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世界レベルの新しいがん医療を創出

世界をリードする最先端の医療に取り組む「国立がん研究センター東病院」。同院の設立メンバーであり、病院長を務める、がん治療の名医・大津敦先生に、がん医療の現状と展望などを大いに語っていただいた。


世界に負けないトップレベルを目指して

― 院長に就任されるまでの経緯をお聞かせください。

 東北大学を卒業してから一般病院での初期研修で、内科(消化器・循環器・呼吸器・血液)をひと通りまわり、消化器を選びました。いわき市医療センターで3年研修し、国立がん研究センター中央病院で3年間レジデント(研修医)として勤務しました。内視鏡でレジデントになったのですが、シスプラチンなどの新薬が出始めた頃で、当時の上司からの指示で、レジデントの3年間のうち1年近く抗がん剤の基礎研究も行いました。その後、1992年に東病院に着任し、内視鏡部長を経て、2008年に臨床開発センター(現・先端医療開発センター)長に就任し、開発研究の実施・支援する基盤を作って、2016年に院長となりました。

― 東病院の特徴は。

 国立がん研究センターとして、中央病院と東病院の2つの組織があり、当院は新しい薬や治療、医療機器の開発を行うことが主なミッションです。例えば、今では世界中で行われているESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)や内視鏡システムNBI(狭帯域光法)の診断機器は当院が初。抗がん剤も、エスワン(S-1)やイリノテカンなどは、開院した頃に開発治験の初期段階を実施し、全国に普及しました。一般の病院に普及する前の開発的な研究を行っているのも当院の特徴です。

― 貴院の理念とは。

 私が院長に就任したときに、「世界最高のがん医療の提供」と「世界レベルの新しいがん医療の創出」の二つのミッションを掲げました。国立がん研究センターは、患者さんにより良い最高のがん医療を提供するとともに、新しいがん医療を創造することを期待されていますので、世界的なものを目指すという目標を明確化しました。
 経験として一番大きかったのは、アメリカに短期留学して、日本だけでなく、海外との共同研究を推進する必要性を実感したことです。2000年ごろから新薬の国際共同治験が一般化したのですが、その計画段階から欧米やアジアから4〜5人のメンバーが集まってディスカッションをする場を経験しました。私は消化器がんの新薬開発で日本のリーダー的な立ち位置でしたので、海外の先生方のさまざまな意見を聞くことができました。その中で、痛切に感じたのは、開発研究を実施するための基礎研究を含む基盤がないと海外に追いつかないということです。その後センター長になって約10年かけて基盤を作ってようやく海外に負けない基盤構築ができてきたと思います。

がん医療は日進月歩で向上している

― 最新のがん治療について。

 最近のさまざまな進歩でがん医療全体が、大きく変貌してきています。昔は手術で、できるだけ大きく取り除くというのが、がん治療のメインでした。今は、いかに侵襲が少なく患者さんに負担をかけずに、がんを取り除くかが目標です。術後に、いかに効果的な薬を加えていくかも重要です。2010年ごろに登場した、免疫チェックポイント阻害剤のオプジーボは、ノーベル賞受賞にふさわしい薬剤。ひとつの薬で、がん治療の成績を飛躍的に向上させた薬は、いまだかつてないと思います。肺がんや乳がんの手術後にオプジーボを加えると手術単独での場合に比べて10%くらい治る率が上がります。放射線治療は陽子線や重粒子線もありますし、またBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)などの新しい放射線治療が登場。また、抗体に抗がん剤やRI(放射線医薬品)を付加して投与する方法が成績を上げています。そして、ゲノム解析の技術が進歩しており、標準治療では治らない患者さんに、がんゲノム医療も加わってきたことです。

― 生存率や術後成績の向上のために力を入れていることは。

 がん医療で大きく変わろうとしているのが、リキッドバイオプシー(血液でのがんゲノム診断)で、採血のみでがんの遺伝子変化を把握できる利点があります。がんは、細胞分裂をして増殖もしますが、同時に壊れてもいきます。血中に入った壊れた痕跡から細胞自体あるいは、細胞が壊れたDNAを解析できる技術が開発されているのです。
 スクラムジャパンという、最先端のゲノム医療の開発を行う全国的プロジェクトを2015年から組織しています。リキッドバイオプシーが日本で承認を受けたのは21年。我々が始めたのは17年で、一般に普及する3〜5年前から行っています。その結果も『ネイチャーメディシン』などに論文を出しています。アメリカの先端企業が開発した最先端の解析技術をスクラムジャパンが世界で初めて行っています。我々の考えはグローバル視点で、日本国内を含めて世界の中でどこが一番良いものを持っているのかを考慮することです。
 リキッドバイオプシーによって、がん治療の主流である手術プラス抗がん剤治療で大きく変わるのは、術後の微小残存腫瘍の検出です。術後に抗がん剤を投与し、再発防止に努めるのですが、抗がん剤で再発防止効果がある人は10〜20%、残りの大部分の人にはメリットがありません。その選別が可能となってきて患者さんにとって無用な抗がん剤の投与をしなくて済むようにできるということです。微小残存腫瘍の採血は最先端の技術で、積極的に取り入れています。ステージⅠやⅡの人でも血液中に出て、8割くらいの人は判明します。
 手術の4週間後くらいに採血をし、がんの痕跡があるかどうかを見ることで、再発するかしないかを、かなりの精度で判断できます。術後に微小残存腫瘍が陰性の人は再発しない可能性が高いです。ですから、その人は抗がん剤治療を行わずに済むのです。逆に陽性の人は再発する確率が高いので、抗がん剤にプラスアルファの治療を施します。

新しい取り組みを創出する東病院

― 貴院の最新の取り組みついて。

 山形県の鶴岡市立荘内病院と遠隔医療連携を2年前に締結しました。荘内病院とオンラインでつなげて手術を遠隔支援するのです。当院の外科専門医が電子カルテや画像を見ながら手術のナビゲーションとサポートを行います。
 また、荘内病院内に「がん相談外来」を開設し、当院の専門医が月に1回程度診療を行っています。さらに、オンラインによるセカンドオピニオンなども実施しています。希少がんや難治がんなどの治療や、高難度の手術を当院で行い、治療後のフォローに遠隔診療を活用することで、患者さんの身体的・経済的負担の軽減が期待されます。日本国内の遠隔診療モデルの実現を目指しています。

― がん治療の患者さんに向けて。

 最近のがん医療は、想像を超える進歩です。例えていうと、昔はアナログの地図で、がんを攻撃していたのが、今はGPSと連動した地図アプリで、ピンポイントで攻撃が可能になったイメージです。つまり、がんのかなりの部分が見えるようになったのです。今のがん医療は、一人ひとりに合った最適な治療や検査が提供できるようになっています。あきらめずに、気軽にご相談ください。


国立がん研究センター東病院 病院長
大津 敦 (おおつ・あつし)
1983年、東北大学医学部卒業。国立がんセンター中央病院レジデント、東病院 先端医療開発センター長を経て2016年より現職。日本臨床腫瘍学会協議員、日本癌学会副理事長ほか。

※『名医のいる病院2023』(2023年1月発行)から転載