愛と怒りの幽霊同窓会

高瀬甚太

 同窓会の招待状が届いたが、迷った末に欠席に〇をしてハガキを送った。仕事が繁忙だったこともあるが、それ以上に、昔の自分に戻るのが億劫な気がして出席を断念した。十年ぶりに開かれる小学校の同窓会、今までにも十数回ほど、開かれているようだが、一度も出席をしたことがなかった。それでも、同窓会が開かれるたびに連絡が来るのは、同窓生の中で、今でも付き合いのある美山正治がいたからだ。

私の仕事は普通の会社勤めと少し様子が違い、ライターとして活動する身にとって、時間などあってないようなものだ。
 ライターにもいろいろな種類があるが、私は、比較的事件ものの取材が多く、そのためひとたび依頼を受ければ、その間、取材に忙殺されて休む暇がない。
 「来ないんだって?」
 同窓会を欠席するハガキを投函してしばらくして、友人の美山から電話を受けた。
 「ああ、取材があって忙しくて無理だ」
 そう答えると、美山は何故か沈黙した。
 「おまえは行くのか?」
 と、問うと、美山は「ああ、出席するよ」と答えた。その答え方がいつもの美山らしくなかったのでもう一度、確認した。
 「何かあったのか? いつもの美山らしくないな」
 美山は、子どもの頃から明るくてひょうきんな男だ。憎めない人柄もあって常にみんなの人気者で、彼を嫌う者など少なかったのではないか。大人になってからもそれは変わらないようで、私など、たまに美山から電話をもらうと、元気を注入されたような感じになって嬉しく思ったものだ。
 「実はなあ、杉下……」
 神妙な声で美山が言った。
 「どうした?」
 「金澤って男、知ってるだろ? 小学校の時、同じクラスだった奴だ」  「金澤――。あの背の高かった奴か」
 「あいつ、ついこの間、亡くなったんだって。同窓会を報せるハガキを送ったら奥さんから丁寧な断りの手紙が届いて、そこに亡くなったことを記してあったらしい」
 金澤のことはぼんやりとした記憶しかなく、小学校を卒業してから一度も会っていないし、噂も耳にしていない。だが、不思議と背の高さだけははっきりと記憶していた。
 「実はおれ、最近、その金澤に会ったんだよ」
 「えっ?! 亡くなる前に会ったんだろ?」
 「それがなあ……、亡くなった日より後に会っているんだ」
 亡くなった後に会っているなんて、そんなことあり得るはずがない
 「――そいつは本当に金澤だったのか?」
 「ああ、間違いない。話もしたんだ。携帯の番号も聞いたよ」
 「会った日を勘違いしてるだけじゃないのか?」
 「それが……、会ったのは一昨日のことなんだ。金澤は二週間前に亡くなっている」
 美山は自分で何を言っているのかわかっているのだろうか。
 「おまえ、夢でも見たのじゃないか? それとも――」
 「それならいいんだが、どうやらそうでもなかった」
 ――美山が金澤に会ったのは、天神橋筋六丁目の交差点の横断歩道だったらしい。すれ違いざま、金澤が美山に声をかけてきたという。その時の様子を美山はつぶさに語った。
 「おい、美山じゃないかって、声をかけられて、驚いて男を見るとえらく背が高いんだ。こんな背の高い奴、知っていたかな、そう思ってよく見ると、金澤だった。子どもの頃とあまり変わっていなくて驚いたよ。どうしてるんだ、と聞いたら、保険の営業マンをしていると言うんだ。同窓会、来るんだろ、と聞いたら、楽しみにしてるって答えたよ。それだけ言っておれたちは手を振って別れた。今でも信じられないよ。おれが死人と話したなんて」
 美山の話には嘘も誇張も感じられなかった。彼は本当に金澤と会ったんだろう。そんな気がした。

 金澤の死が気になった私は、翌日、美山と一緒に、豊中にある金澤の家を訪ねることにした。
 阪急電車に乗って、岡町で下車し、商店街を抜けてしばらく歩いた旧い住宅街の一角に金澤の家があった。
 金澤の家は、瀟洒な構えの立派な家だった。門の前でチャイムを鳴らすと、すぐに奥さんらしき人の声が響いた。
 「美山と申します。お電話でお話した小学校の同窓生です」
 インターフォン越しに挨拶をすると、「少しお待ちください」、と丁寧な応答があって門が開かれた。門の前に立つ金澤の奥さんの美しさに私たちは度肝を抜かれた。長い黒髪が目立つ色白の肌、くっきりとした目と瞳の美しさ、何よりもスタイルの良さがその美貌をさらに引き立てていた。
 「金澤美子と申します。本日は起こしくださり本当にありがとうございます」
 奥さんは深くお辞儀をし、私たちを家に迎え入れてくれた。
 
 金澤の死は突然であったようだ。その日、いつものように仕事に出掛けた金澤は、会社で手作りの弁当を食べた後、いつものように営業に出掛け、午後3時、横断歩道を歩行中に突然倒れ、救急車で病院に運ばれたが、すでに心肺停止状態で、そのままこの世を去ったという。
 それが奥さんから聞いた、金澤の死の直前の一部始終だった。
 死に目に会えなかった悔しさと、突然の死の驚きで心の整理が未だについていないと、奥さんは涙ながらに私たちに語った。
 「実は一昨日……」
 美山が金澤に会った話をすると、奥さんは目を丸くして驚いた。美山が金澤に出会ったその場所が、金澤が倒れ、命を落とした場所だったからだ。
 美山は天神橋筋六丁目の交差点の横断歩道を渡っていて、突然、倒れた。その同じ場所で美山は金澤と会っている。時刻も午後3時5分、ほとんど同時刻だった。
 金澤の死は心臓麻痺だった。元々、心臓が弱かったのかと聞くと、そうでもなかったと奥さんは言った。だから不思議で仕方がない、そう言って奥さんは顔を曇らせた。
 「金澤は同窓会を楽しみにしていたんですよ」
 と奥さんは私たちとの話の最後に付け加えた。お愛想かなとも思ったが、そうでもなかったようだ。金澤は、小学生時代のアルバムを片手に奥さんにその頃の思い出を懐かしく語っている。
 3時間ほどいただろうか、中学生の娘の帰宅を契機に私たちは金澤の家を辞した。
 「それにしても不思議だよ。死人に遭遇するなんて――。杉下、おまえ、どう思う?」
 美山は帰り道、何度も私に尋ねた。私にもまったく理解できなかった。わかるわけがない。
 「今までそうした事例がなかったか、どうか、ともかく調べてみるよ」
 美山にそう約束をした。すると、美山が、私に向かって不意に言った。 「井森、おまえ、必ず同窓会に出席しろよ。もしかしたら金澤がやって来るかもしれない。もし、そうなったらおれは一人で対処することができない。お願いだから出席してくれ」
 美山のたっての頼みとあれば、私聞かないわけにはいかない。同窓会に出席することを美山に約束した。
 美山が遭遇した事例を以前、何かの本で読んだことがあったことを思い出した。しかし、事務所に帰り、その本を探したが見つからなかった。
 うろ覚えだが、その本には、交通事故や突然死した人は、自分が亡くなったことがわからず、命を失ったその場所をしばらく徘徊すると書かれていたような気がする。
 金澤もそうだったのかも知れない。自分が亡くなったことを受け止められず、倒れた場所を徘徊しているだけだとしたら、時間が経てば自然に消えて行くことだろう。美山が気にしていたように、同窓会に現れるなどということはまず考えられない。私は、そのことを美山に告げて安心させたかったが、あえて電話はしなかった。美山が私が出席することを拒んでいると思われるのが嫌だったからだ。

 同窓会当日、昨日までの曇天が嘘のように晴れ渡った、気持ちのいい朝を迎えた。同窓会が開かれる天王寺に向かうため、地下鉄谷町線に乗った。
 休日ということもあって車内は閑散としており、楽に座ることが出来た。カバンの中の新聞を取りだしたその瞬間、私は強い視線を感じた。
 視線の先に私を見つめる男がいた。だが、瞬きをすると、いつの間にかその男は消えていた。疲れているのだろうか、そう思って新聞の紙面に目を戻すが、何となく気になった。男の顔に見覚えがあったからだ。
 天王寺駅で下車して地上に上がり、JR天王寺駅からそう遠くない場所に同窓会が開かれる居酒屋があった。暖簾をくぐり、店内に足を踏み入れるとすでに同窓生の大半が集まっていた。
 「ようこそいらっしゃい。杉下くんお久しぶりです」
 代表幹事の重田百子が迎えてくれた。席を見つけ、座ると、しばらくして会が始まった。全員で三十人、よく集まった方だ。
 酒が運ばれ、料理が運ばれるが、美山はまだ現れていなかった。開始から15分ほどして、美山が姿を現した。よほど慌てて走って来たのだろう。額にうっすらと汗がにじんでいた。
 美山は私を見つけると、すぐさま私の隣に席を陣取り、青白い顔で私の耳元で囁いた。
 「金澤がいた……」
 電車の中で金澤を見たというのだ。その話を聞いて思い至った。電車の中で私を見つめていた男、あれも金澤だったのでは――。
 「すぐに目の前から消えたけれど、あれは確かに金澤だった。今日のこの同窓会の席にも金澤が来ているんじゃないだろうか」
 美山は恐れながら三十人ほどいる同窓生を見渡した。
  宴もたけなわになり、幹事が、出席していない同窓生で、返信ハガキの来ている人たちを報告した。
 何人か読み進んで、やがて金澤のハガキのところまで来た時のことだ。幹事が突然、膝を落とし、ゆっくりと身体を沈ませた。どうしたのかと思う間もなく、同時に会場の照明が消えた。
 その瞬間、信じられないことが起きた。
 幹事の立っていたと思われる場所にスポットライトに似た、光の照明が当たり、一人の人物が現れたのだ。
 「金澤だ……」
 美山が声を震わせながら言った。私が電車の中で視線を感じた男によく似ていた。やはりあれは金澤の亡霊だったのか。それにしてもなぜ――? 金澤の出現が腑に落ちなかった。
 「こんにちは」
 同窓生の多くは金澤の死を知らない。知っているのは、幹事と美山と私の三人だけのはずだ。だから、突然の金澤の出現にも会場から驚きの声は挙がらなかった。
 「卒業して、はじめて同窓会に参加させていただきました。金澤です。私、小学生の頃、いじめられっ子でしたから、小学生時代にはあまりいい思い出がありません。背が高く気が弱かった私は、きっといじめの標的になりやすかったのでしょう」
 照明はまだ点いていなかった。多分、時間にしてわずかなものだったと思うのだが、ひどく長い時間のように思われた。何しろ、死人が喋っているのだ。前代未聞の出来事だ。
 「佐藤くん、橋田さん、後藤くん、三椏くん――。覚えていますか? きみたちがよくいじめた金澤ですよ」
 名指しされた四人の男女は、その頃、クラスで様々な役割を果たしていたことを思い出した。。
 「少しぼんやりしていたぼくのことを、きみたちはずいぶん馬鹿にして、仲間外れにして、ぼくをクラスから追いやった。その頃、ぼくの両親は、学校の行事でぼくの活躍を見るのが大好きだった。でも、きみたちと同じクラスになってから、ぼくが学校行事に参加することはほとんどなくなった。両親はずいぶんがっかりしていたよ
 やがて、両親はぼくのことで言い争うようになり、小学校六年の春、離婚をした。父も母も一人息子のぼくが大好きだった。二人とも、ぼくが行事に参加しなくなったことを、自分たちに反抗していると思ったようだ。そのことで二人は常に言い争うようになった。でも、ぼくはきみたち四人がいる限り、行事に参加できない。二人の言い争いを聞くたびに胸が痛かった」
 照明が消えた暗闇の中で、金澤の姿がぼんやりと浮かび上がった。ぼくと美山と崩れ落ちている幹事以外は、それを演出だと思ったに違いない。
 「離婚した後、ぼくは父方の祖父の家に預けられ、中学校では登校拒否児童になった。
 ぼくを愛してくれた両親と別れたことで、ぼくの心に闇が取り憑いた。ぼくはしばらく悲惨な少年時代を過ごさなければならなくなった。それも皆、きみたち四人のおかげだよ。ぼくはきみたちを心底憎んだ。だが、復讐の方法がない。いつか復讐したい。そう思いながら長い年月を送ってきた。
 そんなぼくを救ってくれたのが妻だった。妻との出会いは劇的だった。彼女は当時、雑誌のモデルをしていて、その美しさで多くの人々を魅了していた。
 大学を卒業して外資系の商社に入社したぼくは、ある日、アメリカへ出張していて、ちょうど撮影の仕事でサンフランシスコにいた彼女と、偶然、カフェで会った。彼女の大ファンだったぼくは、彼女にサインを申し込み、ついでに夜の食事に誘った。それが縁でぼくは彼女と交際するようになり、三年ほど付き合った後に結婚をした。
 長い話になって申し訳ない。もう少しで終わるから辛抱してほしい。結婚して、ぼくは、すべての負から脱出することができた。幸せは、多くのマイナスをプラスに変えてくれる。すべて彼女のおかげだった。
 妻はぼくを変えてくれ、支えてくれた。ぼくにはもう小学生時代の悪い思い出は残っていない。だから今回の同窓会出席を楽しみにしていた。いじめたきみたち四人に会うことをぼくは本当に楽しみにしていたのだ――」 
 そこで急に照明が点った。金澤の姿はそれと共に消えた。同級生の多くは金澤が消えたことに驚き、ザワザワと騒いだ。私と美山は複雑な気分だった。幹事は、まだ起きあがって来ない。多分、金澤はこれでもう出て来ないだろう。私はそう確信した。
 やがて、起きあがった幹事から金澤の死を知らされた同窓生は一斉に息を飲んだ。特に、張本人の四人はしばらく食事も酒も喉を通らないようだった。

 

金澤の死を供養するために、一人で金澤の家を訪れたのは、同窓会が終わって一週間後のことだった。

奥さんは、同窓会の報告とお参りに訪れた私を歓迎してくれ、話が弾んだ。

同窓会に金澤が現れたと聞いても、奥さんはそれほど驚かなかった。

「金澤は、自分の死を確認できていないようでした。亡くなって十日目に、チャイムが鳴るので出ると、金澤の声がして『ただいま』と言うんです。驚いて門のところへ行くと誰もいません。気のせいかなと最初は思っていました。でも、杉下さんたちがやって来て、金澤に会ったという話を聞いて、なるほどなあ、と思いました。亡くなってから不思議な現象がたくさん起こっていたからです。
 眠っている時、枕元に金澤が座っている、そんな気がして飛び起きると、誰もいない。でも、確かにいた――。夜中に目を覚ますと、窓ガラスがガタガタ不自然に揺れている。立ち上がって、窓の側に立つと、それは収まり、静かになった。街へ出て、歩道を歩いていると、突然、何かが私の身体を停止させ、驚いていると、目の前を暴走バイクが走り抜けて、歩いていた人たちを次々はねた――。
 そんなことがあって、ああ、金澤はまだ、私のことが心配でこの辺りをウロウロしているんだなあと思いました」
 奥さんは、遠くを見るような目で私を見て、「実は……」と静かな口調で話し始めた。

「金澤と出会った頃、私、雑誌社の編集長と不倫関係にありました。五年も続いた関係に終止符を打とうと思い、編集長に何度か申し入れましたが聞き入れてもらえませんでした。私はごく普通の結婚、普通の主婦に憧れていたのです。きらびやかな雑誌のモデルなど、それほど興味がなかった。
 雑誌社の編集長は、私を性の奴隷のように扱い、私を離そうとしませんでした。彼には私以外にも数人、付き合っている女性がいたにも係わらずです。
 そんな時、金澤に出会いました。ごく普通の男性で、最初はあまり興味を持ちませんでしたし、惹かれることもありませんでした。でも、私のファンだといって、熱心にモーションをかけて下さる金澤を見て、この人と一緒になったら、きっと普通の結婚、普通の主婦になれるだろうなあ、と思いました。何度か食事をしているうちに、彼の朴訥なやさしさ、愛情が私の心に響くようになりました。私は意を決して、雑誌社の編集長と別れ、金澤と一緒になることを決意しました。
 金澤は思った通りの人でした。やさしくて、やさしくて、それしかないような人でしたが、幸せでした」
 奥さんは、もう涙を流さなかった。涙を流すと、金澤が成仏できずにまた現れる、そう信じているかのように――。私は、奥さんにねぎらいの言葉を伝え、家を出た。
 商店街を抜け、駅前に出ると、一瞬、眩しい光に包まれた。
 金澤が現れたのかと一瞬、思ったが、そうではなかった。車のライトに照らされたのだ。しかし、その眩しい光が私を包み込んだ時、
 ――ありがとう。
 ふと、そんな声がしたような気がした。

〈了〉

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