたことを了承されてしまった申し訳無さが胸に残る。
彼が気持ちいいリズムで歯ブラシを動かす音が聞こえてくる。

「私に見えるようにしてよ」

そういうと彼は携帯のカメラを外向きに変え、鏡にうつる自分の姿を画面上に写した。

今更ながら私何がしたかったんだろう。
見てどうするんだ、歯磨きなんて。浮かれすぎていたな、と少し反省する。

言った手前申し訳なく、彼の歯みがきの様子を観察する。
洗面台意外ときれいだな、と思いながら眺めていると、蛇口の横に立てかけられている歯ブラシが目に入った。

いや待てよ、彼は今歯磨きをしているし、なんでもう一本あるんだ?
掃除用?いやそれにしてはきれいすぎるな……。

たくさんの考えが頭をよぎる。
しかし、もうそれ以外には答えを出すことができなかった。

浮気だ。

みんなが自粛している中、こいつは部屋に女を呼んでいたんだ。
うんざりした気持ちで、気分が重くなる。
しかし、見なかったことにはできない。
そう思って、疑問を投げかける。

「ねえ、最近部屋に誰か呼んだ?」
「え?こんなときに呼べるはずないじゃん」
水で濡れた口元をタオルで拭いながら彼は言う。
ああこの後に及んで嘘をつくのか。

もう嫌だ。
はっきり言われたほうが傷つかないのに。

「じゃあその歯ブラシ誰のなの!2つもある必要ないでしょ!浮気してるんなら言ってよ!」

つい感情的に言葉を並べてしまった自分にも嫌気がさす。

彼は驚いた顔でこちらを見つめ、ポツリとつぶやく。
「ごめん……」
ああ、やっぱりそうなんだ。もうどうでもいいや。
とりあえず今日は寝て、明日話そう。

落ち込んだ気持ちを塞ごうと、とりあえず画面を消そうとした時、彼がとっさに言い出す。

「君のなんだ、これ」

何を言っているんだこの男は。私は部屋に泊まったこともなければ入ったこともない。
歯ブラシがあるはずないじゃないか。

「はあ?何言ってるの、意味わかんない」
呆れた気持ちを声に出す。

すると、慌てた様子で彼が言う。

「一緒に暮らさない?」
「え?」

一緒に暮らす?同棲ってこと?
さっき頭の中で考えていたのに、いざ言われると現実感がなく、頭が追いつかない。

「買っといたんだ。君と住みたくて、なんか気が早いなとは思ったからとりあえず歯ブラシだけさ。会えなくて思ったより寂しかったから…なんて気早いよね」

私の心はなんて調子がいいのだろう。
さっきまでの苛立ちが消え、どこかむず痒い恥ずかしさがこみ上げてくる。

「やっぱり、気が早いよね。引いちゃったかな」

何も言わずにいると彼が不安げに口を開いた。

「いいよ」
「え!いいの」
「うん。ただ、歯ブラシはいいけど歯磨き粉は選ばせてね。ミントは苦手だからさ」
「意外と子供っぽいんだね」
「うるさい!」

画面越しにバカにする彼にほほえみながら、今すぐ会いに行きたい気持ちを抑え、想像してみる。

これから始まる、わたしたちのオフラインの生活を。

著   じょん

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Instagramでは本の感想とエッセイを書いています。


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