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警察官は宣誓する 愛国者学園物語176

問答は続く。

「質問させてください。美鈴さんは、公務員の宗教活動を禁止する良い方法を知りませんか?」 

そう問われたものの、美鈴は

「いいえ、良い方法は知りません」

そう答えるのが精一杯だった。



 「それはともかく、警察にも宣誓があるんですよ。自衛隊と同じように、です」

と言って、話題を一つ戻すことを西田は強調した。そして、その「警察職員の服務の宣誓に関する規則」を検索して読み上げた。


「『 宣誓書 私は、日本国憲法及び法律を忠実に擁護(ようご)し、命令を遵守し、警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体又は組織に加入せず、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当ることを固く誓います。』


だそうです。私に言わせれば、自衛隊の『服務の宣誓』よりも、こちらの方がわかりやすいし、具体的な内容に思えますね」

「具体的ですか?」

美鈴にはその意見が意外だった。


 「そうです、これは、警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体又は組織に加入しない。何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当ることを固く誓います、と言っている。すみません、繰り返しちゃいました」

(謝らなくてもいいのに)
「いえ、いえ」
と美鈴は返事をした。


「団体に入らず、不偏不党に職務の遂行に当たる、とありますからね。これを好意的に解釈すれば、特定の団体や思想に偏らずに職務を遂行する、とも読めますよ」

美鈴は西田が声を弾ませてそう言ったにも関わらず、冷たい態度で答えた。

自衛隊の宣誓では、政治に関しては『政治的活動に関与せず』という言葉を述べるのだから、宗教に関しても、誓ってほしいものです。『自衛官は特定の宗教に偏らず(かたよらず)』とか」

「なるほど、自衛官がその任務を行うにあたり、特定の宗教だけを信じて、他の宗教を無視するとか、あるいは、特定の宗教に過度の関心を持つべきでない、という意味ですね?」


美鈴は少し考えてから発言した。

「そうです。神道がいくら日本古来の宗教であっても、それだけを過度に重視しない。あるいは、先の大戦の犠牲者を弔うためとはいえ、靖国神社への過度の傾倒を避けること。そして、世界の文化としての様々な宗教を尊重すること、ですね。

自衛隊の宣誓において、宗教に関してそういう文言がないということは、結局、日本は政教分離の考えが甘いんでしょうね。どこでも口先だけ、建前と本音の二枚舌ですよ」


西田が驚いた。

「なかなか強烈ですな。政府が、公務員は靖国神社を過度に信仰、賛美をしない。自衛隊隊員は東郷神社や乃木神社の行事に参加することを禁じる、などとは言えないでしょう。

憲法第20条『信教の自由』

があるのだから、国民個人の宗教活動を止めることは無理です。


 それに、もしそういう命令を出すことが可能だったとしても、

政府が靖国神社を軽んじるわけがない。

あれは保守派の、つまり日本人至上主義者の神殿であり、保守政治家の票田でもあります。あの場所を参拝することで保守派の有権者にアピールしているわけだ、自分は祖国のために命を捧げた同胞を敬う人間である、と。政権与党がそんな靖国神社を軽視するわけがない。だから、通達だろうが法令だろうが、公務員は靖国や宗教と距離を取れだなんて、言わないでしょう。


 結局は、あいまいにして、お茶を濁すしかないんでしょうね。日本人至上主義者たちはそれに不満だから、憲法を改正して神道を日本の国教にしよう、靖国神社をすべての日本国民の聖地にしようと、一生懸命運動をしている。愛国者学園の子供たちまで、そうです」


「まるで、かつての大日本帝国じゃありませんか。国家と宗教が合体した」

美鈴はそう吐き捨てた。

「そうですね、国家と宗教が合体し、それに逆らう者は許さない。日本人至上主義者たちが増えている今の時代は、昔の暗い時代に近づいている。私はそう思います」

そこで西田の口調が変わった。

彼は申し訳なさそうに、話題を警察の宣誓文に戻したい、靖国神社については次回話しませんかと提案して、美鈴の了解をとりつけた。


 2人の懸念は、自衛隊や警察における神道との関わりが、それら組織に神道と皇室と愛国心を過度に賛美する日本人至上主義を流行らせるのではないか、というものだ。自衛隊や警察では「通達」などにより、組織内での宗教活動が抑えられているようだが、果たしてその通達に効果はあるのか。もし、それに反したら、それに反した自衛官や警察官はどうなるのか。あるいは、高圧的な上官がハラスメントという形で、神道の信仰を部下に押し付けたら、部下は渋々従うのではないか、という恐れもあった。


続く
これは小説です。

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