うちわとクーラーと自然の風:このなかでわが身にとっていちばんふさわしいものは
はじめに
夏がくる一歩てまえ。きのうはちょうどそんな天候。超暑がりで雪のふぶく日でも半袖ですごすぐらい体感温度のずれている同居のこども。暑さはさほど苦にならないわたしとのちがいはとても大きい。そんな年間でもまれな日の体感に関するあること。
きょうはそんな話。
家族の体感
すでに成人しているが、いまでもそれに変わりない。さすがに夏一歩てまえの季節。超暑がりのこの子にとってこの暑さに慣れないうちはおそらく過酷。さすがにわたしがつとめからもどるとクーラーをつかっていた。もちろんとやかくいうつもりはない。
この30度をはるかに超え、くわえて湿度88%。この状況は年間のなかで彼にはもっとも耐えがたい状況のはず。どうしようもない。
コンクリートとアスファルトにおおわれて熱せられた街から帰宅する。勤務先からわが家にむかうあいだの運転中、外気温をしめす数字があきらかにさがる。南にくだるのに気温はさがる。海のちかくの山間地のわが家にもどり窓さえ開け放てば快適。すぐに手と顔をあらい夕食の準備にはいる。
汗はかくが
たしかに汗はふきだし、あごからしたたりおちる。それでもそとからは海風がたえずふきこむ。空気はしめりけをもうこれ以上とりこめないほど重い。うごいて風となるぶんいくらか快適。からだからふきだす汗の蒸散のちからでよぶんな体温のあがるのをおさえているなと実感できる。
さてさて夕食の準備。ふだんどおりに30分あまりで3品完成。できあがるとただちにいただく。昨今の状況のもと3年あまりつづけた習慣をそのままつづけている。
それは食事をひとりずつべつべつにたべること。こればかりはいたしかたない。できたてあつあつの食事をもろもろへの感謝とともに口にする。さらに汗がふきだす。
そのままの生活
家族とはべつの食事。そとでヒトと関わるリスクの高いのはわたし。勤務さきでは以前よりはヒトといっしょにはたらく機会がすこしふえてきた。そして買い物。店で多くのヒトビトと接近する。
わたしは基礎疾患もち、さらに高齢の両親はそばに住むがなるべく近づかない。3人ともワクチンもうちつづけている。流行性の疾病もいっしょにふえている。リスクをかかえてもちこむことに以前とかわりはない。
そのため食事はべつべつに。つかうタオルやせんたくもの。かんがえられる接触の機会のほとんどはそのまま。むしろなれっこになり意識せずともできて苦にならない。
さて話をもどそう。この暑さ。わたしはとなりのへやで外の風にあたりながら食事。となりで家族はクーラーのなかでしごとのつづき。戸を一枚はさんで会話する。
わたしがたべ終わると交代してこんどは家族が食事となる。さぞかし暑いはず。たいていつくった食事はすでにさめている。じゅうぶん室温がさがってからの食事となる。その差は2時間半ほど。
おなじ屋根のしたに住んでいながら自宅内で仕事の完結する家族とはこれだけ食事の時間に差がある。朝食は4時間半のずれ。昼は家族の弁当をつくって冷蔵庫に入れておく。
どの風をつかう
根っからズボラのわたし。あつくてもクーラーの運転はめんどう。なにより窓の開閉がおっくう。断熱のためにカーテンをしめる。室内の戸なども閉める必要がある。そんなこんなで、まあいいかとつかわない。これだけするぐらいならばうちわでいい。外出用にはかるい扇を100円ショップで手に入れた。これはうちわよりかさばらないので気に入った。
うちわさえとりにいくのがめんどうにかんじるとき。そんなときには窓のそばでたたずむ。時間ごとふいてくる風にあわせて。家族がサーキュレーターを2台購入してくれた。風がなくなぎの時間がおとずれるとかつやくする。外にむけてぐい~んと運転。するとどこからともなく外の涼しい風がはいってくる。
おわりに
しばらくするとその器具にたよらずとも山からひんやりした風をかんじる。けっきょくのところわたしには
しぜんの風>うちわ>クーラー
なのかもしれない。なにもやせがまんはしていない。冷え性でもある。これで無事にすごせてきた。ヒトにはおしつけない。学習サポートの職場ではもちろん生徒のためにクーラーは欠かせない。
もうじき街中でひとりで住むのでそうはいかない。やむなくクーラーを使わないとならないだろう。慣れておくにこしたことはない。
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