土に生きる女

第五回
 
 いい評価をしてくれているのか、それとも悪い評価なのか、真知子にはわからなかったが、どんな理由であっても、自分の作品に注目してくれることは嬉しかった。
 一週間後の午後3時、会場の中にしつらえた演壇の上に今回の展覧会の責任者が立ち、賑(にぎ)々(にぎ)しく新人賞の発表が行われた。案の定、新人賞、奨励賞ともに大家の弟子が取った。記者の間からは出来レースとも思える受賞発表に辛辣な質問が投げつけられたが、波紋は一切起こらなかった。
最後のイベントと題して、
 「今回、訪れた観客は一週間で一二〇〇人におよびました!」
 開催責任者が大きな声で会場に集まった数百人に誇らしげに告げた。
 「そのお客様が選んだ作品をこれからご紹介したいと思います」
 一週間分の投票を約30分に亘(わた)って仕訳をし、1時間後、開催者が壇上に立ち、
 「只今から、一二〇〇名のお客様に選ばれた、この作品が欲しい! をご紹介いたします」
 と大きな声で告げた。
 
 一二〇〇人の客が選んだ作品は真知子の作品だった。一二〇〇人のうち半分強の七〇〇人ほどが真知子の作品を選んでいた。半分強の人が選んだ作品などかつてなかったと、記者連中は舌を巻いた。それほど画期的な選出だった。おかげで新人賞やその他の賞が吹き飛んでしまったほどだ。
 真知子の作品は次々と世間の耳目を集めたが、だからといって真知子の生活が変わることはなかった。昼間は黙々と作品を創り続け、夜になると本を読み、鈴虫の声を聴きながら過ごした。
 マスコミで紹介された記事を読んだといって、前夫から電話がかかってきたことがあった。夫は真知子と別れた後、すぐに再婚したが、一年と持たず別れたと言った。
 「もう一度、一緒にならないか、浮気はしないと約束するから」と電話で囁(ささや)くように言ったが、真知子は、笑って「さよなら」とだけ言って電話を切った。
 恋も愛も今は遠くへ失せていた。湧き上がる感情のすべてを陶芸にぶつけたい。それ以外の時間は自然の中に埋没して過ごしたい。達観した思いの中で、ただひたすらに生きるという日常を見つめる。その先に真知子の目指す陶芸があった。
 今日もまた真知子は土を見つめ、土と語らいながら作品づくりに勤しむ。そして、その作品を待ち受ける多くの人たちがいる。幸せだ。真知子は誰に語るともなく一人、そうつぶやいた。
〈了〉

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