見出し画像

時間がこわい

どうも、きのしたもさおです。
最近就職活動を終えたのですが、何をしても釈然としないぼんやりした日々が続いています。私はこれを無意識にストレスをため込んだ状態と認識していますが、どうやら周りから見たら「無気力人間」という印象になるそうです。世間は手厳しいですね。

さて、今日の話題は「遅刻」です。
私は小学4年生ごろから遅刻魔で、恥ずかしながら友人からの信頼を失ってしまった過去があります。通知表にも遅刻について記述されたことが数知れず、先日もアルバイト先でみっちりとお叱りを受けました。
遅刻魔というあまりにも怠惰な現象について、苦しい気持ちがあるので吐露したいと思います。

私はどちらかというと、「真面目」と評されることが多いです。
おそらく理由はふたつ。やる気があるということ、想像力がない(※)ということです。
まあ理由はなんにせよ、周りから見たら遅刻するようなタイプには見えないという事実があります。例えばアルバイトなら、勤務態度はすごく真面目なのになんで? というイメージのギャップが生まれるわけです。

勿論私も、遅刻について反省する心がないわけではありません。
遅刻しなければ人生どんなに楽だったろうと考えずにはいられません。直したいという思いが全くないわけではありません。

しかし、遅刻しないように動こうとはどうしても思えないのです。

それは、時間を守るという行為に付きまとう精神的エネルギーに由来しています。

時間を守るという行為に、私はものすごく消耗してしまうのです。それはなぜなのか。
明確には分かりませんが、「よし行くぞ」と気持ちを持っていくのにものすごくエネルギーと時間を使うからという一面があると思います。

バイトに行きたくないけど行かなきゃいけない。行ってしまえば何の問題もないのに。こんな経験、誰しもあると思います。
私が言っていることも、これとあまり変わりません。行きたくないな、という気持ちに整理がつけられず、また放置しておくこともできず、外出準備を先延ばしにしてしまうのです。

ドタキャンするか否かをギリギリまで悩み、ドタキャンするほどの勇気はない(これも真面目と言われるゆえんなのかもしれません。絶対にサボらない。)ので行くことを決めます。しかしギリギリまで悩んでいたのですでに時間はありません。大急ぎで準備をしますが、既に間に合うかどうか怪しいです。服を着替えます。どんな服なら不便なく舐められないか考えます。ここで時間終了。しかし、もう間に合わないという事実に気が付きません。メイクを始めます。メイクしているといつの間にか顔の隅々にまで手を入れています。なぜか髪を巻き始めます。着いたころには遅刻です。

これが私の日常です。
思いつくまま書いてみて、ようやく気が付きました。おそらく私は、「やりたくないけどやる」ことが他の人より苦手なのかもしれません。

まあ、甘えに見えますよね。
自分でも思います。どう見ても甘えだと思います。

さんざん怠惰だ甘えだと言っておきながら、私には発達障害があります。
ADHDという、不注意や衝動的な言動が特徴の障害(特性?)です。

しかし、私はそれを分かっていてもなお、自分の遅刻がADHDによるものだとは思えません。

だって、間に合うように家を出る、という行動をしようとしていないのですから。

でも、家を出たあとには猛烈な後悔と自責の念が襲ってきます。

やりたくないことをやるという行動力と理性。
これがないのでしょう。
遅刻するという危機感に対して行動を始められたらどれだけ楽だろう、と自分の甘えを容認するような甘い考えが頭をよぎります。

導入でストレスについて少し触れましたが、私にとって最も大きな原因はコレにあると思います。
時間を守らなければいけない状況が、大きなストレスになっている。

書いていると、だんだん自分が遅刻する原因が分かってきました。
「気持ちの切り替えに膨大なエネルギーを使うこと」、「やりたくないことをやり始めることに膨大なエネルギーを使うこと」のふたつです。

そう考えると納得がいきます。
23歳になった私は、何も毎回必ず遅刻をしているわけではありません。アルバイトに遅刻したのは今月2回くらいのもの(週4勤務)です。ギリギリの時間に到着することは日常茶飯事ですが……。
どんな時に遅刻しているのかを思い返してみると、疲れている時、心身の不調がある時、落ち込んでいる時が大半です。

つまり、気持ちの切り替えとやりたくない気持ちを無視するプロセスに十分なエネルギーを使えないときです。

では、こんな私はどうすればいいのか。
理屈の上では、エネルギーを回復する時間を十分に取ればいいのです。

しかし、私にとってそれはすごく難しいこと。
なぜなら、何をして過ごしてもエネルギーが回復できないからです。

何もしないでいると自分を責める気持ちがわいてきてエネルギーを消耗してしまいますし、やりたいと思えるほどの好きなこともありません。なんなら比較的好きなことをやろうとしても、回復するエネルギーよりやり始めるエネルギーの方が多いため結果的に消耗してしまいます。

エネルギーを回復する手段は色々試したのですが、全てダメでした。
肉体を回復させることでかろうじて活動できる程度のエネルギーを補充し、毎日自転車操業しています。

肉体の回復によって得られる精神的エネルギーはほんのわずかです。
肉体を完全回復させたところで、1割も回復できていないのを感じます。
私は大学に入ってからエネルギーを削り続け、現在はもう1割に満たないほんの少しのエネルギーを使いまわしていくしかない状況にいます。

だから、肉体の回復によって得られる精神的エネルギーの回復量を、消耗量が上回ったら終わりなのです。
そうなると、経験上半年近くはそのまま変わりません。

気持ちの切り替えとやりたくないことにとりくむこと。この二つにエネルギーがかからないようになりたい。
もしくは、それらに使うエネルギーを補充するだけの手段がほしい。

どちらにしろ、どう考えても自分に原因があるんですよね。
もうできることは全て試しました。私はこれからどうやって生きていけばいいのでしょうか。週5フルタイムで働けるだけのエネルギーを回復したいです。どうしようどうしようどうしよう。今年も卒業論文が時間通りに出せず、留年したらどうしよう。言いようのない焦りと不安と自責が、常に頭を駆け巡っています。

ちょっとすっきりしました。



くだらないことばかり考てしまう人間のことを、もっと知ってくださると嬉しいです。