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人材紹介エージェントの構造的劣化が進行している(一部加筆済)

■人材紹介エージェントに今、何が起きているのか?

 企業側の人事として中途採用を行っている中で最近顕著に感じるのは、人材紹介エージェントにおける候補者のグリップの弱さである。シンプルに表現すれば、候補者の心情や気持ちを深く把握していないし、企業側のニーズや事情と候補者の希望の両方をバランスよく取り入れて交渉をまとめる能力が完全に欠落している。これは、はっきりいって壊滅的な状態である。特に営業とキャリアアドバイザー(以下、CA)の分業が進んでいる大手企業に如実に表れており、本当に酷い。これは個別のケースの話ではなく、人材紹介エージェント全体に蔓延している症状であり、各社で日々起きている。CAが候補者と殆ど会話出来ていない。殆どアンケートを行って回収しました、というレベルの情報しか保有していない。ほぼ全てをメールで済ませている場合もあり得る。それ自体が問題というより、候補者の心情を掴めていない事が大問題である。

 最近実際に起きた事例を振り返ってみよう。
・ミドル(30代後半)の候補者が未経験で他業界に転職をしようとしているのに、年収アップを提示してくる。
→ミドルの候補者に対する戦略アドバイスが全くできていない

・第二新卒の候補者が口頭レベルで内定承諾した後、エージェントを介さない他の直接応募の案件に気を取られ、そちらに流れる
→候補者の転職戦略全体を把握しておらず、結果として志望度を見誤っている

・職種転換に伴う挑戦的応募であるにもかかわらず、面接中に候補者が面接官に「私は活躍できますか?」と質問してしまう
→事前にエージェントに「これは挑戦的な応募です」と明確に伝えているにも拘らず、面接の練習をさせていない

・ 家庭を持つ候補者が転職を決意するも、配偶者に反対されて頓挫し、内定辞退をする
→世の中で散々「嫁ブロック」という言葉が流行しているにも拘らず、家庭を持つ候補者のアドバイスのポイントを理解していない

・ 企業側から内定が出た後、概ね方向性が決まったにも拘らず、候補者の家族から後出し的に条件面での反対意見が出てきて、それをそのままエージェントが企業側に伝達してくる
→フェーズは既に内定通知からかなり時間が経過しており、今更条件面でごねるのはタイミングを逸している。本来はCAが「交渉はタイミング的に遅いですし、現状から見れば十分な待遇です」と話を納めなければならないのにそれが出来ず、単なるメッセンジャーボーイと化している

・ ミドル(40代前半)が新卒で入社した会社を初めて転職しよう、という時、転職に関する様々なイロハを事前にレクチャーしておらず、頓珍漢な対応を許容する。エージェント経由でその情報が伝達されてくる
→直接応募の候補者がやってしまうのは致し方ない事だが、人材紹介エージェントを介してそのようなコミュニケーションがなされる事自体、存在意義がない

・候補者との面接後、企業側としては即座に候補者からの手ごたえに関するフィードバックが欲しいのに、直接連絡を取っていない。結果的に当日中に企業側へフィードバック出来ない。状況としてはCAが候補者にメールでフィードバックを依頼し、候補者は車で面接会場から自宅に移動している為、スマホ入力する事が出来ずにそのままになっていた。
→候補者が車で移動する事はエリア特性上わかりきっており、下手をすれば候補者から交通経路の回収をしてその場で現金での交通費精算まで行っている場合もあるにも拘らず、メール連絡している。電話であればハンズフリーで会話できるにも拘らず、明らかに愚策である。更に言えば、面接特有の「温度感」をメールのみで回収しようとしている事の問題も大きい

・面接後、候補者側の覚悟が決まっていないと面接官が判断し、●月●日までに改めて応募の意思を明確にしてほしい、とエージェントに確認しているにも拘らず、企業側から「どうなっていますか?」という質問に対し、期日を過ぎているにも拘らずフィードバックが出来ない。
→CAが候補者から情報を回収しておらず、その事が管理されていない。

■ITシステムへの依存の危険性

 これらはほんの一部である。人材紹介エージェントを批判する事はたやすいが、ここにはある構造的な問題が潜んでいる事に気が付く必要がある。最大の理由として、企業側と候補者を繋ぐツールとして、情報管理(IT)システムが劇的に進化した事が発端になっている。ITシステムが進化したが故に、候補者は求人票の情報閲覧、検索、情報の登録、日程調整等に大きな利便性を得た。エージェント側、特にCAは、日程調整や連絡等をスムーズに出来るようになった。また、候補者の情報をITシステムに入力する事で、営業担当者と直接電話やメール等をしなくても情報共有ができるようになり、スピードと利便性が高まった。そのこと自体は、良い事だ。しかし同時に便利になったからこそ起き得るリスクに目を向けなければならない。

 ITシステムが情報管理の中心となった事で、CAは候補者の情報を全てITシステムにて把握&管理しようとする傾向が強くなった。作業の重複を避ける為の省力化はもちろん大きい。それだけでなく、漏れなくダブりなく情報を取得&記録できるようにする為、ヒアリング項目はチェックリスト化され、候補者とCAとのやり取りは一問一答形式となり、回答は直接ITシステムに入力されることになった。結果として、候補者とCAのコミュニケーションは非常に表層的なものになった。

 転職に必要な情報は網羅的に収集され、それらはITシステムに蓄積、営業担当者もその情報を頼りに企業側に連絡や報告を行うが、そこで企業側から一歩突っ込んだ内容を問われると途端に「わからない」という事態になる。当然だ、そういうやり取りをしていないのだから改めて候補者に質問しなければならない。営業担当者はCAを介して候補者に企業側の質問を投げるが、質問の意図や背景を理解していないまま、メールで投げるので薄い情報しか上がってこない。

■コロナ禍におけるリアル面談の激減

 情報管理のIT化が劇的に進んだ事に加え、直近1年~1年半くらいで進んだのは、候補者とCAのリアル面談の激減だ。新型コロナウィルスの感染拡大は社会に様々な影響を及ぼしたが、その余波は転職市場にも及んでいる。わかりやすいところでは、オンライン面接の一般化が挙げられる。従来までも、遠隔地からの応募者にはオンライン面接は実施されていたが、コロナ禍においてはむしろオンライン面接が主軸となり、直接面接はよほどの事がなければ実施しない(例:最終面接のみ実施)という企業が増加した。この変化自体は、候補者が全国どこでもエントリー出来る可能性が広がったり、在宅ワーク中にうまく時間調整をしてオンライン面接を受ける事が出来たりと、かなり利便性が広がった。オンライン面接が直接会って行う面接とそれほど差がない、という認識も一般化した事もあり、この流れはアフターコロナになっても維持されるだろう。

 しかし、ここで大きな問題が生じた。企業との面接の他に、人材紹介エージェントのCAと転職希望者との面談もオンライン化したのだ。もう少し正確に表現すると、ZoomやTeams等お互いの顔を見て行う面談をショートカットし、20分間程度の電話で全てを済ませてしまい、その後一度もCAと顔を突き合わせたコミュニケーションを行わずに転職活動に突入する候補者が激増したのだ。

 従来、一部の遠隔地や海外在住の人を除き、転職活動における候補者との直接面談を必須としていた人材紹介エージェントが多かった。そうする事でCAは半ば強制的に候補者と顔を合わせてコミュニケーションをとる機会を得る為、手間はかかるがコミュニケーションによる非言語情報の取得をする事が出来、ラポール形成も現在より容易だった。その代わり、それらはCAに重労働を課す構造にもなっていた。以前からCAの長時間労働は業界内で問題視されていた。その最たる問題の一つが夕方から夜間にかけての候補者との面談だった。このプロセスはCAにとっても候補者にとっても必須かつ重要な場面であった為、効率化が出来ない領域だった。それゆえ、仕事終わりの候補者を夜遅い時間帯で面談するCAは、毎日長時間労働を強いられ、これがCAの心身の健康状態に悪影響を及ぼし、早期離職を加速させていた要因ともなっていた。

 しかし、コロナ禍で直接面談が無くなった事で面談を一気に効率化する動きが出た。その背景は、昨今社会的に「働き方改革」が叫ばれ、長時間残業を抑制する動きが活発化する中、コロナ禍で直接面談を行わない事が一般化した時、それに便乗して「面談そのものの効率化(簡易化)」を人材紹介エージェントがこぞって推進した。それにより、候補者とCAの関係性は一気に希薄化し、もはや大手人材紹介エージェントのCAは対人支援者ではなく、候補者と企業を求人レコメンドと予定調整機能で繋ぐ「システムの一部」となってしまったのだ。


■CAの未熟化問題

もう一つの大きな問題が、CAの構造的未熟化だ。

 いうまでもなく、候補者の転職をサポートし、時に寄り添い、時に世の中の常識をレクチャーし、時に戦略を授けて面接に送り出す、というCAの仕事は熟練職が本来行うべきだ。職業経験豊かでなければ到底出来ないし、企業側の論理と候補者の気持ち、ステークホルダー(特に家族)への配慮等も求められる。少なくとも人事部での中途採用経験か、企業側への営業の経験、場合によっては現場における管理職経験が求められる事も十分にあり得るだろう。

 しかし、市場の動きに伴って大手人材紹介エージェントは急速にその勢力を伸ばした結果、若年層を多く採用した。そしてCAを「基本職」として位置付けている。新卒社員が最初に行う仕事に設定したのだ。特別なスキルが不要という認識の下、エージェントの仕事の基本を身に着けさせるに丁度よい内容と思っているようだ。いわゆる製造業を営む会社が、研究開発職等の高学歴者にいったん製造の現場を経験させる、というものに近い。考え方は悪くない。しかし、これは結果的にサービスの品質低下を招いている。

 基本職として位置付けるならば、CAよりもむしろ企業向けの営業職の方が新入社員向けの仕事である。企業側の窓口は人事担当者であり、教育や人材開発、オンボーディング等を担当しているケースが多い。その為、人に対する育成意識が世間一般よりも高い傾向にあり、一生懸命学んで企業側に貢献しようとする新入社員に対し、親切に教えてあげようとする人が多いからだ。また企業側への営業の場合、先輩社員と同行しながらコツを学ぶ機会が多く取れる為、学習効率が高い。

 一方、転職をしようと考えている候補者側は自分の人生を賭けて活動している。とても未熟なCAに付き合っている余裕はない。自分の気持ちを正直にCAに全部話す人は少なく、絶妙な会話や問いかけ等で候補者の繊細な心情の動きを掴みながら引き出す能力が求められる。更に候補者との会話は機密性が高く、上司や先輩と一緒に会話の中に入る事が難しい。そういう意味でも、実はCAは育成が難しい職種であるとわかる。


■人材紹介エージェントの人材戦略見直しは急務

 人材紹介エージェント各社はすぐにでも人材戦略を見直すべきだ。CAにおいては深刻なレベルにまで構造的な劣化が始まっている危険性が極めて高い。現任CAへの再教育はもちろん、新卒育成部署としてCA部隊を位置づける方針を転換した方が良い。また、各社の持つ情報管理システムのアップデートを行う事は良いが、それによる弊害を同時に認識しなければならない。己の心の目で候補者を見て、また企業側の要望やニーズを確認し、仲介を進めなければ、これだけダイレクトリクルーティングサービスが台頭してきている昨今において人材紹介エージェントに未来はない。

この事を今気づいて方針転換するか、そのまま谷底に落ちるまで進み続けるか、人材紹介エージェントは正に岐路に立たされていると思う。

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