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そうだ、選挙行こう~保守の聖典『フランス革命の省察 』を新訳で

副題:「保守主義の父」かく語りき
訳:佐藤健志(新訳版)

岩波の全訳版を読んでいないが、明快で生き生きとした現代語訳で、尋常じゃないほど読みやすい。おそらく全訳版と比べるとかなり犠牲にした部分が多かろうが、自分にとってはこれで十分、タメになった。

内容は、イギリスの政治哲学者エドマンド・バーク(1729-1797)が、隣国フランスでちょうど進行中であったフランス革命をイギリスから分析し、こき下ろすもの。保守主義の立場から、革命派による旧体制の転覆や王政廃止、封建制の解体などを痛烈に批判する本書は、出版当時はほとんど注目を浴びなかったようだが、しかし著者の予言通り革命が大失敗に終わったことで、後の時代に注目を浴びることになる。

著者が説くのは、どれだけ政治が腐敗し、社会に格差がはびこっていようとも、過去にその国が長い歴史の中で築き上げてきた伝統や習慣を転覆することは百害あって一利なしであり、問題があると全てをイチからやり直そうと企てる革新主義的なやり方はまったく肯定できない、というものだ。

どんなに高い地位や肩書きを持つ者であろうと、一時的な思いつきで権力を行使することは許されない。普遍的な理性、宗教的良心、信義や公正さ、国家の伝統的なあり方といったもののほうが尊重されるべきなのだ。

保守と革新、それぞれの論理は通常、双方が想定する人民の「自由」と「権利」において鋭く対立する。ここで、バークは社会が連綿と受け継いできた伝統を第一に重んじる考え方を土台にして、社会の”相続財産"としての自由や権利を主張していく。

イギリス人は、自由や権利を相続財産のように見なせば、「前の世代から受け継いだ自由や権利を大事にしなければならない」という保守の発想と、「われわれの自由や権利を、のちの世代にちゃんと受け継がせなければならない」という継承の発想が生まれることをわきまえていた。そしてこれらは、「自由や権利を、いっそう望ましい形にしたうえで受け継がせたい」という、進歩向上の発想とも完全に共存しうる。

のちに、チェスタトンやオルテガへと続く”保守思想の源流”と言われることになるバークだが、彼の思想を注意深く読み解くと、全く無条件に現状維持に傾いているわけではない。「理性」による机上の「理論」だけを頼りにゼロから社会を作り変えるのでなく、社会の自然な習慣に内在する規範や仕組みの価値をしっかり見据えた上で、課題があればその延長線上で解決していけば良いではないかと訴える。そして、その実行・運用に際して、実効性の高い手段と推進体制、リソースの慎重な保存がキモになる。彼の展開する議論の力点は徹頭徹尾そこに置かれているように思えるし、よく議論の俎上に登る「既得権益をどこまで野放しにしてよいか」という点のみにおける論点設定は、やや表層的にすぎるカウンターになろう。

その意味で、複雑にねじれながら現代にまで引き継がれた右翼-左翼的対立を超え、それよりもひとつ深いレベルにおいて、本論はまったくもって真っ当な議論を展開している。

じっさい、個別論としてのフランスの革命政権の分析は(新訳版としての本書においては)すごく踏み込んだものではないものの、安易な革命思想と進歩幻想を各政策レベルで喝破していく判明な批判と見通しには、耳を傾ける価値が十分にある。

国家における宗教の役割や、社会階級の保存、個人の不平等性についての話など、現代の新自由主義的な自由の概念とはそぐわない部分も多いが、なにより、バークの予想は、フランス革命にとどまらず、その後の歴史上の多くの事例に、ズバリ適合しているのだ。

また、もう一つの興味深い位相が、本書には横たわっている。この”保守思想の聖典”が刊行された18世紀末の思想背景としての、人間理性と普遍を求めて争われたもう一つの戦い、イギリス経験論vs大陸合理論の対立図式がそれである。この図式を通して本書の保守-革新対立の構図を透かし見ると、バークの持論が経験論な人間観とピッタリ符合する。フランス・ドイツを中心とした合理的理性の信奉は、ルソーの啓蒙思想などの発展とも合わせてフランス革命を準備したが、そうした理性の限界を画定し、人間社会の「経験」とその還元に重きを置く経験論の思想が、このイギリスでの政治談義の舞台にもかなり色濃く登場している。

経験論的な背景を背負いながら、バークは具体的で個別的な政治の場面へ降りてゆく。

この具体的な状況というやつ、ある種の連中には何の関心も引き起こさないようだが、じつはこれによって、同じ理念が異なる特徴を持ったり、違った結果をもたらしたりする。社会的な事業や政策が、利益をもたらすか害悪となるかは、具体的な状況との兼ね合いで決まるのだ。
自由であれ制約であれ、具体的にどのようなものとなるかは、時代と状況によって異なるし、いくらでも細かく変わりうる。ゆえにこれらを、抽象的な原則によって決めることはできない。

理性の万能性と決別しつつ、具体的な状況を深く観察しながら、相対主義にも決して陥ることの無かったこの政治哲学者からわれわれが汲み取ることができることはなんだろうか。おそらくは、具体的な現場において日々なされていく政策の内実を読み取り、自ら選び取っていくことを試みるという、至極当たり前の姿勢であろう。

たとえば先の都知事選に対しても、自身が一市民として臨む姿勢の如何を確かめさせてくれた、大いに思考を呼び込む良作だった。

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