"音は止むが、響は消えない"~詩聖『タゴール詩集』

目を閉じれば、花の香がはるか遠い大地に漂い、魅惑的な笛の音が月下に響いてくる。

王よ、あなたは路傍で私に笛を吹かしめるために私をお呼びになったのですね。
声なき人生の重荷を負った人たちがひととき走り使いの足をとめ、あなたの城門の露台の前に坐ってうっとりと聞きとれるようにと。かれらが永遠に古きものをも新しく見いだし、いつもかれらを取巻いているものをも珍らかに見いだして、「花はさかりなり、鳥は啼けり」と言わずにいられぬようにと。
-「王よ、あなたは路傍で私に笛を吹かしめるために」

インドの詩聖タゴール(1861-1941)が残した数多くの詩作から、訳者自ら選んだ100篇ほどの選詩集である。

瞬間瞬間の煌めきを残して生滅変化しゆく自然の運動性を鮮やかに描き出す感性と、そうした万象の中に麗朗とこだまする絶対者の実在を捉える敬虔な眼差しが、交差し、絡み合い、芳醇で静謐な表象を立ち上げる。

著者自身が「決して王道ではない選定」と言うように、ノーベル賞受賞作『ギタンジャリ』からは数篇のみで、初期の作品からその最晩年、息を引き取る間近に口述させたものまで、幅広く収録されている。収録されているすべての詩は、原語版ではなくタゴール自身の手による英訳版が底本とされており、原典のことばの精髄がどこまで汲み尽くされているかはわからない。

それでも、自然の中にある生命の美しさと儚さにオーバーラップする、深い精神のレベルでの神との語らいが、単なる叙情詩を超え、静かに読者の胸を打つ。 愛の詩や世界大戦への警鐘など、さまざまなテーマでピックされているが、生命の豊かな動性を限りなくピュアに写し取って端麗なことばで紡ぐ前期タゴールが、とても好きになった。

音は止むが、響は消えない。耳と心とは、リズムを互いに投げあう遊戯を、いつまでも続けることができる。こうして一生の間、私の意識の中で雨はぱらぱらと打ち、木の葉はざわざわと慄えるのである


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