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『哲学用語図鑑』が哲学入門のホントのホントの決定版だった

これは良かった。とても良かった。哲学の入門書として、過去読んだ中で一番かもしれない。

以前紹介した『史上最強の哲学入門』もとても稀有な本だったけれど、”入門として実用に足る”という点で、本書に軍配が上がる。

本書を独特なものにしているのは、まずその成立過程である。1人はグラフィックデザインの専門家で、図解ベースの書籍の企画・製作を手掛けており、もう一人は人文系書籍の入門書などを手掛けるライター・編集者。この、哲学の非専門家と言ってよい2名がタッグを組んで哲学図鑑を編纂するというとても意欲的な試みが、本書においてはとても良い方向に転んでいると感じられた。

本書が類書に比べて優れている点は幾つもあるが、まず第一に、入門書でありながら図鑑という体裁をとっているという点にある。図解というよりも、図解付きの人物・用語集という方が正確なのだが、全体構成から、各項目の切り方、各項目の説明の粒度、シンプルさ、図解のわかりやすさ、そのすべてにおいて、質が高い。

用語集だが、時代ごとに並んでいて、はじめから順繰りに読んでいけばなんとかなるような構成になっている。当然多くのことがらを思い切って割愛しているのだが、それもこれも何より初学者にとっての分かりやすさを最優先させているため。

この雰囲気を掴むために、Amazonの作品ページで実際の中身が数ページ分見れるので、ぜひご確認あれ。個人的に、このふわっとしたキャラデザインで描き込み量がここまで少ないにもかかわらず、総勢70人ほどの哲学者全員をしっかりと描き分けられているのも、地味に高評価ポイント。

とにかく、本書のすべての要素が、「初学者の理解を助ける」ことに向けられており、複雑なことばは一切使わないか、他ページを参照しながら徐々にその歩みを進めていく。

およそ哲学史に関する本は、どれであれ、必ずといっていいほどその記述のなかに著者の目線が入り込む。歴史記述はその性質として何らかの解釈を含むので当然ではあるのだが、ふつう、著者が強調したい議論の流れや好きなトピックが自然と前面に出てくるし、難しい術語や入り組んだ論証が説明もそこそこにどんどん放り込まれてくる。前提知識に乏しい読者にとって、そうしたちょっとした飛躍は、時代が進むごとに命取りになってくる。ちょっとずつ理解の遅れが蓄積し、後の時代の読解に甚大な支障をきたす。

以前紹介した『図説・標準 哲学史』なども、図解としてはかなり良い線いってるのだが、本文の濃厚さにより、全体として上記のような難しい本の部類に入る。

良い意味で、本書にはそれを全く感じない。こだわりも、偏りも、ちょっと奥の方にある哲学の豊穣さを読者に覗き見させたいというスケベ心も、一切ないのだ。冒頭で書いたような、この本が成立した過程に、理由があるように思う。

それでいて、記載の精確さは、あくまでこのレベルまで省略・圧縮した記述における正確さ、という意味では、かなり高いように思える。『史上最強の~』なんかでは、わりと不正確な記述も多かったが、本書ではそれがあまり感じられない(まぁこのへんは、誤読や解釈の対立を生むような細部まで徹底して立ち入っていない、というのもあろうが)。

また、本書はあくまで「図鑑」であり、構成として人物と思想の単なる”リスト”である。ゆえに、哲学に全く触れたことがない読者の耳目を集め、哲学への興味の芽を生んでいくための本ではない。どんなジャンルでも、図鑑を手に取るには、それに先立つ一定程度の”知りたい”という欲求がある。ゆえに、「哲学って面白いのん?」といった段階にいる人にとっては、前述の『史上最強の哲学入門』など、もっとずっとずっと読み物として面白い本がある。

しかし、それよりももう一歩進んで、知識は無いけどこの領域全体を見渡し、つまづきの石を取り払いながら学んでいきたいという気持ちがある人に、本書は救いの手を差し伸べる。学びの最初の段階で壁にぶつかりがちな分野では、こうした本はとても貴重である。哲学史の全体と主要な概念を極めてシンプルに提示し、読者がその一歩めを絶対確実に踏み出すための礎石として、本書はある。

哲学を少しでも志すすべての初学者に勧めたい、最初の一冊の決定版。

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