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21世紀のクーデター?        愛国者学園物語165

 

「貴女は優しいんですね。会ったこともない人々、出かけたこともない国々のことを気にかけるんだから」


その声に、美鈴の反応は固かった。

 「多くの犠牲者が出ましたから」
そう言うとまた口を閉ざした。
西田は美鈴のこわばった顔を見ながら言った。
「お世辞じゃないけど、貴女の勉強には感心します。バルベルデでもクーデターが何回か起きているし、政治が安定しなかった時代が度々あった。そういう事情を知る美鈴さんがそれを語ると、迫力があるというか、恐ろしさが伝わってきますよ」
「ホライズン・メディアに入社して、ジャーナリスト研修を受けると、今お話ししたような例を無数に勉強します。ですから、私が特別なわけではありません」
美鈴はうつむいていた。


「辛いんですか?」
「複雑な気分なんです。日本は民主主義国家で、世界でトップクラスの裕福な国で、治安もいいです。経済は低迷していますが、国民の心は荒れてはいません。世界的に見ても稀な、信じられないような国です。それなのに、1970年の、今から50年以上前の出来事とはいえ、ノーベル文学賞候補とも言われた文化人が、自衛隊にクーデターを呼びかけるなんて」
そして顔を上げて言った。
「今の日本にも、そういうことを叫ぶ連中がいるんじゃありませんか?」
「どうだろう。日本人至上主義者たちは21世紀新明治計画を主張するが、自衛隊、あるいは憲法改正後に自衛隊から国防軍になった組織に対して、クーデターで政権を奪取せよとけしかける人間はどれくらい、いるんだろうか。見当もつかないが……」


「そうだ、美鈴さん」と少し大きな声が届いた。
「美鈴さん、余計なお世話だけれども、三島由紀夫のファンには気をつけたほうがいい。三島には今も熱烈なファンもいるから。それに彼らの中には、天皇の写真と三島の写真を並べて飾っている人までいる。

 アニメ『攻殻機動隊』のあるシリーズが制作された時、制作担当者たちは劇中に登場する極右的な思想家に、三島を採用しようとしたんだ。ところが、もしそういうことをすると、怒りを感じた極右の人間が制作担当者たちの元に来るかもしれない、という可能性が明らかになった。それで、制作担当者たちは架空の思想家を作り上げて、それを攻殻に登場させ、三島の案は取り下げた、そういう噂がありますよ。多分、噂ではなくて本当の話なんでしょう。それくらい、三島由紀夫を大切に思っている人たちが日本にいる。彼は今でも、日本人至上主義者たちの偶像なんだ。だから、三島のファンには気をつけたほうがいいでしょうね」

 
 美鈴はその話に驚くとともに、三島のファンには暴力的な人間がいるらしいことを感じて、失望した。それを隠すために、美鈴はその話題には何も答えず、自衛隊のクーデターに関する映画があるか、尋ねた。

 西田が口にしたのは、映画「皇帝のいない八月」と、アニメ「機動警察パトレイバー」の1エピソード。

 前者は、山本薩夫(やまもと・さつお)監督の作品で、各地の自衛隊部隊がクーデターを起こそうと動き始める。その首謀者たちは、寝台特急ブルートレインをハイジャックして、東京に向かう。だが、各地の部隊は次々に鎮圧され、首謀者たちも、驚くような事態に巻き込まれる……、という内容。 

 出演者は渡瀬恒彦、吉永小百合、高橋悦史、山崎努。大滝秀治、渥美清、佐分利信、太地貴和子、丹波哲郎、それに三國連太郎だと、彼はiPhoneの画面の中身を読み上げた。そして、これは一部の自衛隊員がクーデターを起こす悪い連中だというよりも、その背後にある黒幕や、結末の出来事を実行する連中の方が怖いという感じの映画、陰謀物というべきか、と付け加えた。
 

 パトレイバーのほうは、「初期OVAシリーズ」または「アーリーデイズ」というシリーズの話の一つ「2課の一番長い日」だった。レイバーと呼ばれる人型ロボットが普及した近未来。警察のレイバー部隊の一つである特車2課の警察官たちが、自衛隊のクーデターに立ち向かうというもの。これは、自衛隊のある将校が核弾頭付きの巡航ミサイルで政府を脅迫したので、2課の連中がその発射を阻止しようとする話だった。その将校は、2人の同志を得ることからクーデター計画を始めて、20年かけて、ここまで準備したことを語った。
 また、大ヒットしたアニメ映画「AKIRA」にも、クーデター話が出てくるが、それは、私たちの話には関係ないでしょう、と言って、彼は話をまとめた。

続く

これは小説です。

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