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【物価の優等生】なぜ卵の値段はこれまで変わらなかったのか

農産物というのは毎年何かしらの価格が異常に高騰します。
昨年の上旬は玉ねぎの価格が高騰し、連日ニュースになっていました。

今年ニュースで値上げが取り沙汰されているのは「物価の優等生」と言われ続けてきた「鶏卵」です。
最近は円安や世界の政情不安から色々なものの値段が上がってきていますが、そもそもなぜ卵は長期的に見てもこれまで値上げが行われなかったのでしょうか。

今回はその辺りについてまとめます。
※野菜の相場については以前にこちらの記事にまとめました。

先にまとめです。

まとめ
消費者物価指数が5倍以上になる中、鶏卵価格は約70年間以上変わっておらず、これだけの価格維持は異常と言えます。
その原因としては、鶏種改良、大規模化、生産調整、客寄せ商品化が挙げられますが、同じように大規模化が進んだ海外と比べても圧倒的に値上がりが行われていないことを加味すると日本独自の生産調整客寄せ商品化が特に価格上昇を防いでいると考えられます。
最近では鳥インフルエンザの蔓延やエサ代の高騰が世界的に卵の価格を上げていますが、これも半年ほどあれば収束するとみられ、また元の価格に戻ることが考えられますが、業界大手の不振や日本の人口減少を考えると今後も養鶏農家は減り、卵の生産自体も減っていくことが予想されます。
アメリカの大手スーパーで行われているEDLP(Everyday low price)型の価格設定が日本でも増えてきているので、まずは卵の目玉商品化を止めるという意味でEDLP型の店舗で卵を購入することが自分のライフスタイルにも合っているなと感じました。

鶏卵業界の概要

飼養戸数

採卵鶏の飼養戸数と飼養羽数の推移 農業センサスより

採卵用の鶏を育てる農家の戸数は統計を確認できた60年間で見るとものすごい勢いで減っています。
青果やコメなども含めた全品目の農家数は4分の1程になりましたが、それ以上に激しい変化を経験しているようです。
しかし、一戸あたりの飼養羽数はそれを遥かに超える勢いで増えており、全国での飼養羽数は60年前の3倍以上をキープしています。
副業としての庭先養鶏の延長線上だったものが工場のような大規模施設で飼育する専業・企業スタイルに変化したことが容易に想像できます。

1960年代になりケージ飼いをする養鶏農家が増えると、卵は生産過剰から価格低迷が続いてしまいます。
その後、1974年に卵の生産調整が始まりますが、大手事業者は罰則(補助や融資のストップ)を受けてもなお増羽を行ったり、子会社を作り生産調整を免れるという事態が発生し、結果的に資本力のない中小規模事業者は増羽ができず、資本力のある大規模事業者だけが生き残っていくという構造となってしまいました。

ちなみに養鶏のスタイルをケージから見ると、以下の3つに分かれます。
(EUでは2012年よりバタリーケージの使用を禁止)

  • バタリーケージ:網状のケージが連なっているもの。重ねて使用されることが多い。

  • エンリッチドケージ:バタリーケージと比べるとやや広く、止まり木などがある。

  • ケージフリー(平飼い):鶏が地面を動き回ることができる。放し飼いとは限らない。

農業所得

養鶏農家の農業所得(粗収益 - 経営費)は以下のようです。(平成23年)
※卵の原価の約9割はエサ代と鶏の償却費のようです。

  • 3,000羽未満:634万円 - 572万円 = 62万円

  • 3,000~10,000羽未満:2,374万円 - 1,940万円 = 434万円

  • 10,000~30,000羽未満:5,580万円 - 4,656万円 = 924万円

  • 30,000羽以上:1億3,040万円 - 1億1,884万円 = 1,156万円

ちなみに都道府県別で見ると茨城県(約8%)、鹿児島県(約7%)、岡山県(約5%)の順に鶏卵の生産量が多く、自給率は約97%です。

流通

鶏卵の流通

鶏卵の主な流通経路はこのようになっています。
最近では産直サイトや直売所で販売するケースもあるので全てがこの通りではないかもしれませんが、養鶏農家が大規模化していることを考えると青果同様、市場外流通は10~20%ほどなのかなと思います。

価格は全国の流通量の約3割を占める全農の取引価格が指標となるようです。

価格の推移

鶏卵の価格と消費者物価指数の推移比較 日本養鶏協会より
※1954年の消費者物価指数を鶏卵と同値にして推移を比較しています

卵の価格は恐ろしいほど変わっていません。
正確に言うと、物価が上がっている中で卵の価格が据え置きということは相対的にはかなり価格が下がっているということになります。
今回の統計で最初に出てくる1954年の物価を現在(2022年頃)と比較すると以下のようになります。

  • 大卒初任給(公務員)8,700円 → 22万5,400円

  • かけそば:25円 → 390円

  • ラーメン:35円 → 750円

  • 喫茶店(コーヒー):40円 → 400円

  • 銭湯:15円 → 500円

  • 週刊誌:25円 → 500円

  • 新聞購読料:280円 → 4,500円

  • 卵:217円 → 215円!!!(今回の騒動前)

もともと高級品だった卵の価値はどんどん下がり、今ではすっかり庶民の味方となっています。
※米国は1980年代から約40年間(騒動前まで)で2倍ほどになっていました。
※同じように価格弾力性が低い米でさえも、さすがに1955年と比べたら約6倍の価格になっています。(10kgあたり765円 → 4,429円)

世界生産量

世界の鶏卵生産量推移 FAOより

世界でも卵の生産量は伸びており、特に中国の生産量が圧倒的です。
ただ、卵は、鮮度や強度の問題から長距離輸送にあまり適さないので、どの地域でも地産地消が原則となっています。そのため業界大手の企業でも世界シェアは1%未満となっており、非常に分散された市場となっています。
(一方で採卵鶏の市場は世界的に寡占化しているようです)

※ちなみに農業全体についての経営体数の推移などは以前にこちらにまとめました。

価格が変化しなかった理由

卵の価格が変化しなかった理由

鶏種・飼料の改良

まず挙げられるのが卵の増産を支える鶏種や飼料の改良です。
鶏の品種改良といえば鶏肉用のブロイラーのことがよくアニマルウェルフェア的な視点で語られますが、採卵鶏についても品種改良が行われてきました。
元々、鶏の先祖である野鶏の年間産卵数は10~数十個のようですが、現在では年間320個の超ハイペースでの産卵が可能となっています。

ケージ飼い・大規模化による生産性向上

庭先養鶏からケージ飼い、そして工場のような大規模施設でのバタリーケージへとより少ない面積で多くの卵を収穫することができるように鶏の飼い方は変わっていきました。
野菜や果物などと同じように品種改良がされ、より反収を上げる方法を確立してきたということになります。

生産調整

1974年より始まった生産調整は卵の生産過剰とによる価格の下落を防ぐための仕組みです。
しかし、この制度の影響をまともに受けたのは中小規模の事業者で、そういったところが廃業に追い込まれる中、大規模事業者は罰則を気にせず規模を拡大していきました。
養鶏農家を守るための仕組みが却って養鶏農家の数を減らす大規模化に貢献したことも卵の価値が相対的に下がっていることに影響していると考えられます。

小売店での客寄せ商品化

最後は消費者への販売についてです。
「物価の優等生」というイメージがしっかり染み付いた卵は、スーパーなどの目玉商品になることも少なくないと思います。
安くて栄養豊富な卵は庶民の強い味方ですが、確かに安すぎるなと思うこともあるのではないでしょうか。
アメリカの大手スーパーなどはELDP(Everyday low price)戦略というものとっているため、日本の様に特売商品を設ける習慣があまりありません。
特売商品を設けないことで店内のレイアウトや備品を変えるためにかかるコストを削減し、その分、商品価格を下げています。
日本の販売方法は良くも悪くも八百屋さんの延長線上というイメージでしょうか。

生産性の向上は他国でも行われていることなので、個人的に後半2点が卵の価格が変わっていない大きな理由のように感じます。

2つの大きな値上げの理由

昨年11月ごろから価格が高騰していると言われる卵ですが、今年2月16日時点での全国平均価格は335円となっています。
今回の値上げを引き起こした原因は大きく2つあると言われています。

鳥インフルエンザの蔓延

鳥インフルエンザは日本で越冬する渡り鳥によってウイルスが持ち込まれるとされており、例年、秋から春ごろにかけて発生します。
昨年10月以降、鳥インフルエンザが各地で拡がったことで鶏の殺処分が相次ぎ、これまで1500万羽近くが殺処分を受けていると言われています。

エサ代の高騰

ロシアによるウクライナ侵攻、そして円安の影響も相まってエサとなるトウモロコシの値段も高騰しています。
(ロシア侵攻前、ウクライナは世界のトウモロコシ輸出の10%を担っていました)

今回の値上がりは日本に限った話ではなく、現在、世界的に卵の価格が高騰しています。
また、鶏は雛を育て、卵を産める状態にまでするのには一定の時間を要します。
そのため、この値上がりはしばらく続くという予測が出ています。

ずっと安定していたことがある意味異常

1950年代  副業から専業へ
1970年代  供給過剰で生産調整
1980年代〜 中小規模事業者は廃業、大規模事業者が残る
2022年   業界大手の経営不振
2023年   記録的な価格高騰

採卵鶏の養鶏業界はこれまで、このような大きな流れの中で「農家数は減るが、生産量は増える」という経験をしてきました。

需要(人口)が増えていた頃の日本では「よりたくさん作って、より安く売る」スタイルが事業者にとってベストでしたが、人口減少の現在はそのようなスタイルでの拡大はもう難しくなっています。
そういった事情の中で、業界トップの企業の経営不振や汚職発覚など業界全体の健全性が揺らいでいます。

他産業であれば海外に事業展開をしたり、生産拠点を発展途上国に移してコストを下げることもできるかもしれませんが、鶏卵という商材はそういったことも難しいです。

政府は一定期間が経てば今回の値上がりは沈静化すると言っていますが、そうして「物価の優等生」に戻ることが果たして良いことなのでしょうか。
パレートの法則というものがありますが、現在は消費量の大半を担う超大規模事業者であっても耐えられない売値になっているため、今後も養鶏農家は減少し寡占化が進むことが予想されます。

ちなみに、うずら農家の数はここ40年間で約10分の1に減少し、生卵をおろしているのはわずかに9戸です。そして飼養羽数もピーク時の半分ほどになっており、鶏卵でも今後同じ様なことが起こる可能性は充分考えられます。

私たち消費者にできることとして、「信頼できる農家さんから直接卵を買うこと」は正しいと思いますが、鶏卵業界全体を支えるためには、例えばELDP(Everyday low price)戦略を掲げる(特売をあまり設けていない)スーパーを選ぶことで卵の目玉商品化を止めさせ、鶏卵価格の不要な下落を抑えることができるかもしれません。
(ELDPは店頭情報と生産計画の連動もしやすくなることで製造、流通、販売といったサプライチェーン全体の効率アップが図れることもメリットとして語られます)

個人的にチラシは見ないですし、セールよりも自分のスケジュールと家の食べ物の在庫を見てスーパーに行くか決めるのでELDP型の店舗の方がありがたいです。

最後に

今回はなぜ卵の値段はこれまで変わらなかったのかについてまとめました。

消費者物価指数が5倍以上になる中、鶏卵価格は約70年間以上変わっておらず、これだけの価格維持は異常と言えます。
その原因としては、鶏種改良、大規模化、生産調整、客寄せ商品化が挙げられますが、同じように大規模化が進んだ海外と比べても圧倒的に値上がりが行われていないことを加味すると日本独自の生産調整客寄せ商品化が特に価格上昇を防いでいると考えられます。
最近では鳥インフルエンザの蔓延やエサ代の高騰が世界的に卵の価格を上げていますが、これも半年ほどあれば収束するとみられ、また元の価格に戻ることが考えられますが、業界大手の不振や日本の人口減少を考えると今後も養鶏農家は減り、卵の生産自体も減っていくことが予想されます。
アメリカの大手スーパーで行われているEDLP(Everyday low price)型の価格設定が日本でも増えてきているので、まずは卵の目玉商品化を止めるという意味でEDLP型の店舗で卵を購入することが自分のライフスタイルにも合っているなと感じました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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