(ショートショート)夏休みを前にして
学校に通う道
あと4日だ。ミカさんは小さくつぶやいた。この時期になるとカウントダウンばかりしている。高校の4階建ての建物が丘の上にだんだんと見えてきた。
周囲を同じ方向に歩く子たちも同じように思っているかもしれない。そんな雰囲気というか、わくわく感が各自のすこしだけ緩みかけた表情から読み取れそうだ。自分もそんな顔つきをしているのかもしれないな、と思いつつほほえんだ。
分厚いテキストの類は学校のロッカーに置くシステムなので、持参するのは文具、ルーズリーフとお昼ごはんの弁当のみ。もちろん服装も自由だし身軽だ。道をゆく生徒たちを見渡してもジーンズ姿が多い。
わりと郊外の小道なのでめったに車は通らない。そのかわり季節によっては自転車を通学に使う生徒たちが多い。すると帰りは丘の上から一気に風をきって駅までたどり着ける。ミカさんもそうしようかと迷ったが、行きの上りを自転車を押すのはしんどそうでやめた。
木立の道で
校門から先の校舎までつづく両側に木立が並ぶ道を進む。今日は明るい朝の斜めからの日差しが、幹の均等な間隔の影をつくっている。
ミカさんは季節の変わり目ごとにここをゆっくり通り過ぎる。そして落葉樹の変化を楽しむ。すでに校庭では生徒たちが始業前にあり余ったエネルギーの発散の場として自由に飛び回っている。
その声を聞きながら、木々のこずえを見上げつつゆっくり歩を進めた。だって3年間だけしか通えない。つまり3シーズンしかここの風景を味わえない。ああ、もったいないなあ。時間がとまればいいのに。
ミカさんにとってはクラスメートたちと一緒にすごすことも何にも代えがたいが、それに加えてこの場所にたたずんですごすことがたいせつだと思っている。この学校は歴史が古く、季節を彩る草木の多いことでも知られている。
ある意味、楽園とはこういう場かもしれない。にぎやかな教室の入り口でそう思った。
昼休みに
丘の上に立つ学校なので、周囲を広く見渡せる。ほんの歩いて10分ほど先には海がひろがる。その先にはまだ行ったことのない外国。校庭のいちばん周囲を見渡せるベンチがあり、そこはミカさんのお気に入りの場所だ。
たまにここで風景を眺めつつ、友人とお昼ごはんを食べるのがなにより。今日のように晴れていると平気でこの場所で食べる。友達もつきあってくれる。
海にはごくたまに白い波がみえるぐらいでおだやか。弓なりの海岸線に沿って白いすじが見える。昼のいまの時間は海風がおさまり、丘の上でもすごしやすい。
したがって友人と話をするにはうってつけ。海を眺めながらだと話が広がりやすい。どうしても将来の話などあとからふりかえると、恥ずかしいぐらいの大言壮語になってしまうことがある。
山に聞いてもらう
ふりかえってうしろの山を見ながらお昼を食べることがある。それは多少疲れているときなどや、ちょっと自分をふり返りたいとき。山に向かうと話をやさしく聞いてくれて、うなずいてくれるかのよう。大きくて頼れる存在ともいえる。
そんな山はミカさんのことをいつでも静かに見届けてくれている。ところどころ、山すそにはヤマユリが自生していて、花時期には点々と白が目立つ姿が愛らしい。
手袋にニットの帽子、ダウンジャケット姿のミカさんは校庭のベンチで今日も昼休みをすごした。
6月が終わろうとしている。まもなく休みに入る。雪が深くなってきて丘の上の学校に歩いて通うには雪道は難渋する。厳冬期をむかえ学校の運営は難しいほど。雪道の雪を除雪できるまでの2週間、ようやくの南半球のハイスクールの冬休み。
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