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【書評コラム】起こせ、革命。手元のカードで戦うんだ。

主人公になりたい、とずっと思っている。

なにも持っていない自分があることをきっかけに、激動の渦の中に巻き込まれたり、自分の過去の思いを原動力にして目の前の壁に立ち向かっていったり、そんな物語の主人公のような生活なら、人生はもっと価値のあるものになっていたはずだ、と思いながら流れていく日々を過ごしている。

だから他人の持っている、容姿や技術、背景を羨ましく思う。時にはずるいと思って妬んだりする。

これさえあれば自分だって、、、と何度思ったことだろう。他人の持っているもの、容姿や歩んできた背景。

隣の芝生は青く見えるとはよく言うが、実際に他人の芝生が自分のものだったらどんなに気持ちが楽になるだろうか。


朝井リョウの『スペードの3』を読むと、そんな自分を呼び起こして胸が苦しくなる。

表題作『スペードの3』は有名劇団のファンクラブのリーダーとして一員を束ねる美知代の物語だ。

彼女は他のメンバーと比べて、少しだけ自分がリードしていることに優越感を感じながら流れていく日々を過ごしている。

私がいるからファンクラブは成り立っていると自負をいだくのは、彼女が小学生の頃に務めていた学級委員の頃と何も変わらない。

しかし、そんな彼女の目の前に、ファンクラブに入会したいという人物が現れる。

それは彼女の小学生の頃の同級生、むつ美だった。そしてむつ美の登場により、ファンクラブは次第に変わっていく。

本作は、彼女の小学生時代と、現実を対比しながら葛藤する。

作中での彼女の感情はどこか覚えがあり、「自分にはこれがあったな~」と自分の記憶を思い起こして、つい共感してしまう。

しかし、本作で彼女を追い詰めるむつ美の言動は、厳しいながらも的を得ていて、このままではいられないと思いを変えるきっかけを与えてくれるものだ。

安寧な日々を過ごす美知代、彼女はラストである行動を起こす。

それは劇的ではないが、彼女の行動に優しい希望を感じられた。それが他人のことを羨んでばかりいる自分に、勇気を与えてくれる。同じ思いを抱える人には、ぜひ本作を読んで感じてほしい。

また表題作のほか、収録されている2篇は『スペードの3』で登場したむつ美や、本作で語られる劇団の人物の物語だ。

彼女らもまた、他人と比較している自分を常に感じている。その様子もまた、苦しく当事者にしか分からないものだが変化の岐路に立った彼女らの姿を見て、僕たちも勇気をもらえる。


たぶん僕たちの多くは、はじめから主人公ではない。どんなに退屈でも自動的に日々は続いていってしまう。

だからこそ、これさえあれば、と手元にないものを欲しがってしまうことはあるだろう。

しかし僕たちはトランプの大富豪のように、はじめに配られたカードで生きていくしかないのだ。

他人から奪うことも、交換することはゲームの中でしかすることはできない。それにどんなに強いカードを持っていたとしても使わなければ意味がないし、弱いカードが永久的に手元に残ることもある。

ただ現実では、自分でカードを手に入れることができるチャンスが残されている。

それは今持っているものを捨てたり、厳しい環境に身を置かなければいけなかったり、とても勇気がいるものだ。

しかし変わりたいと思うのなら、現実を生きる僕たちにはその手しか残されていない。

『スペードの3』はそういった新しいカードを手に入れたいと思う人々に向けて勇気を与えるような小説だ。

突然、人生が180度変化する、なんてことは起きないのかもしれない。だから僕たちは、今までに手に入れたもの、これから手に入れるものを目の前に出すことから”革命”を起こしていくしかないのだ。

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