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哲学入門書の圧倒的特異点~飲茶『史上最強の哲学入門』

哲学者入場! 哲学の聖地、東京ドーム地下討議場では、 今まさに史上最大の哲学議論大会が行われようとしていた……。 「史上最高の『真理』を知りたいか―――ッ!」 観客「オ―――――――――!」

東京ドーム地下討議場。分かる人には、このモチーフが分かるだろう。

少年チャンピオンで連載された格闘マンガ、『グラップラー刃牙』の有名な1場面である。本書の著者は、いまだカルト的人気を誇るこの原作の大ファンらしく、あろうことか哲学の入門書のモチーフとしてこれを選んだ。

序文で突然「哲学には”バキ成分”が足りないと思っている」と切り出す著者は、続いてこう叫んでいく。

神殺しは生きていた! さらなる研鑽を積み人間狂気が 甦った! 超人!! ニーチェだァ――――!! 
近代哲学はすでに私が完成している!  ヘーゲルだァ――――!!

リング入場時に読み上げられるボクサーのキャッチコピーよろしく、哲学者達のアツい紹介が連なる。

そう、本書は、一見取っ付きにくく難解なイメージのある哲学を、熱く、スリリングに、面白く描くことを企図し、バキ成分を媒介としてそれを試みる。ここにおいて、本書のスタンスは一貫している。

そして、実際、本書はものすごく面白い。

主要哲学者の思想を、拾うところは拾い、捨てるところは思い切って捨てながら、初学者にも分かりやすく、かつきれいなストーリーラインで抑揚を効かせながら紡ぐ意欲的な試みは、とても高いレベルで結実したと言ってよい。

全体の章立ては、「真理」「国家」「神」「存在」といった哲学の主要トピックに沿った4部構成。それぞれのパートごとに、主に時系列で主要な哲学者を並べて紹介していく形式。

そして、各パートごとに、先人たちの思想や主張が合理的/批判的に乗り越えられていく、その連綿と続く西洋哲学の議論の体系のスリリングな側面をうまくすくい取っていく。

全体的に、ここまでシンプルに、読者を置いていかずに知識レベルをちょっとずつ引き上げながら、オハナシとしても面白い描写をし続けられる手腕はすごい。

とくに、議論の並べ方や、人と人、思想と思想との「間」の繋ぎが本書の最大の価値であり、現代に至るまでの問題意識の展開の流れや議論の系譜が変に引っかかることなく飲み込めた。哲学史本来の、ノイジーで不整合で初学者の混乱と忌避を誘う部分がきれいにトリミングされ、ドラマティックな知的格闘の読み物として、読者の手元に届く。

実際の哲学史は(実際の哲学史というものが存在するとするならば)、もっともっと多くの登場人物が複雑に絡まり合い、パート毎の交絡も、哲学者のパート跨ぎも激しいところがその醍醐味であり、本書をフラットにその枠内で見ると議論を単純化しすぎて正確性に疑問が残る部分も多くある。

また、認識、実在、社会などを巡る現代思想周りの記述や登場人物の紹介が手薄という点は気になった。こと現代に近づくにつれ、どこまでの範囲をピュアな哲学のスコープと捉えるかは難しくなってくるけれど、その難しさや周辺諸学との緊密な結びつきも含めて可視化していく価値も、今後の読者の学習ベクトル形成の観点ではあったように思う。昔の巨人たちの深淵な思想の一端を顧みる面白さもあれば、より手近でアクチュアルで、今を生きる我々の問題意識に沿った問いや仮説に触れることで花開く興味も、無視できないと思うからだ。

それでも、本書はなにより、超初心者が哲学史の大筋を捉え、哲学という分野への興味の芽を自身のうちに抱え、育てるためのテクストである。そしてその目論見が十分に成功していることは、Amazonの200件を超える高評価レビューが、雄弁に物語っている。

モダンな史観に準ずると、多く顧みられる歴史は、その役目を十全に果たす良い歴史と言えるのだ。

まさにその瞬間である! 一人の人間が、真理の名のもとに、自ら命をたった瞬間。世界は、相対主義の思想から逆の方向にゆっくりと傾き始めていく。なぜなら、ソクラテスが自ら毒を飲む行為とは、「この世界には命を 賭けるに値する真理が存在し、人間は、その真理を追究するために人生を投げ出す、強い生き方ができるということ」 の確かな証明であり、それがその場にいた若者たちの胸に深く刻み込まれたからだ。

”最強の真理”を巡り拳を交えるファイター達の、2500年に渡る思弁バトルが、いま色鮮やかに顕現する。

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哲学の醍醐味が詰まった『まんが 哲学入門 -生きるって何だろう?』

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