見出し画像

ネパール農民の有機農業への認識

ネパールで農業関係の仕事をしています。

現在、日本の種苗メーカーさんのタネをいくつかサンプルとして農家さんに配り試験栽培をしてもらっていますが、中には「有機農業をやっている」と豪語する農家さんもちらほらいます。

しかし、ネパールの有機農業について考える時は日本と少し違う角度から捉える必要があるかなと思ったので、その辺りについて書きました。


個人的な有機農業への認識

ネパールにおける有機農業の捉え方を考える前に、まずは私が思う有機農業に対する認識を挙げてみます。

信頼してる農家さんの圃場

プロ農家

有機農法での収量が慣行農法と比べて劣るのは、シンプルに栽培が難しいからだと考えています。
特に露地栽培では環境制御もできない中で、農業の複雑さを表す土壌の物理性・化学性・生物性をコントロールする必要があります。
化学肥料を使えば化学性を数値で把握することができ、剤型によっては効果もすぐ出るものがありますが、有機肥料の場合は各肥料の効能が化学肥料と比べると把握しづらく、化学肥料よりも幅広い栄養素が含まれているというメリットがあるものの、基本的には化学肥料よりも扱いが難しいです。

慣行農法の農家さんももちろんプロなのですが、そういった農家さんでも農業を突き詰めていくと使用する農薬や肥料が最小限になっていくという話を聞くと、有機農業と通ずる部分もあり、有機農業をやっている人は複雑な栽培に関わる要素をしっかり把握し対処できるプロなんだなと実感します。

宗教

有機農業や自然農を行う人の中には思想が強めの方も多い傾向があることは否めないと思います。
そして、その思想の集まりが組織的なものになると晴れて宗教となりますが、自然を利用する有機農業と宗教的な思想はどう考えても結びつきやすく、個人レベルでも結構すごい生活をしている有機農家さんと会ったことがあります。
良いとか悪いではなく、結びつきやすいということです。

以前会ったネパール人NGO職員が「わら一本の革命」の翻訳版を読んだことがあると話してくれ、自然農にえらく感銘を受けていました。
福岡さんの実績が物語っていますが、自然農はネパールでも一定の支持を得ているのかも知れません。

牧草

有機農業について世界的なデータを見たことがある人であればご存知かもしれませんが、有機農地の2/3は牧草地です。
そして、有機農業を積極的に行っている国は農作物を輸出している国が多いのですが、そういった国であっても全農地に占める有機農地の比率は10%代です。
気温や湿度も有機農業のやりやすさには強く影響します。

※有機農業面積などについては、以前こちらに詳しくまとめました。

ネパールの有機農業=粗放的な農業の延長止まり

では、ネパールで言う「有機農業」への捉え方についてなのですが、端的に言えば「粗放的な農業の延長止まり」だと考えています。

ずさんな管理で発芽率が低い

ネパールの有機農業については、農薬を使わないことや化学肥料を使わないことばかりが強調されますが、有機農業における本質的な凄さは、複雑な環境と自分の作物の状態を見極めて適切な対処ができることだと思っています。
しかし、ネパールの自称有機農業者を見ていて、それができているとはあまり思えません。

なぜネパールの農業は「粗放的な農業の延長止まり」なのか、考えられる理由を挙げてみます。

「有機農業」が支援団体から資金調達をするための「魔法の言葉」になっている

正直、一番に思いつくのはこれです。主に先進国がドナーとなるNGOなどは、寄付者にとって耳触りの良いテーマを掲げる必要があります。
そうなった時に、農業というのが貧しいイメージが強いためよく選ばれるのですが、ここに「有機農業」という言葉が入るとなんとなくとても良いイメージになるのは想像に難くないと思います。
「農薬を使わない持続的な農業」と「農薬や機械も使った効率的な農業」ではどちらがより多くの寄付が集まるかは容易に想像ができます。
私は、NGOを叩きたい気持ちは全くないのですが、こういった寄付者ファーストのテーマが現地の自立を遅らせる原因にもなっているケースもあると考えています。
有機農業は手段でしかなく、もっとフォーカスすべきは「その結果、農家の暮らしがどこまで良くなるのか」という部分だと思います。
その上で最善の選択が高度な技術を必要とする有機農業であったのならしょうがないと思います。

低コストでできると考えられている

この低コストというのは農薬や肥料代がかからないという意味はもちろんなのですが、教育コストについても、なんちゃって有機農業であれば、農薬を使った営農管理よりもかからないと考えられているように思います。

有機農業の講習でよく行われるのは、肥料作りと農薬作りです。
現地のものを使うため、資材費はかかりません。
でも、必要なのはこれだけでしょうか。

有機農業であれば土のコンディションが慣行農法以上に作物の出来に影響を与えるため、時間のかかる土づくりはより教育コストをかけて行う必要があると思いますが、そこについては軽んじられているように思います。

安全面について、正直、化学的な農薬より使用リスクが低いことも、有機農業を推し進める要因となり、これも教育コストの削減につながると考えられていそうです。

そして有機農業で肥料や農薬を手作りするのであれば、彼らの作物はその分の人件費が乗っかることを考慮した価格で販売する必要があり、そのための販売戦略も教えることができればいいのですが、そういったことは教える側も答えを持っていないため期待できません。

またネパールの農業には有機・慣行関係なく根本的に「営農管理」という概念が抜けていると感じています。
農業の講習をするのであれば、こういったこともしっかり教えるなりしてほしいものですが、管理という概念は農業に限らずどの業種でも浸透していないため、それを望むのも難しいでしょう。

高度な知識がいらないと思われてる

先の講習の件ですが、こういった場でNPKとかを教えることはありません。
それよりも、もっと直感的に作物にどういう影響が出るのかを説明するのですが、個人的には、NPK的な話もしっかりした方が良いと考えています。

農家さんの教育レベルが低いので、こういったことを理解してもらうのは難しいというのは分かります。
ただ、ここをやっていかないと、そこで教えた肥料を作ることはできるようになるかも知れませんが、栽培上の別の問題が発生した時に、考え方の基礎ができていないため教わったことに対しての応用が効きません。
つまり、農業で必要な圃場や作物の状態把握や対応力がないまま、肥料や農薬の作り方だけを覚えることになるのです。

もし仮に彼らが化学肥料も使ってみようと考えた時にも、肥料の作り方だけでは知識としての応用ができませんし、その結果、収量アップのチャンスを逃すのであれば大きな機会損失です。
有機農業は手段でしかなく、有機農業を教えるのであれば、その基礎となる理論も時間をかけて教えていく必要があるのだと思います。

なんとなく流行りだからやっている

なんとなく有機農業でやっておけばブランド力がつくと思っている農家さんが多いことも理由として挙げられます。

「面倒な管理とか計算はしなくても、前からやってた肥料作りに少し手を加えれば、農薬も化学肥料も買わなくていいし、それでブランド力がついて単価も上がる」

「お金持ちや外国人がなんとなくよく言ってるワードだから、うちの畑もその名前をつけよう」

そんなことを考えている農家さんも少なくないと思います。
そもそもネパールでは有機農業に対する公的な認証制度が全く機能していないため、有機農業は日本以上に言ったもん勝ちの世界になっています。
輸出品目であれば、国際的な機関の目に触れる機会もあるのでもう少ししっかりやれるのかも知れませんが、国内流通が主の作物は言ってしまえばなんでもありです。

どうなっていったら良いのか

ここまでネパールの有機農業について厳しいことを書きましたが、ではどうしていくのがいいのか、有機農業というよりも農業全般について私なりに考えていることを書きます。

試験栽培中のメロン

収量をしっかり上げて自給率を上げる

以前、ネパールのある州が「有機農業の州」を宣言した際に、インドから農薬を使用した作物が大量に流入しているというニュースがありました。

インドからの農作物は農薬まみれという話もあり、大量の輸入は全国的にも問題になっています。
しかしネパールの農作物の生産状況を考えるとインドからの輸入に頼らざるを得ない状況が続いており、逆にそのせいで値崩れが起き、卸売業者が何トンものトマトを廃棄するという状況が毎年起きてしまっています。

農業を州のブランディングに使う前に、まずはしっかり現地の人が食べるだけのものを作った方がいいのではないでしょうか。

知識もなく生産効率も悪く信憑性にも欠けるなんちゃって有機農業を拡げるのなら、まずは慣行農法でしっかり収量を上げることを目指し、その上で有機農業という選択肢を作った方がいいのではないかと思います。

この州が目指すべきは有機農業の推進よりも、灌漑設備等、農業をしっかり事業として行える環境を整えることなのだと思います。

農業が機能として持っている実用性と嗜好性のうち、まず優先順位が高いのは実用性(安定した収量)なはずです。

有機農業を推すなら輸出を目指す

先に書いた記事で、有機農業国は農作物の輸出をしていると書いたのですが、有機農産物は嗜好品というカテゴリーに入るので、その分しっかり値付けを行う必要があります。しかしネパール国内では有機農産物のマーケットは極小なので、やはり海外への輸出を目指していく必要があると思います。
(ネパールの高級スーパーでさえ「有機農産物」コーナーはありません)

ネパールの国内標高差やそこから生まれる多様な環境は近隣の他の国にはない魅力なので、それをしっかり農業に活かして、この地域でしか作れない高級農産物を栽培して外貨獲得を目指していけたらと思います。

※弊社で試験栽培している日本のタネを使ったメロンは、有機農家さんにも栽培してもらっています。

営農管理を始めとした経営としての農業ができる人を増やす

農法の話もいいのですが、まず有機であろうが慣行であろうが農業経営をできる人を増やすことが最優先だと思います。

ネパールでも農協的な組織が最近は増えていると聞きますが、日本のように金融機関を抱えるといった強靭な資金源があるわけではないので、構造的にそこまで高度なことをできるようにはならないと思っています。

そうなった時に必要なのは農家一人一人の経営者としての自立です。
今のネパールの基本的なスタイルでは農業所得は他産業と比べて相対的に低いため、離農や農地の集約が進むことは避けられませんが、そうなった時に経営者として自立できる農家が生まれる体制を作っておくことが大切です。

上述の通り、ネパール社会全体に「管理」という概念が浸透していないため、すぐには難しい部分もあるかも知れませんが、ここができないで大規模化をしても難しいですし、これまで自給的に行ってきた農業が商業的に変化する際に一番必要な変化はこの部分だと思っています。

最後に

今日は、ネパールの有機農業について業界視点で書きました。

ネパール人は何かをパクる(真似する)のが好きです。
それ自体はいいと思うのですが、パクっている部分がすごく表面的で、その基礎となる部分が全然しっかりできていないように感じます。

そして管理も苦手です。
この二つがネパールで企業が生まれず多くの商売が個人経営止まりになってしまっている要因なのだろうと思います。

農業も同じような部分があり、特に「有機農業」はそういった表面的なパクりの代名詞のようなものだと思っています。

もちろん新しいことをやろうとした時に、途上国によくある資源的な制約や汚職に足を引っ張られることはあります。
そして失敗したネパール人や現地の事業家はそれらに責任をなすりつけます。

それは分かるんですが、自分でコントロールできないことに対して、いくらぐちぐち言っても何も解決しないので、自分ができる範囲で何をもっと改善していけるのか、そういったことを考えるマインドになってほしいと思います。

今日は以上です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


Twitterでも農業やネパールについての情報を発信しているので良ければ見てみてください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?