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『愛人犬アリス』


これは父・鬼六が生前に家人にあてて残した置手紙です。

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意外にマメだったのですよ・笑

ただこれを見ても相当の悪筆であったことがわかると思います。

担当の編集や校閲の方々は、原稿を整理するにあたって

この「文字のようなもの」の解読について相当苦労されたと想像します。

この場を借りて改めてお礼を申し上げます!

さて、それはともかく。

父の晩年のパートナーに

アリスという名の牝のラブラドールレトリバーがいました。

置手紙に書かれている「犬」とはこのアリスを指しており、

父が最後に書き残した絶筆『愛人犬アリス』の主人公です。

SMに興味のない方でも犬好きの方にはぜひご一読いただきたいと思い、

今回はこの著書について少し書かせていただきます。

ただ、最初にお断りしますと、

たいがい父のアリスへの向き合い方は

犬の躾でやってはいけないことのオンパレードで、

よいこの愛犬家のみなさんが読んだら、きっと眉を顰めることでしょう。

「調教」をネタに飯を食っていたわりに

まったくアリスについては調教できておらず、

食べさせてはいけないものばかリ食べさせて

みるみる「デブラドール」レトリバーになっていくさまが描かれています。

とはいえ。

書かれている鬼六とアリスの関係性は

犬と人間の愛情以上の連帯であり、依存であり、

ある種の切なさに満ちています。

それはきっと生きとし生きるものの宿命、

「老い」に関連付けられるものでしょう。

生前を知る私としては、正直ここまで父が犬を溺愛するとは

思いもよりませんでした。

確かに実家には昔から犬が絶えず出入りしていました。

そう、飼っていたというより「出入り」していた感じで、

例えば一見で入ったペットショップの店主に勧められるまま

気まぐれで血統書付きの犬を買ってくる、

庭で放し飼いをしているうちに脱走しそのまま行方知れずになる、

去る犬は追わずといった感じであきらめる。

あるいは玄関先でうろついていた野良犬にポイと餌をやる、

それをきっかけに家の軒下に棲み着くようになる。

寿命だったのかいつも間か縁の下で冷たくなっているのに後から気づく。

犬好きではあったのでしょうが、放任主義というか、世話も人任せ、

犬自体にはあまり頓着しない性格だと思っていました。

ただ晩年に出会ったアリスについては

ちょっとそれまでの犬との付き合いとは違っていたように思います。

いわゆる愛人犬と言えるほどに居酒屋でも旅行でも

どこに行くにもべったり一緒。

寝ても覚めても一番に考えるのはアリスのことでした。

著書の中で本人も書いているように、

人生における毀誉褒貶を経て、脳梗塞、食道がんで倒れて以降、

向き合わざるを得なくなったおのれの老いと死期。

また若くして自殺したさくらという名の女性の存在。

そういった悲しみの連鎖が、犬という無垢な存在に

直接的に癒される場面が多くなったのだと思うのです。

作品の中に入院先で病と闘う鬼六の心境を語る私の好きな一文があります。

家に帰ったら・・・と私は朦朧とした意識をつなぎ合わせながら思いを馳せる。
また夕暮れ時にアリスとともに散歩に行こう。線路沿いを老人と老犬がヨタヨタと寄り添いながら歩く。子供たちは急ぎ早に家路に向かう時刻だ。バイクがクラクションを鳴らしながら私たちの横を邪魔そうに通り抜ける。きっとアリスは私を気遣って振り向くだろう。                行く先は決めていない。

父とアリスが寄り添って暮らしていた

懐かしいあの町の情景が今も浮かんでくるのです。


生涯において、まあ放蕩の限りを尽くした鬼六でしたが

晩年にたどり着き癒されたのは、見目麗しい女性ではなく、

一匹の牝犬だったというところが人生の機微ですね。

作品は父の葬儀の日、

さみしそうに棺の横にたたずむアリスの写真まで掲載されており、

息子からすると切ない思い出も満載ではあるのですが、

全体として鬼六流のなんとも言えないユーモラスな筆致と

かわいらしいイラスト、それと絶妙な写真と但し書きで、

若い人にもとても楽しく読みやすい構成になっております。

正妻(私の継母)と愛人犬との確執も面白いです。

SM作家鬼六の違った一面と、

ペットブームで様々な犬との接し方が取り沙汰されている昨今、

こんな犬との付き合い方もあるのだという事で楽しんでもらえたら、

無上の喜びです。


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