発酵 - 身体で感じる美味い -
イタリアに来て、日本人会ったらとよく話すことがある。
「現地のイタリア料理って、それほど美味しくないよね?」
である。
これは言葉通りの意味ではない。実際には目を見張るものも多いし、ただ単に自分の行動力不足や店選びが悪かったりすることも多い。が、それ以上に日本のイタリア料理のレベルが高すぎる。
イタリアの郷土料理を専門に扱っているお店やレベルの高いコース料理のお店はもとより、ジャパンにはサイゼリヤがある。低価格で質の高いものが食べられる点においては世界に引けをとらない国、それが日本。
僕自身の調理技術は一旦傍に置くとしても、小林さんのレシピや本を一通り学んだ後で食べる現地のイタリア料理は「洗練に欠ける」と感じざるを得ない。しかしそれも元を正せばイタリア料理とは郷土料理、家庭料理。手早く美味しいものを作るか、手間をかけずに時間をかけるか、そういった歴史的・文化的事情が背景にあるのがイタリアの料理なのだと日々感じている。
「そんなことはイタリアに来て1年もせずにわかっていたのに、どうしてまだイタリアにいたいと思うのだろう」というのが僕自身の中にずっとある疑問で、それについての一つの解答を最近得ることができた。それが「発酵」である。
時を遡ること2週間。1ヶ月の歳月を費やしてパン酵母、Lievito madreが完成し、"Terra del Pane"を翻訳・読了し、温めていた"Slow Drink"をいよいよ読み始めた。
"Slow Drink"は英語で書かれた本で、今年になってイタリア語に翻訳されたばかり。料理と合わせるドリンクについて学びたいなーと情報を探るものの、イタリアにおける主流はバールマン(バールで働く人、エスプレッソその他諸々を作る人)やカクテルが主で、Analcolico、アルコールフリーについての情報が全然見当たらない。稀に見つかるアルコールフリーのコースもその内容に期待が持てない。そうやってヤキモキしているときに見つけたのがこの本だ。
パン酵母も完成したし、新しい日課を増やしたいなーとパラパラとページをめくっているときに見つけたのがジンジャーバグ・ジンジャービア(Ginger bug / Ginger Beer)。BIOの生姜を使った発酵ドリンク。5日かけてジンジャーバグが完成し、さらに3日かけて発泡性のジンジャービアが完成した。
ジンジャーバグは一度完成すれば生姜と砂糖水の継ぎ足しで維持できる。そのまま飲んでも美味しいけれど味が濃いので水で薄めて飲む。出来上がったジンジャーバグは家族に気に入られすぎて危うく全て飲みきられるところだった。ジンジャーバグにレモンジュースを足して瓶内発泡させたジンジャービアは家族ひいては職場仲間にも大好評。瓶を開けたらその日のうちに必ずなくなる大人気ドリンクになった(余談だけど同時期に作ったポーランド、東欧の発酵ドリンクKvasは不評だった笑)。
僕自身、日本にいるときには生姜にはそれほどお世話になっておらず、どちらかと言えばニンニク派だったにも関わらず毎日飲んでいる。そうして飲みながら気づいたのだ。
「身体が"美味しい"というこの感覚、どこかで覚えがあるぞ。そうだ、ナチュラルワインだ」
小さい頃から発酵食品が大好き。母の手作り焼き立てパン、祖母が仕込んだお味噌、父が遠出して買ってくる山羊のチーズ、それに大人になって知ったナチュラルワイン(納豆は幼少の頃食べすぎて今では匂いを嗅ぐだけで遠慮気味になってしまった)。ヨーグルトはほぼ毎日食べる。
自分が発酵食品が好きだという自覚自体はつい最近で、またそれぞれの食品が見た目にも味にも差が大きいことから共通項をこれまで見出せなかった。が、「発酵食品が好き」と自覚した後も「なぜ発酵食品が好きか」が自分に説明できなかった。だって同じ牛乳からできているヨーグルトとチーズじゃ全然違うし、味噌とパンじゃ使い方も食べ方も違いすぎる。
その違和感が近頃ピタリとハマった。ナチュラルワインとそうでないワインの違い。Lievito madreで作ったパンとビール酵母で作ったパンの違い。そしてナチュラルワインとジンジャービアの相似点。身体に入れた時に身体が喜ぶかどうか、つまり、ヒトが欲する酵母がそこで生きているか。
発酵食品にもいろいろある。発酵段階で酵母を利用するものや食品自体にまだ酵母が生きているもの。乳製品で言うと前者はチーズ、後者はヨーグルト。
僕はチーズもヨーグルトも好きだけど、ヨーグルトは毎日食べたくなる。パン作りにはすべからく酵母を利用するけれど、普通のパン屋よりも町の小さなこだわり系の自家製パンが好き。どちらも共通点は酵母が生きて食品の中にいるか、である(ナチュラルワインと酵母の関係性についての理屈はよく知らないけれど、ナチュラルワインかそうであるかよりも飲んだときに酵母を感じるかどうかで僕は美味しさを判断している気がする)。これは仮説だけど、アンフォラ、テラコッタで作ったワインはより酵母が活発に存在する気がする。
話を戻して。
イタリアに来る前、僕はだいぶ舐めたことを考えていた。
「"至高"と信じる小林さんのレシピを既に知っているにもかかわらず、イタリアに何を探しに行くのか」
「”美味しい”と感じる作り方を既に知っているのに、この上何を求めるのか」
理屈の上では自分の向かっている道がおかしいとは理解していて、「それでも兎に角イタリアに来たい」という気持ちだけがあった。
パンやチーズやサラミ、イタリアで学びたいことはいくつかあったけれど、その中でも二台巨頭は「イタリア料理とナチュラルワイン」。イタリア料理もナチュラルワインもそれぞれ別個の起源と歴史を持つもので、正直それら2つがどう交わるのか全くもってわかっていなかったけれど今ならわかる。発酵、つまり、ヒトが身体で美味しいと感じる酵母を通した食体験を追求したいのだ。
生きた酵母が存在する飲み物、生きた酵母を利用した料理、それらを体験的に学びたいと思う場所。それがイタリア、、、なのかもしれない。
Grazie per leggere. Ci vediamo. 読んでくれてありがとう。また会おう!