【制約が多い】牛乳の廃棄問題はどうすれば解決するのか
ここ数年「牛乳を飲みましょう」という声をよく聞くようになったと思います。
野菜や果物を育てる農家さんと比べて、日の目を浴びることが少ない酪農などの畜産農家さんですが、最近はネガティブなニュースで目にする機会が増えています。
表面的に報じられるのは「今、牛乳が余っている」ということですが、その背景には掘り下げるべき問題があるように感じたので、今回はその辺りをまとめてみました。
先にまとめです。
断続的に続いている牛乳の廃棄問題
牛乳の廃棄に関する問題がクローズアップされたのは2021年末ごろで、当時は5000トンの生乳が廃棄される可能性があると言われていました。
原因はコロナ禍の学校閉鎖による給食のストップや外食離れです。
それに伴い、政府や酪農に関わる団体、乳業メーカーなどは牛乳や乳製品の消費を促すキャンペーン(「NEW(乳)プラスワンプロジェクト」など)を実施します。
翌年に学校給食が再開したことで2021年の廃棄は免れることができましたが、根本的に問題が解決することはなく、現在では一部の酪農家の間で生乳の廃棄が行われています。
好き嫌いはあれど、牛乳や乳製品は今の日本人にとって身近な食材の1つです。
しかし、酪農はコメや青果の農業ほど身近ではないため、今回の問題をより深く理解するために、次章で酪農業界のことをまずはまとめてみます。
分業と大規模化で発展してきた酪農業界
酪農家数
現在、日本全国の酪農家数は13,300戸ほどと言われ、ピーク時の41万7,600戸(1963年)と比べると1/32にまで減少しています。
しかし1戸あたりの飼養頭数は劇的に増え、1960年代は約3頭でしたが、現在は約103頭となっています。
生乳生産量は1996年をピークに減少傾向で、現在は1980年代と同水準となっています。(消費量も同様)
地域別に見ると、北海道が頭数、生乳生産量ともに全体の半数以上を占めています。
乳牛は暑さに弱く、寒さには強いという特質を持っているため北海道での飼養が適しているのです。
また、酪農は他の畜産業と比べても労働時間が長いというデータがあり、効率的な管理、機械化、外部委託を積極的に行おうという動きがあるようです。
流通と加工
生乳の流通チャネルは以下のようになっています。
生乳は長年、指定団体が生乳の全量を買い取り、多数の乳業メーカーへ販売を行う「一元集荷・多元販売」と呼ばれる仕組みをとっていたため、酪農家が指定団体以外に出荷を行うのはかなり難しい状況となっていましたが、2018年に指定団体制度は廃止となっています。(詳細は後述)
また生乳の主な加工用途は以下になります。
生乳の価格については基本的に上昇傾向で以前、紹介した鶏卵とは異なります。
最近の出来事と重要トピック
重要トピック:指定団体制度廃止
1966年より続いていた指定団体制度ですが、2018年に廃止となりました。
このことにより、酪農家は販売先を自由に決めることができるようになりましたが、この規制緩和に対して業界内ではさまざまな意見が飛んでいます。
言わずもがなですが、指定団体制度を廃止する目的は農業の競争力向上です。
しかし、規制撤廃を行なったからといって畜産農家が簡単に販売先を自分で見つけてくることができるということはなく、結局は今まで通りのところへ出荷をしているケースが多数なようです。
青果と異なり、段ボールに詰めれば商品を送れるものでもないですし、ただでさえ長時間労働になりがちな酪農家が生乳の販売も自分で行うというのは難しいものがあるのかもしれません。
牛乳廃棄の背景にあるバター不足
振り回される酪農家
生乳が過剰になってしまい廃棄の危機に陥っていたのは前述の通りですが、その背景には、それ以前に起きた2014年のバター不足問題の存在があります。
バター不足の原因については農家の経営不振による離農や脱脂粉乳の需要が減ったことが原因など色々な意見があります。
そんな中で始まったのが酪農家の規模拡大を推し進める「畜産クラスター事業」です。
酪農家が減少する中で生乳生産を維持するために酪農家の大規模化に対して補助金をつける支援体制を作りました。
この事業により、飼養頭数が数百や数千に達するメガファームと呼ばれる酪農家も誕生しました。
そして酪農家の規模拡大が進む最中、2019年の新型コロナ発生によって起きたのが今回の廃棄問題です。
酪農家の間では生産拡大の支援を受けてきたのにも関わらず、突如として減産へ方向転換が為されたことで大きな混乱が生まれているのです。
畜産クラスター事業の背景にバター不足があることを考えると、拡大を続ければ遅かれ早かれ供給過剰になることは予測がつくかもしれませんが、一農家の立場に立ったときに、拡大に対しての補助金が出ているのにも関わらずそれをあえて利用しないということはしないでしょう。
現在でも指定団体制度の名残りが消えない中で、生産者の持つ販売に対しての選択肢は限定的であれば国の制度を活用したいと考えるのは当然のことかもしれません。
加工品の在庫も超過で打開策が見当たらない
生乳の過剰な在庫を廃棄せずに活用する手段としては以下がありますが、それらも現在はうまく機能していないと言われています。
また、販売先が限定的ということ以外にも飼料を輸入に頼っていることも酪農家の経営状況悪化に拍車をかけています。
国際情勢が不安定な中で外国産のエサ代の高騰は今後も起こることが予想されています。
目指すは放牧によるエサの国内自給と輸出
このように八方塞がりに思える日本の酪農ですが、何か打開策はあるのでしょうか。
細かい意見は専門家によって分かれますが、概ねこの2つに集約されます。
エサを輸入に頼るのではなく、国産に切り替える
いくら大規模化を目指そうとも経費がコントロールできなければあまり意味がありません。
そしてエサ代は酪農家にとって大きなコスト(40~50%)になるにも関わらず、国内自給率は約34%(北海道50%、都府県16%)と言われており、エサの半分を占める濃厚飼料(トウモロコシなどの穀物)の自給率は12%ほどと言われています。
この外部要因となってしまっている飼料価格をコントロールできるようにするために国産に切り替えようというのが打開策の1つです。
具体的には水田転作による飼料米や牧草などの飼料作物生産が挙げられます。
また放牧を行うことでエサの外国依存を下げることは、環境やアニマルウェルフェアの面からも良いとされています。
※飼料作物への転換に対する補助金は減り、厳格化が進んでいるという逆行した動きも一方ではあります。
※水田転作など日本のコメ事情についてはこちらに書いています。
国内で「1杯多く」ではなく輸出を行う
中国の牛乳輸入先として存在感が大きいのはヨーロッパです。
一般の牛乳よりも長持ちかつ保存も容易な「ロングライフ牛乳」の開発が輸出を加速させているようです。
ロングライフ牛乳は未開封であれば60日間常温保管が可能で、日本でも災害備蓄品や救援物資になる観点から注目がされています。
輸出については生乳であれば中国、チーズなどの加工品についてはアジア以外に近年輸出が解禁されたEUにも注目をしているようで、国際基準に沿った施設の増設が急務となっています。
最後に
今回は牛乳の廃棄問題を起点に日本の酪農の抱える構造的な課題や解決案について書きました。
新型コロナ発生により起きた牛乳の廃棄問題ですが、その背景には2014年のバター不足問題から続く酪農強化のための畜産クラスター事業の存在があり、依然として販売先の選択肢をあまり持たない多くの酪農家にとっては、増産しか選択肢がない状況で畜産クラスター事業は渡りに船でしたが、今度は減産要請に切り替わったことで掌を返された状況となってしまいました。
また、酪農をはじめ畜産のコストの多くを占めるエサについても輸入依存に陥っており、飼料価格の高騰が酪農家の経営状況悪化に拍車をかけています。
この問題に対して短期的な解決は難しいかもしれませんが、長期的にはエサの国内自給や輸出が牛乳の過剰生産時の課題解決につながるとされています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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