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想像力「泣く子はいねぇが」

 昔から大きすぎるものに恐怖を覚える。子どもの頃、屋根の上になかなか大きなゴジラのオブジェがのったスーパーに連れて行ってもらった。4歳の私には実物大といえるほど大きく感じ、「夜には動き出すんだよ」と言う父の冗談を本気で信じていた。その日、寝ているときにゴジラが襲ってきたらと思うと眠れなくなり、家の近くで物音がするたび父を起こした。何度目かに「動くわけねえだろ!」と怒られた。ひどい大人である。

 以来、大きな物は夜動き出すのではないかと怖さを覚えるようになった。巨像恐怖症というのがあるらしいのだが私のそれはちょっと違い、SF映画をみるようなワクワクする気持ちの混じった怖さだ。特に住宅地やビル群など、日常のなかに現れる規格外の物にゾクゾクくる。

 2年前のお正月、秋田県男鹿市にいる親族を尋ねに行った。男鹿半島はナマハゲの発祥地だ。大晦日にはナマハゲに扮した青年たちが幼児のいる家を練り歩き「泣く子はいねぇが」と叫び、恐怖体験をさせることで1年間良い子でいさせるという風習がある。秋田市から男鹿市に入った国道沿い、巨大なナマハゲ立像が迎えてくれた。デカい…。デカすぎる。海沿いの国道に突如現れる感じがまるで海から上がってきたかのように感じられる。もしナマハゲにトラウマを植え付けられた幼児ならば、秋田市までを結ぶシルクロードともいえるこの国道を通ることができないだろう。男鹿に生まれなくてよかったと、二大巨像を見上げ思った。

 「泣く子はいねぇが」は失態を犯した青年が過ちと向き合う物語。舞台は秋田県男鹿半島。娘が生まれても父親の自覚を持てない主人公たすくに妻は愛想をつかしていた。大晦日、たすくはナマハゲに興じている最中に泥酔してしまい、全裸で全力疾走する姿が全国に生中継されてしまう。妻と子を失い、地元にもいられなくなったことで東京に身を隠すが2年後、父に戻るため秋田へ帰ることを決意する。

 初めコメディだと思っていた本作だが全く違い、シビアすぎるストーリー。登場人物の表情、いる場所、言葉の意味合いなどから高度に心情やその人の今の状況を映し出していて、アートとも言える作品だった。公開中の作品なので多くは語れないのだが、主人公たすくが娘を見るときの表情が最も印象に残った。見終わって、「泣く子はいねぇが」というタイトルも秀逸すぎると思った。

 「もし同じ立場になったら俺は生きていけるだろうか」と自分に置き換え怖くなりながら見た。プロボクサーをしている以上実名報道は避けられないだろう。Twitterの誹謗中傷は苛烈を極め、世間はともかく家族との関係までも崩れ去る…。ここまでイメージして勝手に怖くなってしまう自分の想像力をありがた迷惑に感じる。そんな状況でも過ちと向き合うたすくを応援せざるを得なかった。いつかまた男鹿半島に赴き、巨大なナマハゲ立像を見て恐れおののく日が楽しみだ。

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