見出し画像

授業探検隊[〜授業というより社会人セミナー!?大人が参加しても違和感なしの"プロジェクト科"の授業」

学校紹介

今回取材したのは、女子校から共学化を機に、臨海のお台場地域に移転してきた学校だ。りんかい線を降りた筆者たちは、炎天下のもと校門につく頃にはシャツを着替えたいほどに汗だくになることを予想していたが、駅からの道のりは思いのほかわかりやすく、徒歩5分強で近代的な校舎の中にいた。受付で取材対象の授業を伝えると、お待ちしていましたといわんばかりに受付の方が会場に案内してくれた。途中、アメリカ西海岸に来たかのような風が駆け抜け、人工芝の広大なグラウンドが目の前に広がった。たどり着いた授業会場は教室ではなかった。校舎の3階にあるドルフィンと呼ばれる広大な図書スペース兼プロジェクト活動ができるコ・ラーニングスペースであった。今回アテンドしてくださった田中先生は、授業前のお時間からすでに都外からいらしたという複数名の見学者の方に囲まれていた。この日は私たちのほかに10名以上の見学者がいた。遠く京都府から見学にいらした団体もいた。学校内に多種多様な年代、人材が入り混じっている様子に、筆者は14歳の時に交換留学で訪れたシカゴのアメリカのハイスクールを思い出した。授業開始前の時点で、これまでに味わってきた授業取材とは一線を画すものを感じていた。



図書スペース兼プロジェクト活動の基地であるドルフィン


今回お邪魔したのは、探究授業に関するセミナーや書籍などで、ここ数年見ない時がないという田中理紗先生がご担当する"高校一年"の"プロジェクト科"の授業である。田中先生は近年、システム思考教育について学校外でもご活動をされていて目にする機会が多い。ここではあえて”耳にできる機会”があるのでご紹介したい。(田中先生ご出演の未来の先生radioへ飛びます)


時間細分表

今回の筆者計測の時間細分表は以下の通りであった。
(もちろん取材時の実測値のため授業日によって異なることがあることとご理解いただきたい)
※今回の取材対象は2,3時間目を続けて行う授業であった。9時40分から11時40分までの約2時間であった。

時間細分表


プロジェクト科の製作物の一例



[この授業に関する学校環境と機材]

この日の授業は、担当の田中先生が前に出る機会が本当に少なかった。それは生徒と外部ゲストにより設計企画された授業だからだ。ゲストはAPU東京オフィスの方に加えて、APUをご卒業されて今はウクライナからの避難民のサポート活動をされている方がZOOMで講演する形式だ。ドルフィンの一室はチーム分の台形のテーブルが置かれていて、生徒はチームごとに台形テーブルを囲む形で着座した。テーブルの上にはタブレット、ノートPCなどの端末が出されている。ちなみにディスプレイが所狭しと並んでいるICT専用ルームもドルフィン内の一室にて確認できた。授業の特性ごとにいろいろなタイプの部屋が選べるのであろう。その様子は学校のHPでも確認できた。

ICT専用ルームもドルフィン内の一室にて確認できた


今回の授業は内容も環境も雰囲気も、一般的な授業とは一線を画すものだった。授業というよりも社会人セミナーに参加したような感覚だ。授業内容とは外れるが、生徒は紺色のポロシャツにスラックス(スカート)という制服スタイル。インターナショナルスクールのような制服が生徒と職員のフランクな関係性を醸し出している。同行したスタッフが校舎に入ってすぐにサングラスを首から下げている生徒さんを発見して、他校とは違う独特の生徒の様子に驚いていた。この独特の雰囲気が、これからの日本の学校でも”スタンダード”になっていくのであろう。


インターナショナルスクールのような制服


授業の構成は、上の表の通りである。今回は2,3時間目をつなげて実施する授業であり、しかも延長があったために休憩を除いておよそ110分の授業となった。表を補足する形で構成を補足すると次のとおりである。

授業の流れ

企画した生徒2名からのオープニング
 ↓
立命館アジア大学東京オフィスのゲストからのインプット(避難民について)
 ↓
APU立命館アジア太平洋大学をご卒業されて避難民支援の活動をされているゲストからのインプット
(NPO法人での活動内容、ウクライナ侵攻の現状、ウクライナ避難民の実情)
 ↓
ゲストへの質疑応答
 ↓ ※一旦休憩
各生徒が4~5人でチームになってお題に対して考える時間
(ウクライナ避難民に対して私たちができることは何だろう?)
 ↓
発表とシェアの時間
 ↓
企画した生徒2名からの振り返りまとめ


前半戦

今回の授業のポイントは、”生徒とAPUの方の共同制作”という形で授業が企画された点だ。プロジェクト科担当の田中先生に聞いてみると、生徒が作り上げた授業の場合、田中先生自身は外部の人材をを探してつなげてくるというのが役割だそうだ。またその外部人材の人脈自体を生徒が持っている場合があり、生徒からゲストを紹介されることもあるという。

ウクライナの避難民支援の活動家がオンラインで生徒へ語りかけられる様子は、ただニュース映像を見てインプットするのとは違う。”僕たち”に語り掛けてくれているという感覚が非常に強かった。スクール形式ではなくランダムに着座した生徒は、オンライン講演が始まると、全員がプロジェクターに向かって集中していた。ゲストの方の講演は、音声も音量もクリアで適切だ。ウクライナの歴史はロシア側からの支配の歴史であること、ウクライナの公用語とロシアの影響、ゼレンスキー大統領はもともとはロシア語をコミニケーションで使っていたが、大統領になってウクライナ語を必死に勉強して、ここ数年でものにしたということが印象に残った。※これらはあくまでも筆者の印象


”僕たち”に語り掛けてくれていたゲストの方


共有された画面にウクライナ人の故郷の実家が破壊されている様子が映し出され、心が痛んだ。今回zoom講演をいただいた小野さん(NPO法人Beautiful World)は、日本でウクライナからの避難民や現地に留まる人々を支援として、問い合わせから入国のサポート、受け入れてからの細やかなサポートをしているという。特にウクライナ避難民において、子供の受け入れと、大人の就労支援は大変とのことだ。また、日本ではウクライナ侵攻のニュース報道が少なくなってきていることも話題にあげ、地道な活動でウクライナの状況を伝え続ける事の重要性を生徒に訴えていた。ゲスト講演はオンラインだったのだが、画面からの問いかけに対して生徒はテンポよく反応していた。その中でも事前にテーマに対して調査をしていたであろう1人の生徒が、クイズ王のごとくどんどん答え、さらには自身が調査してきた事を口早に発表していた様子が前半戦では印象的であった。

インプットの時間における内容はすべてを書くことは割愛したいが、たくさんの金言が得られた。その中でも筆者視点で印象に残った事は、「日本にいて日本人としか話していないと、視野が広がらないのだ」という小野さんの言葉だった。

インプットを受けた後、質疑応答は?と問われて黙ってしまうクラスもあると思うが、このクラスはテンポよく手が挙がった。内容も素朴な内容(避難民の方の英語力がどのくらいであるのか、コミニケーションでボケトークはどのくらい使えるのか)から、今後のNPO活動のビジョンについて問う質問も出ていた。

今回のテーマは、大きくとらえると「世界の難民問題」に関してであるが、その中でもウクライナからの日本への避難民に注目し、そのサポート活動をしている方にゲストとしてインプットをお願いしている、というのがポイントである。つまり素材がとてもリアルなのだ。

このプロジェクト科の授業は2時間分を通しで行うために、前半の1時間をじっくりインプットに使い、後半をアウトプット(話し合いや発表)にしていた。毎週この2時間分を通しで使っているので、筆者が高校生の時代に実技の時間が2時間通しで設定されていたように、プロジェクト活動に取り組むには2時間設定がよいということなのだろう。


特にポイントと感じた点

今回の授業において特にポイントと感じた点をここでまとめておこう。
1つ目は 「最新のテーマを扱っている」という事
2つ目は 「最新のテーマに沿った人脈がゲストに来ている」という事
3つ目が    「最新の現場と生徒がつながっている」という事
である。
情報を得るだけならば、ニュースやインターネット上からでも同等のものが得られるかもしれないが、テーマ設定した現場とその人脈とつながった授業というのは、他校で行われているプロジェクト型の授業と一線を画す部分といっていいだろう。そのために授業内容は見学者の大人たちをも唸らせる内容であり、本来この授業探検隊は”授業の枠組み”、"設計手法"、”先生の動き”に注目するところが肝であるのだが、今回は授業内容そのものに引き込まれてしまったというのが事実である。

プロジェクト科の本領発揮


後半戦

休憩を挟んで2時間目は、プロジェクト科の本領発揮といった時間であったことだろう。インプットした内容を受けて、ウクライナからの避難民の方に対して何ができるか?という問いが与えられた。これに対して、30分チームごとに考えて、残りの時間で発表をするという構成だ。これまでに授業中の話し合いの時間というのをいろいろな学校でいろいろな学年で取材してきたが、今回の話し合いと発表を10段階のレベルで評価させていただくと、これまでに筆者が見てきた中では最高のレベル9~10に匹敵するのではないかと思う。ホワイトボードを囲んで話し合う様子、端末を使い調査しながら議論を深める様子、意見を闘わすうちに方針を柔軟に変えていく様子を見て、筆者も会社内でそういった会議を目指しているがこの生徒たちに胸を張れる会議ができているだろうか?と内心ワクワクしながらひやひやしていた。

話し合いのフェーズにおいては"フレーム"に沿って議論を進めているチームがいたのも特筆したい。条件設定は?目的は?ペルソナは?実現手段は?実現性は?といった細かい問いを自分たちでホワイトボードに描き出して議論を進めていたのだ。
生徒の話し合い時の様子をさらに細かく見ていると、立っている生徒、ホワイトボードに書いている生徒、タブレットで調査をしている生徒、パソコンで記録している生徒と、本当に様々であった。話し合いに対して各自ができることをやりながら参加しているということだ。室内に充満した熱意は、起業したばかりのベンチャー企業の企画会議かなと言わんばかりのものであった。


話し合いに対して各自ができることをやりながら参加していた

議論をしている段階で、途中で課題に気づき、内容を変えているチームもいた。当初はウクライナの方のためにキッチンカーを企画したチームだったのだが、費用面、設備面、実現性の面から、料理教室に変更したというのが、ホワイトボードの両面を使って展開されていた。


チームごとの発表

話し合いが終わると、チームごとに挙手制で発表が始まった。車輪付きの縦長ホワイトボードをうまく活用して、全員から見える位置に置き、視線が集中してから発表は始まった。ホワイトボードを活用することで、議論が空中戦にならないように、どんなことが結論として得られたのかを指さしながら発表する形が出来上がっていた。ビジネス的に言えば、短い時間ながら"締切時間"に結論を納品できていた。自分たちの考えを時間内に納品する力、これも社会に出てから必要とされる力だ。

チームごとの発表

チームごとの発表から具体的な事例を挙げると、インプットの時間にウクライナと日本の物価が違いすぎるために、避難民の方が日本でのお金の使い方に困っているというインプットがあったことから、とあるチームは”お金の使い方お助けブック”や”お金の使い方を伝えるような活動をする”という活動を考えていた。つまりインプット前から発表の骨子をチームで決めておくことも可能であろうが、当日のインプットを受け活動家の方からの生の声をもとにアイディアを考えているわけだ。そこに予定調和はない。

どの生徒も発表には慣れていた。発表スキルの訓練を受けてきたということもあるだろうが、筆者の所感としては、”大勢の前で発表するためのマインドが育っている”という方が適している。もしかしたら他の高校では、発表するということが後ろ向きな場合があるかもしれない。
まだ日本には、否定的なフィードバックがされるのではないだろうか、みんなに笑われるのではないだろうか、無知を露呈することにはならないだろうか、恥ずかしい、というマインドが充満している学校、組織があるのも事実だろう。
”大勢の前で発表するためのマインド"とは発表能力とは別である。この学校では、話し合った内容を語りたい、皆と共有したいというマインドが共通認識のようだ。

指さしながら発表する生徒の様子


授業のまとめ

授業の最後に、今回授業を構築した生徒2人へのフィードバックが入っていたのが印象的であった。つまり授業を受ける側だけではなく、構築している生徒がいるのだ。これは選ばれた人のみが行うのではなく、立候補しながらやっているようだ。今回の授業を構築した生徒2名は、非常に手ごたえを感じていたようだ。時間をかけずに中身のある授業を構築できたようである。なぜならその生徒は他のプロジェクト活動に関わってもいるために、それらと比較し、実は授業とは別のプロジェクトで課題を感じているというエピソードを話してくれた。いろいろなプロジェクトに参加しているからこそ気づくことができた課題なのだろう。授業構築を担当してみてよかったね、というわけではなく、この授業構築ではこれがうまくいったから、他のプロジェクト活動で取り入れよう。他のプロジェクトでうまくいったことが今回は駄目だった、といったことの繰り返しを生徒たちはしているのだ!


授業を構築した生徒2人へのフィードバック


本日の授業の成功を象徴するような生徒の最後のまとめに対し、会場からは拍手が巻き起こった。


※この授業取材には続きがあり、休み時間に私たち取材クルーを見つけて自分たちが行っている学校外プロジェクト、人脈について語りたいという生徒が複数名いた。機会があれば番外編として別途レポートをしたいと考えている。
※ドルフィンの環境は、この学校に見学に行ける場合は是非見たほうがいいと思う。SDGsのパネル、プロジェクト科の授業記録、そしてプロジェクト型授業を進めていく上で必要なシステム思考を図式化したものなどが、天井からぶら下がっていたり、ランダムに壁面に掲示されていたりして、自然と目に留まるようになっているのだ。

自然と目に留まる思考のフレーム
すべての家具に車輪がついている

今回の取材にサポートとして同行してもらったスタッフが帰り際にこんなことを熱く語っていたのが印象的だった。
「私もこのような高校があったら行きたかった、今入学できるならそうしたい」


今回取材した学校について

今回取材した学校についてより詳しく知りたい場合はこちらをクリック


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?