恵まれているぼくをぼく自身が認めなきゃ、だれが認めるっていうんだ。
ぼくは恵まれているなぁ。
JR伊東線のキンメ列車というちょっと高級感のある車両の窓から、
一面に広がる太平洋を見て、列車の汽笛の音を聞きながら、ふと思う。
僕は今25歳だ。フリーランスという生活を作り上げてきたおかげで、こうやって旅しながら暮らすことができている。
だけど、同年代で同じように、自分の望む暮らしを、自分なりの幸せを自らの手で作ることができている人がどのくらいいるだろうか?
おそらくほとんどいないだろう。
1年ほど前に、高校時代の同期と忘年会を行った時は、ほとんどが会社や同僚の愚痴だったり、給料がどうとか、休日は何をするかといった話だった。
別にその話を聞くのは嫌ではなかったけれど、世間一般からすればどうやらこれが「普通」で。
ぼくのような考え方は「おかしい」部類に入るようだ。
けれど、「おかしい」おかげで掴めたきっかけや出会いが、ぼくをなんとかここまで連れてきてくれた。
もちろん、ぼく自身が努力した結果勝ち得てきたものもあった。
たとえば、プログラミングのスキルとか、パソコンのブラインドタッチとか、フリーランスとして生き抜くための考え方とか。
ただ、これらはほんの一部でしかないし、正しい努力をして、「努力」が嫌でないのなら、時間を費やせば多くの人ができることばかりだ。
それよりも、ぼくが迷走していたときにたまたま出会えた「コーチング」という概念や、「おてつたび」というサービス、理想的なクライアントとの出会いなどなど。
「その時」「このタイミング」じゃなきゃすれ違っていたであろうものたちにドンピシャリ。出会うことができたし、受け取ることができた。
少し目を離していたらすれ違っていたであろうものたちと、すれ違わなかった。
結果、ほんの少しずつだけれど自分にあった生き方で、自分なりの幸せを追い求められている。
そう、ほとんどは「運」や「偶然」の成せるわざだ。
だから、「ぼくは恵まれている」と思うし、恵まれている今の環境に謙遜なんかしない。
「いやぁ〜、ぼくなんか全然まだまだです。もっと努力している人も、自分より恵まれている人なんてたくさんいますし。。」と自分を卑下してもしょうがない。
「運」や「偶然」そのものを「努力」だけで引き起こすことはできないし、必ずしも自分が望んだ方向にことが進むとも限らないからだ。
ぼくがいま受け取ることができているものが、たまたま良かった。
たまたまいいものを受け取ることができた。
この事実があるだけなんだ。
もしそうでなかったら、「努力すれば!!努力さえすればなんとかなるんだ!!」と自分の心身をすり減らしてまで物事に取り組まないといけないことになってしまう。
セルフブラック状態に陥り、精神的にダウンしてしまう人をぼくはこれまでたくさん見てきたし、他ならぬぼく自身がそうなったこともあった。
あまり言いたくないが、改札ホームからとび降りそうになったこともある。
だから、ぼくは「努力」だけが重要だなんて、口が裂けても言えない。
「僕がうまくいっていないのは僕の努力不足」だって??
大丈夫、そんなことはない。そんなことあるはずがない。
ぼくが「恵まれている」ことに何か要因があるとしたら。
ぼくがこの場で何か伝えられるとしたら、
自己理解と、欲の解放。
この2つだけだ。
ぼくはなぜ今「恵まれている」状態になれたのか??
それは、周りがまだ受験にいそしんでいた時から、大学に入って、モラトリアムを満喫していた時から、自分の心の中の違和感や自分の欲に正面から向き合って、苦しんで、戦って、選択してきたからだ。
どんなに苦しくても、自分の「やりたい!」や「こうしたい!」から、最終的には逃げることなく、実現する手段を探り続けてきた。この差だ。
決して努力なんかじゃない、泥臭い道。
みじめでもなんでも、自分に向き合い、欲をどうにかして解放する手段を模索し続けてきたから、運を受け取れる状態があっただけなんだ。
だからぼくは、人にも「頑張れ」とはいわない。
それよりも「どーしたいんだい?」「それで楽しいかい?」「こんな見方はどうだい?」みたいなことを言う。
なるべく良い選択肢は伝えるけれども、答えは提示しない。
答えは、相手の中にある。そう思うからだ。
自分のことを理解し、欲のままに突き進むことがわかれば、あとは努力なんかせずとも突っ走っていくことができる。「努力が大切!」なんていう必要はないんだ。きっと。
誰もが「恵まれている」状態を掴むことができる。
もしかしたら、自分で気づいていないだけなのかもしれない。
だから今この記事を読んでくれているのかもしれない。
少なくとも、ぼくはあなたを否定しない。
あなたが「努力不足」を感じる必要はない。
それよりも自分を、自分の欲を知ることだ。
だからぼくは発信を通じて、訴え続ける。
「自己理解・欲の解放」という選択肢を提示する。
選ぶかどうかはあなた次第。
選んだ後にどう色をつけるかも、あなた次第だ。
「は?何言ってんだ?」って人もいるかもしれない。
「自分のことなんか自分が一番わかっているよ!」という人も。
それでも、ぼくの考え方を理解してくれなくてもいいから。
自分自身を認めることだけは、諦めないでほしい。
「そうあれる」自分でいることも。
すでに恵まれていると感じている人は、
その恵まれている自分すらも認めてあげてほしい。
謙遜なんかしなくとも、その「恵み」を味わっていい。
その姿を見て、自分もそうしようと背中を押される人がいるかもしれない。
ぼくと同じように、「自己理解・欲の解放」という形じゃなくてもいい。
あなたなりの方法で恵まれること。
———— あなたの色で、輝き続けること。
それが、恵まれている自分を素直に認めることだ。
他の誰にもできない、あなただけができることだ。
誰もが笑える世界へ。
机上の空論と笑われるかもしれないけれど。
もし、そんな世界があるのだとしたら、全ての人が自分を自分で認められる世界なんじゃないかな。
そんな世界に少しでも近づくことを願って、僕は今活動しているし、ライフコーチという人の人生に関わる仕事も始めている。
何度でもいう。
自分が「恵まれている」と感じたなら、それを認めていい。
ただ「自分でいる」だけで価値がある世界は存在する。
気づいてしまえばあとは簡単だ。
そんなことをこれからも文章で、音声で、動画で、形を変えて伝え続けていこうと思う。
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