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ウニ男も飛ばされた 愛国者学園物語29

 ジェフは新人記者時代、日本へ転勤せよという命令を受けて面食らった。日本語で言うと寝耳に水だった。ホライズンは世界各地に支局を持っており、その記者は世界各地で勤務することが当然だった。それゆえ、カナダのフランス語文化圏出身で、フランス語使いのジェフは、フランスかフランス語圏の国に行きたかった。

 しかし、蓋を開けてみれば、日本へ行け、という命令を受けた。だから驚いてしまい、日本に着任した当初はロクな仕事をしなかった。だが、よく考えてみれば、日本社会はフランスとつながりがある。フランスのブランドが好きな日本人は多いし、わざわざ安酒のボジョレー・ヌーボーをフランスから取り寄せては楽しむ。

 それに日本人シェフの作るフランス料理は素晴らしい。ジェフは一時期、生活費に困るほど日本のフランス料理レストランを食べ歩いたので、  「フレンチの鉄人」と呼ばれるようになり、ジェフも自分の日本名は  「てつと」ですとジョークを言っていた。

 それにだ、フランスも日本と関係が深い。19世紀に流行した日本趣味、ジャポニズムもそう。現代の日本文化愛好者がフランス社会に多いのもそうだ。この両国のつながりはジェフには実に興味深いものだった。


 そして、ジェフは日本にのめり込んだ。

 外国人が苦手な日本料理でも、美味しそうに豪快に食べる、その食べっぷりは多くの日本人から喜ばれ、友人が多数出来た。数年間で日常会話上級レベルまで磨き上げた、ジェフの日本語会話力も人間関係構築に一役買い、ウニの寿司が大好物になった。上等なウニを探しにわざわざ築地に通い、そこの寿司屋でマイケルに出会ったのも、そのころの思い出だ。


 結局、ジェフは日本で11年過ごし、副編集長としてニューヨークに栄転した。こういうジェフだから、彼には日本の変貌が、極右化や過度の宗教賛美をする日本社会を辛く感じた。


 だから、「ストレンジラブ」特集の社説を書いたのはジェフだった。それに限らず、ホライズンが日本に関して重要な記事を発表するときは、いつもジェフが無記名で社説などを書き、記事の仕上げをしていた。それも、ジェフの日本に対する理解の深さを上司たちが高く評価したからであり、ジェフの日本への愛情の現れであった。


 その一方で、ジェフがホライズンの編集幹部になってから、ホライズンには日本関連の記事が増えたという指摘と苦情が届くようになった。しかし、いつもジェフはとぼけて答えた。「日本には美味しいものがあるからね。だからホライズンには日本の記事が多いんだ」と。ジェフは日本が好きだった。

続く 

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