採用における「志望動機」不要論
「当社を志望した理由は何ですか?」
日本における面接の場面、特に新卒採用もしくは第二新卒等の若手採用を行う場面で良く聞かれる質問である。いわゆる「志望動機」を確認する為の定番の質問だ。
学生は会社の説明会でPRされた資料やHPを読み込んで賛美を交えつつ、自分の学業や志向性などと無理やり結び付けた志望動機を考え、原稿を作成し、必死で丸暗記して面接に臨む。たまにストーリー構成が甘く、矛盾したところを面接官に突っ込まれてあたふたする。企業の面接官は、自社に対する調査や研究が足りない人材は不要と考え、「志望動機が曖昧で熟考されていない」という理由で不合格にする事もある。昨今ようやく中途採用においては志望動機を質問する事は少なくなっているが、新卒採用ではまだ根強く存在する。
しかし、この一連の「茶番」ともいえるやり取りは、既に時代遅れとなっているといって差し支えない。
「他社ではなくて何故、自社に応募したのか?その理由を聞かせてほしい」という自社目線での採用は通用しない時代になっていることを企業側は理解しなければならない。特に新卒に代表される若手採用で顕著だ。
■志望動機を質問する事が時代遅れの理由
まず第一に、リクナビやマイナビ等の応募サイトが出てきた遥か20年以上前から、既に同時併願応募は当たり前になっている。多数の会社に応募して「ピンときた」「自分の専門領域と重なる部分を見出した」「先輩社員の印象が良かった」会社の選考に進む。この時点では明確な応募理由などなく、何となくいいな、と感じて応募している人も多い。そして選考が進むにつれてだんだん志望度が上がってきて内々定通知時に最大のピークを迎える。志望動機は初めに低く、選考が進むにつれて会社への理解(情報量)が増え、その結果として自分との結びつきを見出すことが出来、志望度が上がるのだ。そのメカニズムを理解していれば、志望度を質問するなどという野暮な事はしないはずだ。
第二に、新卒採用の市場はコロナ問題が顕著な昨今においてもなお、売り手市場である。(一部の業界は除く)特に理系人材については顕著な傾向だ。その状況下においては、複数の会社から内定を獲得している学生が多数いる。彼らは一般的に優秀層と言われ、どの会社でも欲しい人材として注目されている。その彼らに対し、「当社を志望する理由」を質問する事は、複数の美女から好意を一身に集めているイケメンに対し、「何で私と付き合いたいの?私を好きな理由がはっきりしていなきゃ付き合わないよ」と言うようなものである。学生の立場からすれば「何様のつもりだ」という話である。
「自社にどれくらい入りたいと思うか?その熱意が高い人を採用しよう」という会社に限って、自社の内部情報を十分に会社説明会や面接等で開示していないケースが多い。自分も転職を複数回しているから言えるのだが、会社の外からはそんなに多くの情報は得られない。上場会社の決算報告書にも、学生が欲しい情報は掲載されていない。転職会議やOpenWork等の掲示板に書かれている事も、真実とは限らないし、部署が異なれば事情は大きく変わってしまうものだ。だから採用広報活動では、学生の視点から欲しいと感じる情報を、自社に都合の悪いところも含めて正直に伝えていく事が求められる。そこに誠実さが求められる。
志望動機を質問する背景にはいくつかの日本の採用特有の事情がある。
日本的な「メンバーシップ型採用」であれば「自社への忠誠心が高い人」を採用する事に意味はあった。要は「志向性が固まっていないまっさらで潜在能力の高い人材を総合職で採用し、一から自社流で育てる」という趣旨だ。そして採用された若手社員は長期就労を前提としたジョブローテーションを通じて自社のコア人材としていく。これが日本型メンバーシップ雇用の土台「だった」。
しかし時代は既に終身雇用制が崩壊し、キャリアの責任は一人一人が取らなければならなくなっている。会社は長く勤務する人ではなく、短期間で有能さを発揮してくれる人を採用したい。もはや企業の経営者も人事部も、5年先にどんなビジネス環境が待ち受けているか、どんな人材が活躍するか、の見通しを持てない。いや、むしろ時代を超えて活躍する人材の要件はわかっているが、そういう人材を計画的に育成する術を持たない、という表現がより適切だろう。
既に時代が大きく変化しているとすれば、新卒を始めとする若手採用をする時は、純粋に基礎能力やポテンシャルだけを観ればよいだけだ。そして優秀だと思われる人物に対して自社の魅力を最大限にPRして口説く。やる事はこれだけだ。
■採用はマーケティングの時代へ
自社に応募してきた理由が不明確、という事態は候補者の問題ではなく、自社の採用広報の失敗として扱わなければならない。会社の人事部は、自社の求める人物像(学歴、専門領域、経験、スキル、人柄、個性等)に焦点を絞り込んだメッセージを丁寧に伝え、「これは自分のことを言われている!」と候補者に感じさせないといけない。採用はマーケティングの時代になっているのだ。しかも自社の良いところだけをPRする古いタイプのマーケティングではなく、相互理解を深めていくプロセスを通じて絆を強める双方向マーケティングだ。
もし志望動機的なものを企業が候補者に質問するとしたら、以下のような問いだけだろう。
「あなたのやりたい仕事は何ですか?」
「あなたがやりたい仕事は当社のご用意している採用枠におけるどの職種ですか?その理由と併せて教えてください」
「あなたが志望する業界もしくは職種について、その理由や背景事情をお聞かせください」
これらの質問は志望動機ではなく、仕事の志向性(どんな仕事をしたいか)を確認する質問であり、それだけで十分なはずだ。
志望動機を高める責任は会社の側にある。会社がターゲットとなる応募者に対し効果的にPRを行っていればおのずと志望動機は高まり、意欲の高い人が集まる事になる。逆を返せば、マッチングしていない人の志望度を下げる事も人事の役割だ。
欲しい人材を明確にターゲティングし、その人に刺さるコピーを創作し、しっかりと届ける。メッセージを受け取った人は、「自分こそがこの会社に呼ばれている」と感じて応募する。その人と自社の相性のマッチングを確認して採用する。
これこそあるべき採用の美しい形であり、今の時代における一つの完成形といえるだろう。
自分もこのような採用を目指したいものである。
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