デジタル技術で土木をアップデート。老舗が切り開く「新3K」の道|株式会社金本組 金本純一
「土木建築業界は成長産業ではありません。そんななかで経営者はどうモチベーションを維持していくか。未来を明るく見通し、そこへ注力することが大切だと考えています」
私たちが日々通っている道路や橋、水やガスを通す配管、河川の堤防まで、広くライフライン・インフラを支えている土木工事。普段意識することはないが、私たちはその恩恵を多大に受けている。毎日使われ、消耗していくものである以上、修繕は欠かせない。「つくる」だけでなく「維持」する役目を担う土木建築業に従事する人たちがいるからこそ、日々の平穏は保たれている。
しかし、人材の高齢化、人手不足、長時間労働、資材高騰など、土木建築業界の抱える課題は山積している。あらゆる皺寄せは働く人々へ寄っていき、結果的にはインフラや私たちの生活も脅かされる。だからこそ、現状を変えようと動き出している人たちがいる。今回の主人公もその一人だ。
ICTを土木のスタンダードに。3代目社長の挑戦
土木建築業界と聞いてどのようなイメージを抱くだろうか。「きつい」「汚い」「危険」の「負の3K」のイメージを想起する人は多いかもしれない。屋外での過酷な肉体労働、長時間拘束を余儀なくされる労働環境など、長年その問題点は言及されてきた。耐え難い環境が原因で早期に離職する者が出たとしても、体力のある者が残り事業は継続されていく。これまではそれでも成り立っていたかもしれない。
しかし、業界内の高齢化と人手不足が進み、若手の早期離職率も高く、人材は定着せず技術やノウハウも蓄積されていかない現状がある。土木建築業界は深刻な状況に直面している。
業界も黙っているわけではない。「給料が良い」「休暇が取れる」「希望が持てる」のポジティブな「新3K」を提唱し、労働環境の改善、産業構造の見直しを図り改革を行なっている。目の前の小さなことからコツコツと大きな波に立ち向かう事業者たちはいる。
宮崎にも土木業界のあり方にメスを入れながら社内改革を行なっている企業がある。
宮崎市田野町に本拠地を置く株式会社金本組だ。昭和30年(1955年)に創業され、宮崎県の建設許可番号は「県知事許可45-000042号」。建設業の県知事許可業者を持つ現存する企業のなかでは最も古い。
現在、同社を率いているのは金本純一さん。純一さんは祖父が立ち上げた事業を引き継いだ3代目だ。大学卒業後の23歳で入社して以来、工事現場や経営の実務を経験し、2020年11月に先代の父から経営権を交代。代表取締役に就任した。
純一さんは社長の座に就く以前から社内の業務改善に取り組んできた。
とくに力を入れたのはICT(Information and Communications Technology:情報通信技術)を活用した施工・管理だ。発達著しいデジタル技術を工事現場に生かし、施工の効率化や省力化、生産性向上と高品質を実現するとともに、工期の短縮と作業員の安全性の確保を図る。最新の測量機やドローンによる空撮などを経て、地形データを蓄積し、3Dデータを作成。そのデータをもとにガイダンス機能などの施されたユンボといった最新のICT建機によって掘削作業を行なっていく。
ICT施工は国も積極的に導入を促進している。国土交通省が2015年に「i-Construction」と名付け、その方針を発表して以降、徐々に普及してきた。とはいえ設備の導入には資金確保が必要であり、また、これまで習慣化していた業務を変える必要も出てくる。多くの事業者が二の足を踏むなか、純一さんは新しい土木のあり方を求めICT化に踏み切った。現在では技術が内製化され、測量とデータ作成、工事までワンストップで行うことができるようになった。ICT施工は金本組の大きな強みとなっている。
「状況を変えていくためには臆せずに一歩踏み出す勇気が必要です」(純一さん)
同社の変革には純一さんのあり方が大きく関わっている。純一さんの判断力や感性はどのように培われてきたのだろう。
「このままでは生き残れない」業界の慣習を打破し、働きやすい職場をつくる
純一さんは高校を卒業後、東和大学(現・純真学園大学)の土木コースへ進学のため福岡市で暮らしはじめる。大学時代はクラブに入り浸り、自身もDJに熱中した。クラブのフライヤー制作のためDTPを使いはじめたことから飲食店のメニュー表や冊子のデザインを請け負うようになる。
「パソコンやデジタル機器が好きだったので、このまま卒業後はフリーランスのデザイナーをしながらDJをしようと当時は考えていました」(純一さん)
「キラキラした世界で生きていく」ことを夢見ていたと話すが、2代目社長である父の体調が優れないこともあり帰郷することになった。そして、23歳で金本組へ入社する。
現場作業員にはじまり、少しずつ経営にも関わるようになった。さまざまな実務をこなすうちに会社の経営状況、労働環境、業界の特殊な事情、未来に起こりうる事象など、課題が浮き彫りとなってきた。
「僕が実質的な経営に関わりだしたとき、社の年間利益はなく債務超過状態にありました。そのときは公共事業もなく苦しかった。仕事柄、僕らの業界は公共事業を収益の柱としている業者が多く、経営が外的要因に左右されやすい。昨年は入札を4本獲得できたのに、今年はゼロなんてことが普通にある。こんなに入札って獲れないんだ……とひどく不安になりました」(純一さん)
危機感が募った純一さんは社の方針を転換することを決意。公共工事の下請け、民間工事の受注など仕事の選択肢を増やしていくとともに、普及する以前のICT施工、業務のデジタル化にいち早く着手した。
「土建業のなかでも自分はデジタルオタクだと思っています。デジタルツールの知識に関しては県内の業界内でも3本の指に入るんじゃないかな。一通り試して、使えるものはどんどん社内でも活用しています」(純一さん)
ツールの導入で社員を振り回した結果、社内では新しいものに対する抵抗感やハードルが下がり、適応が早くなったという。
職場環境の改善にも踏み切った。就業規則の変更、残業の規制、打刻機の導入など勤怠管理を徹底。手当や福利厚生も充実させた。また、全社員にiPhoneを配布し、資料や工事台帳などの閲覧・共有ができるようにした。なんと、社員は純一さんのスケジュールを把握できるだけでなく、社長の給与も見ることができる。
「隠すつもりは毛頭ございません、全部見せてあげたいくらいです。人手不足ななか、クリーンな業界にしていかないと人材は入ってこず持続性がありません。とはいえ改善点があるのも事実です。社員の知恵を借りながら、おしゃれで魅力的な職場にしていきたいですね」(純一さん)
技とテクノロジーの融合が生み出す「新しい土木」
仕事の幅を広げたことにより売上は上昇。経営が安定してきたこと、職場環境を整備したことで新たな挑戦がしやすい土台が築かれた。2024年4月時点では30代社員が8名在籍するなど若手に恵まれてきている。ICTに明るい人材も増え、高度な案件受注の道も開けてきた。若手だけでなく、高い技術力を持つ40〜50代の中堅層の採用にも積極的だ。
「職人の熟練した技術と最新テクノロジーであるICTが組み合わされば土木の可能性はさらに広がっていきます。今の目標は宮崎県内でデジタル・ICTの分野で1番を走ること。十分目指せるポテンシャルはあると思っています」(純一さん)
現場から社内業務までデジタルが浸透していることは同社のストロングポイントであり、かつユニークポイントでもあった。同業他社に対する大きな差別化を生むものであったが、ここへ来て考え方に変化が訪れた。
「自社ノウハウを蓄えていくことに注力していましたが、これからはICTを県内の企業さんへ普及させていく活動、いわば教育事業を構想しています。土木や建築を含め、宮崎の中小企業の経営層はデジタル化への意欲を持っている方が多い。そんな方々をサポートできるような事業を展開したいですね。パイの奪い合いだけではみんなが苦しいだけ。宮崎全体でビジネスの裾野を、その可能性を広げていかないと仕事が成立しなくなってきています」(純一さん)
自社の強みを見直し、土木以外の異分野・異業種への参入も検討している。とくに測量による3Dデータは災害現場での活用が注目されている。裾野を広げ、さまざまな事業収入によってリスクを分散。自社のアイデンティティでもある土木により力を注ぐための基盤を整えたいという。
「土木が好きだからこそ、それ以外の収入をつくることで工事をちゃんとやり切れる環境をつくりたいんです。2025年8月1日で金本組は70周年を迎えます。このタイミングで会社をリニューアルして、2〜3年のうちにいろんな柱を打ち立てて、強固な地盤を築きたい。未来に対する投資を惜しまずに、かっこよくて、新しい土木のかたちを仲間とつくっていきますよ」(純一さん)
(取材・撮影・執筆|半田孝輔)
(写真提供:株式会社金本組)
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