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バタフライ効果            愛国者学園物語83

 

 「この「愚行の総和」は、186文字の短文であるけれども、それにはいくつもの意味が込めました。その一つが、『(略)私が持つ力はあまりに小さい。だが、それを他者の力と合わせれば、それは社会に何かを引き起こす、大きな力になるかもしれない。(略)』というくだりで、これは、あの知人のハチドリの話と、仏典に書かれていた山火事と鳥の話から想起したものです」

 美鈴はこの文に強い関心を持った。
「愚行の総和を読んで思ったんですが、小さな出来事がやがて社会を変える大きな力になるかもしれない、という構図、私は

バタフライ効果

の話を思い出しました」
「ああ、似ているかもしれませんね。1羽の蝶の羽ばたきが、わずかな気流の変化をつくる。それが、少しずつ大気を動かして、やがて、地球の裏側で、雨を降らせる……」

西田はiPhoneを叩いて何かを検索し始めた。美鈴が怪訝(けげん)な顔で見ていると、画面いっぱいに無数のチョウが蠢(うごめ)いているではないか。
「あっ」
「こりゃ失礼。先に、こういう動画を見ても大丈夫か、聞くべきだった」
「いいえ、大丈夫ですよ」
と気丈に言った美鈴だったが、やはり気味が悪くなった。


 「それ、特撮ですか?」
「いや、実際の光景ですよ。北米に棲んでいるオオカバマダラというチョウでしてね。長距離を移動して、メキシコとかに行くんですって。そこで越冬するためらしい。でも、そこでは無数のチョウが木の枝に止るので、チョウの重さで枝が折れることもあるらしいんだ」
「チョウの重さですか」
「そう。チョウチョなんて重さがないように思えるけどね。それはともかく、さっき、私たちは1頭のチョウが世界に影響を与えるという概念であるバタフライ効果について話しましたが、オオカバマダラの群れは世界をどんなふうに変えるんだろうか? 気持ち悪い光景かもしれないが、私には興味深い」


  「小さな動きや出来事が、やがて大きな変化をもたらすかも知れないという話は他にもありますよ。
 仏教の一派、天台宗(てんだいしゅう)の開祖・最澄も面白いことを言っています」
「さいちょう?」
「一隅(いちぐう)を照らすという哲学ですよ」
「一遇、ですか」

 彼はiPhoneを取り出して、最澄についてデータを読み上げた。
「767年生まれ、822年没。近江(おうみ)の人、比叡山(ひえいざん)で修行などなど。一隅を照らす、とは、自分自身が今いる場所で精一杯生きる、そうすれば、そこが光る。そして、それが世界に広がり、やがて世界中が光るという考え。とでも言えるだろうか。


 私は宗教学者でも、この流派の信者でもないから、詳しくは彼らのWeb ページを見る必要がありますね。ともかく、小さな改善が大きな改善につながる、という点で、愚行の総和と同様の考えでしょう。私があれを思いついた時は、この最澄の一隅を照らすは知りませんでしたが」

 西田は話の舵を切った。
「愚行の総和という、風変わりな題名は、アメリカの軍事・スパイ小説家であるトム・クランシーの作品『恐怖の総和』をもじったものでしてね」
と西田は微笑みながら続けた。

 クランシーは軍事に関係がない人間でありながら、1984年に小説「レッド・オクトーバーを追え」を出版して、レーガン大統領に気に入られた。ソ連の最新鋭の核ミサイル潜水艦がそのデビュー航海で、アメリカに亡命するという奇抜な話だったが、ベストセラーになった。日本語版も好評を博し、90年にはショーン・コネリー主演で映画にもなった。

 それ以降の彼は、ライアンシリーズと呼ばれる、「レッド・オクトーバー」で活躍した米・中央情報局CIAの分析官ジャック・ライアンを主人公にした作品などを書いていた。「今そこにある危機」や「パトリオット・ゲーム」が映画化されて、ハリソン・フォードがライアン役を演じた。だが、94年に刊行した小説「日米開戦」と「合衆国崩壊」は、軍事大国化した日本がアメリカと戦った挙句、日本航空のジャンボ機がアメリカの国会議事堂にカミカゼ攻撃を仕掛けて体当たりする、という荒唐無稽(こうとうむけい)な内容だった。
「日本航空が」
「そう、日本の航空会社だと読者にわからせるために、日本航空を選んだんでしょう」

 美鈴は嫌そうな顔をした。
「それだけじゃない。崩れた国会議事堂の前で、日本の総理は拍手(はくしゅ、かしわで)を打つんですよ」
「え」
「ぱーん、ぱーん、と2回手を叩いて、テロで亡くなった人々のために祈るっていう、描写があるんだ」
「まさか」
「日本人なら、犠牲者のために手を合わせて祈るだろう。だが、拍手は打たないと思うけどな」
「それって、私たちが神社に参拝するときに行う作法ですよね」
「そう。二礼二拍手一礼だよね。参拝にあたり、二回礼をして二回手を叩き、一礼。でも、事故の現場でやる作法ではないと思うんだが」
「そうですね」
2人はしばらく沈黙した。
「まあ、そういうのが米人作家から見た日本人の姿なのかもね」
「ええ」
「でも、ベストセラー作家なんだから、もっと調べて欲しかったなあ。ここでは詳しく話さないが、クランシーはどうやら日本が嫌いなようだ」


 それはともかく、私は「恐怖の総和」が物凄く良く出来た小説だとは思わないが、核テロリズム の恐怖をまとめたと思っています。中東のイスラエルが第4次中東戦争で劣勢になった。そこで、現状を打開すべく、彼らは戦術核兵器を積んだ爆撃機を飛ばしたが、それは撃墜されて、核兵器は戦場のどこかに消えてしまった。それから時が流れて、その核兵器が発掘され、テロリストの手に渡ってしまう。彼らはそれを改造し、アメリカのスタジアムに運び込んだ、という小説なんですよ、と彼はどこか嬉しそうに話した。
 そして、これを映画化した「トータル・フィアーズ」も、それなりに良い出来だと語った。西田は、「恐怖の総和」が、サム・オブ・オール・フィアーズ Sum of all fearsという原題名だから、映画もその題名になるかと思っていた。英語版では、その題名になったが、日本語版の題名は「トータル・フィアーズ」(Total fears)だった。
「まあ、悪くない題名だ。サム・オブと同じような意味だし」
と彼はうなずいた。
 映画には、アレック・ボールドウィンと、モーガン・フリーマンが出演し、ハリウッド自慢の特撮を山盛りにして、話を盛り上げていました。結局、核テロがきっかけで米ソが軍事衝突を始めるという最悪のシナリオになるんだけど、そこから先は映画を見てくださいね、と西田は笑った。


 

続く 

これは小説です。

5月2日、題名を「バタフライ効果」にしました。

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