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【読書感想文】『浅草ルンタッタ』劇団ひとり 著(幻冬舎) 

 小説は音楽を奏でることができるのだろうか?『浅草ルンタッタ』を読む前の私は「小説は人物の内面を表現することに向いているけど、映像メディアと違って小説と音楽の組み合わせは相性が悪いのではないか」と考えていた。そんな私の考えを一変させてくれたのが、この『浅草ルンタッタ』だ。まるで演劇を観ているようにテンポよく物語が進み、そして歌声が聴こえる錯覚に陥る。新感覚の小説であった。

 幻冬舎noteでは『浅草ルンタッタ』のことを「圧倒的祝祭に満ちた物語」と紹介されている。読書前は何の予備知識も無かったので、お祭り的な笑いがずっと続く物語だと予想していた。しかし、私の予想は大きく外れてしまった。悲哀と希望が混じり合った人間の逞しさを感じることができる物語であった。明治から大正へ時代が変わっていく中で、主人公達の取り巻く状況も大きく変わっていく。何回か訪れたことがある浅草の街並みを思い出しながら、主人公達と一緒に時代を駆け抜けていく緊張感と爽快感を味わうことができた。

 物語は、女の子の赤ん坊が拾われるところから始まる。拾ったのは遊女の千代。赤ん坊はお雪と名付けられ、浅草の置屋「燕屋」で様々な事情を抱える女性たちに支えられながら成長していく。芝居小屋で浅草オペラと出会うことで、徐々に物語の中の音楽が活気づいてくる。母親代わりの千代とお雪の信頼関係は日増しに深くなっていくが、ある事件をきっかけに数奇な運命をたどることになる。哀しい歌、優しい歌、楽しい歌、安らかな歌などが混ざり合いながら、お雪の成長と共にリズミカルに、そしてダイナミックに物語が展開されていく。お雪の運命に憤りを覚えつつも、逆境の中でお雪が成長していく姿に次第に明るい気持ちになってくる。最後には、お雪が生きて存在していること、そのものが「希望」であると感じるようになってきて、気持ちが奮い立った。

 情のつながりが「家族」を形成する大切な要素であると強く思うとともに、お雪に関わる人達が状況を打開するために奮闘する姿に勇気づけられた。決して器用な人達ではなかったけど、その分、己の無知を知り実直に物事に取り組む登場人物達に好感が持てた。人と人のつながりが人生を豊かなものに変えていくのだと思い知らされた。さらに、善と悪の境界は非常に曖昧であると考えさせられた。喜怒哀楽が混じり合った物語だったけど、最後は穏やかな気持ちにさせて頂いた。誰かの人生の走馬灯に登場するような生き方を、果たして私自身はできるだろうか。せめて人生で関わる人達の心が明るくなるように接していきたいと強く思った。

 『浅草ルンタッタ』を読み終えた後に、浅草観光した際に撮影した昔の写真を見返してみた。何気ない街並みの風景も、物語の一部だったかもしれないと考えると、感慨深い気持ちなった。浅草の写真を眺めていると、物語に趣と輪郭を与えたのは浅草という街が持つ不思議な力なのかもしれないと思うようになった。また、人々の息遣いが物語の中に宿り、現実世界と交差するような奇妙な感覚を覚えるようになった。今後、浅草の街を散策してみようと思う。そのときは、今まで見過ごしていた街の細部を注意深く観察して、『浅草ルンタッタ』の息吹を探してみよう。素敵な小説をありがとうございました。

浅草寺の境内にて

#読書の秋2022
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