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日本の科学論文の質と数の伸びが低調な理由を職場の状況から考えてみた

はじめに

 研究施設でパートの研究員としてはたらきはじめて、スタッフのみなさんのはなしやしらべたデータをよく耳にする。

このところの世界のなかで日本の科学論文の伸びがいまひとつな理由のいくつかをわたしなりの立場から考えてみた。

論文を書いてみて


 学術論文の執筆を再開した。ほぼ18年ぶり。したがって再開してしばらくは、勝手のちがいにとまどったがどうにか仕上げつつある。ところが投稿を前にしてあることに気づいた。

以前よく投稿していた国際誌。出版費はどのくらいだろうとしらべてみて驚いた。もちろん紙媒体での出版はすでになくネット上での雑誌。それはしかたない。

問題はそれではない。世に論文を出すには諸々の費用が必要で、しかもその額におどろいた。およそ20年前の10倍から20倍。たとえば日本円にして3万円だったものが30万円ぐらいする。

最初はわたしの通貨単位の見まちがいだろうとおもい、何度かかぞえなおしたがやはりまちがいない。30万円あまり。「うそだろう。」と投稿規定や費用面まですみずみまで読みなおすがまちがいない。

ここで参考までに先日わたしの書いたnote記事を引用する。

ほんの数日前(2022.6.14)文科省がふれている。日本の注目度の高い論文数が世界で10位になったと「科学研究のベンチマーキング 2021」(NISTEP, 調査資料-312) を引用した内容の「4年版科学技術・イノベーション白書」 が出された。

それにくわえてすこし古い朝日新聞の記事だが、論文の投稿費用(一報で10~数十万円かかるものが多い)はWeb上で公開する費用が加わり高騰している。日本では研究運営費の状況も相まって投稿費用を工面できないほど。

わたしが投稿する一般的なレベルの論文数すら上のNISTEPの指標では日本は世界で5位まで低下して久しい。

note記事 木山仁 2022.6.16より

やむなく方針転換

 しかたなく次善の策でべつの論文へ。そこもやはりほぼおなじぐらい費用がかかる。へえ~こんなに高くなったのかとおどろいた。つぎつぎしらべてもどこもおなじ。1報の学術論文を投稿するのに何十万円もかかる時代になってしまった。

さらにオープンアクセスといって条件しだいでだれでもネット上から論文をすみずみまで読めるように設定できるしくみがある。自分の論文をその設定にしたいならばより多くの費用を上乗せしないとならない。おどろきだ。この20年弱でおおきくしくみが変わってしまった。

わたしのいただく給料にさらに上乗せしないかぎり、一報分の論文投稿費用はおぼつかないし、海外の以前出していた学術誌にはとうてい提出できない。やむなくじゅうぶんインパクトのある内容なのに、あきらめて低い費用の国内の学会誌へ投稿するつもり。

運営費の先細り 

 もうひとつは運営費。本来は滞りなく研究や教育をすすめるための予算。

多くのスタッフの方々はいつものように研究やその他のお仕事に余念がない。昨今の状況下であり、おなじ建物内でもめったに拝見できないが、ドアの奥ではけんめいにはたらかれるようすを垣間みる。

めったにない機会ではあるがスタッフにおたずねすると、2003年頃から運営費が年々減らされて研究室の運営がままならないという。比較的おおきな外部の研究費を得ても人件費や間接経費にほとんどもっていかれてしまい、実質的に研究費に10分の1もあてられないことがあるそうだ。

20年前の200万円の研究費が、いまならば2000万円ぐらいでないとおなじことができない感覚。そのあいだにそんなにインフレは進んでいない。

そのぶんいくつも研究費をとってこないと、学生・大学院生たちの指導やかかる費用も人数しだいではじゅうぶんにはとうてい工面できない。

そこで給料から自腹で工面することが多いと聞く。

おわりに


 以上のようすから世界とくらべて、日本の研究機関の論文の質と量の伸びが停滞している理由にじゅうぶんなりえていると思う。現場ではたらいてみてようやく理解しつつある。論文を書いて投稿しようにも先立つ費用はない。

この点だけはアメリカの研究機関なみになってきたといえるかもしれない。以前聞いたところによるとスタッフの人件費の半分すら自分で外部から獲得してこないとならないらしい。日本の研究機関もどうやら急に熾烈な競争の波が訪れたといえそう。淘汰としわよせがきていることはまちがいない。

はたして日本で急激にすすめられた政策により、予算の集中している研究機関の成果としての論文の伸びはどうだろう。あまりそういった調査がなされているようには聞かない。この政策の検証はじゅうぶんといえるだろうか。

頂点を高く維持したければ、研究の裾野をひろげないと中堅部分の充実もともに図れない。おなじ予算を投じるならばいまこそ行き過ぎた集中を是正すべき。中堅の機関は極端な政策に対応できないまま疲弊がすすんでしまっている。

場合によっては、外部研究費を得にくい部局から改廃への足音がそろそろ聞こえてきそう。

わたしは常勤のスタッフではないが、このままでは急速に立ち行かなくなるだろうとこのところ思いつづけている。


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