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入門から一歩踏み出す傍らに~『図説・標準 哲学史 』

哲学史の入門的テクストを色々と調べてて、複数の有識者がわりと推していたので手に取ってみた。

超入門編としては、以前紹介した『史上最強の哲学入門』がめちゃくちゃオススメなのだけど、より本格的に学問としての哲学に片足を突っ込む際の入門書というのが、本書の位置づけである。

西洋哲学史の全体を要覧した本としては、全200p強とかなり薄めで、各哲学者の思想説明には一人あたり2p前後を割く。カバー範囲は入門書としては割と広く、紹介されている哲学者も70人程度と多めとなっている。

本書の最大の特徴は充実した図解で、いわゆるコンセプトチャート的なものを用いて、ときに難解な思想を分かりやすく噛み砕くことを意図している。

さしあたり、この試みは一定の成功を見せており、文字のみで読みこなすには晦渋すぎる哲学・思想が、スッと頭に入ってくる場面は多かった。ただ、明らかに図解に失敗していることも多く、本文の主題と適切に対応していない図であることもあった。

また、図解で一定補っているとも言えるが、本文自体が限られた紙面に各哲学者の主だった説をわりと余すところなく詰め込んでいるため、文のつながりがチグハグだったり、理路を端折りすぎて過度に難解になりすぎている部分も(特に後半部分で)多かった。故に、初学者が本書から始めると、わりとつらい入門体験となる可能性が高い。

初学者向けに振り切って近現代をボリュームダウンする等、手立ては幾つかあったろうが、裏を返せば、哲学史のテクストとしてはかなりフラットに各哲学者の学説を広く記述できており、参照用の副読本として手元に置いておくには相当丁度よい塩梅である。

なぜこの点が評価に値するか、かんたんに説明したい。

歴史上の大哲学者が展開した思考は、一人のものであってもかなり広範に渡るケースが多い。たとえば、”万学の祖”と言われる哲学界の巨星アリストテレスは、その生涯で500巻以上(!!)にのぼる本や講義ノートを著し、その叡智の射程は、形而上学(存在論などのいわゆる”第一哲学”)を始めとして、自然学(自然科学の走り)や倫理学、政治学、生物学、論理学、詩学、霊魂論、etcetc..と非常に多岐にわたる。特に入門書という視点から哲学の通史を概説するとき、これら全てを各哲学者について記述しつくすことは到底不可能であって、通常、西洋哲学史の入門書では、その各人の残した思索の足跡に対して、著者が一定の割り切りのもとテーマの取捨選択をして、1~2つの側面にフォーカスして論じる事が多い。その剪定作業によって確かに読みやすさが増したり全体のつながりが良くなったりするのだが、反面、入門者がその後の個別学習に進んでいくための情報ハブ的な機能は低下する。

その点で本書は、入門書の体裁を保ちつつも、そのあたりの全方位的な参照性をなんとか維持している労作といえる。ゆえに、事典やらと一緒に本棚に残り続けるものであると思う。”プレ哲学事典”とでも言えば良いだろうか。

哲学について見聞きするのは何もかも初めて、という超初学者に適した本ではないが、初学者~中級者の橋渡しとして、ないし知識の整理・リファレンス用として、良く編まれた一冊。

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