<対談>現役医師4人が語る医療DXの現状と課題〜今、現場には何が必要なのか。JDSCができることとは。
医療ビッグデータ法や電子カルテのネットワーク化、医師の働き方改革など対処すべき課題が山積している医療業界。他の産業がDXで課題解決を進めるなか、医療業界はどのようにDXを活用し、変革を進めていくべきでしょうか。今回は、JDSCの声がけで医療現場の最前線で働く現役医師4名にお集まりいただき、医療現場におけるDXの現状や課題、展望について対談をさせていただきました。DXが進まず疲弊する医療従事者と患者の現状と改善策、そして、そこにあるビジネスチャンスを浮き彫りにします。進行は当社取締役の吉井が担います。
登場者プロフィール
医療従事者・患者のペイン〜医療現場で無駄なこと。DXで解決できること。
吉井)今日はお集まりいただきましてありがとうございます。最初の話題は、ミクロ視点から「医療の質以外の部分での医療従事者・患者のペイン」と題して、医療現場で無駄だと思われること、患者さんのために改善したいと思うことは何か?を伺えればと思います。このお話は、医療機関のDX推進や医師の働き方改革にもつながるものと思います。
橋本)まず思い浮かぶのは勤務シフトでしょうか。医師はいろいろな病院に派遣されるのですが、医局単位で外勤や当直のシフト組みがされているので、不公平が発生する点は改善をしてほしいと願っています。
龍岡)それ、分かりますね。派遣された先の病院では、おのおのが臨床としてベストを尽くすことに変わりはないのですが、病院設備に差があったりします。極端な例では、派遣先の病院にWi-Fiがなかったり。学生が使えるWi-Fiはあるのに、職員用がないような大学病院もあります。派遣先病院の環境改善やシフトの調整の余地があると思います。
白井)浴室が市民プールのシャワー室のようになっていたり、休憩所に古いソファベットしかなかったりする病院で女性医師が当直することに不満の声もあり、やはり、適切な派遣がなされるようなシステムがほしいです。
加藤)医局という小さな単位ではなく、例えば東京都全体で組むなどできると良いのですが。
吉井)なるほど。都道府県単位などで医師のシフトをAIで管理するシステムなど検討できる余地は大きいですね。続いて、業務を行う際に不便なことはありますか?
橋本)手書きの書類がたくさんあることでしょうか。基本的に医療現場は紙ベースでのやりとりが多いです。また、生命保険会社の診断書は、保険会社ごとにフォーマットがあり、これも基本的に手書きです。発症日や症状、治療の経緯を詳細に、手書きで書く必要があるものもあり、かなりの時間を取られます。
吉井)定型フォーマットはないのでしょうか?電子カルテから自動で転記されるような仕組みがあると良いですね。
加藤)産婦人科は妊婦健診用のアプリケーションなど、固定フォーマットがありますよ。科によっても異なりますよね。
橋本)精神科は病歴を事細かに記述する必要があります。以前の職場では電子化が進んでなくて、全て手書きでした。1〜2年ごとに毎年提出しなければならない書類もあって、しかもコピーができないので、同じことを手書きし続けることもありました。
龍岡)自治体に提出する書類も、紙で送られてくることがあります。メールだったら良いのにと思いますし、都道府県ごとフォーマットが違うことも。内容は一緒なのに、役所ごとにフォーマットが違う点も無駄が多いと感じます。
加藤)今まで働いた産婦人科のクリニックもすべて紙でした。紹介状に書く病歴も全て手書きです。外来の途中に紹介状を書く必要があり、その間ずっと患者さんを待たせることになり、これが一番心苦しく思うところです。紙ベースなのは、エコーをそのまま貼りたいからという理由もあるのですが。
吉井)DXによる医療現場の改善余地がたくさんあることが分かります。
白井)放射線科はシステム導入が進んでいますよ。所見をたくさん書く必要があるので、音声入力なんです。
一同)おおー
白井)しかもすごく性能が良いんです。科の特性でもあるのですが、他の診療科と比べて、とにかく画像を見る量も所見を書く量も多く、1人1日100枚とかざらなんです。以前は腱鞘炎になってしまう先生もいました。
見る量も書く量も多い理由は、例えば、糖尿病内科の先生から悪性疾患のチェック依頼が来たら、膵癌の有無をまず考えて調べるのですが、私たちは同時にそれ以外の全ての臓器にも癌がないかを見なければならないからです。これは、依頼された内容だけ確認するのでなく、セーフティネットとなる役割も担っているからです。
吉井)一般的なビジネスの現場だと、マルチタスクをすると生産性が下がるのですが、例えば心臓だけ見る人、肺だけ見る人と分業することは検討しないのでしょうか?例えば、全国の専門医をネットワークでつなげてデータを回覧し、臓器ごとのチェックを行う体制は、どうですか?
白井)生産性が上がるかと言うと、そうとは言い切れません。結局、一人が全ての所見を拾う方が早いからです。ただ、迷う症例が発生したときや、画像所見がおかしい、分からないときに相談できるようなネットワークができると素晴らしいと思います。
吉井)医師間をつなげるネットワークにはビジネスチャンスがありそうですね。
医療ビックデータ法、カルテのネットワーク化。DXは進むか。
吉井)医療ビッグデータ法やカルテのネットワーク化など、医療機関をとりまく環境もDXが進んできていると感じますが、現場ではいかがでしょうか。
龍岡)基本的にカルテは保管場所が法律で決まっているんです。現物だったら、病院内のここに、クラウドだったらどこどこにというのが定められています。医者自身も持ち出せません。
ただ、閲覧できるシステムがあれば、外部からも閲覧は可能ですね。とはいえ、現状は専用線(インターネットなど外部につながっていない回線)でしかつながっておらず外部からアクセスすることが不可能な場合もありますし、ネットワークそのものも脆弱だったりします。
吉井)ネットワーク環境が良くないということですか?
橋本)はい。病院のカルテは表示が遅いです。これにはみんな困っていて、ネットワークだけでなく、PCのスペックも低いんです。
龍岡)長いカルテ書いた後に「保存」を押したら固まってしまうこともあります。
白井)そうですね。システムを他の人が開いていると、オーダーを通すことができず、待たなきゃいけないときがあります。
橋本)あるあるですね。そして、電子カルテが院内の別の場所で開かれたまま放置されてしまい、他の場所で何もできなくなってしまうこともあります。情報システム部門の方も、これに怒った医師の対応が大変です(笑)
吉井)ICTインフラが整えば解決するのでしょうか?
橋本)それは間違いないです。そもそも病棟のPCの数が少ないのが問題です。そして、オンプレミスのみである点も。医者はカルテを書きたい、一方で看護師は点滴のオーダーを打ちたい。こういう時にPCの奪い合いが発生してしまいます。このような場所に実習学生が混ざると、学生さんが「邪魔だ」と言われてしまうこともあります。
とはいえ、電子カルテは1台につき何円と決まっているから増えないんです。コストが高すぎて、カルテを自作してる病院もあるくらいです。
白井)クリニックに行くと、インターネットにつながっていることもありますが、これって病院でもやれるのでしょうか?
加藤)「クラウドをやる」って決めている病院ならできると思います。ただ、国内電子カルテメーカーさんでは、「ネットがダウンしても使える」という宣伝文句でオンプレミスの良さを推してます(笑)。その結果、クラウド化に及び腰な医療機関は多いです。
一同)苦笑い
非DXが起こす、患者への悪影響
吉井)今伺ってきたお話の中で、患者さん側にも悪い影響が出ていることはありますか?
橋本)DXが進まないことは、患者さんの待ち時間の長さに直結します。先ほどお話ししたカルテが開かないことに加え、プリンタが詰まることもしょっちゅうあります。
そして、大学病院では処方箋の発行、次回の診察予約も医者がやるので、これも改善できれば、待ち時間削減につながると思います。実際のところ、5分の診察のうち、3分は次回予約やプリントなどの事務をしているんですよ。
龍岡)予約調整をGoogleカレンダーのようなものを使って効率化してほしいと思うこともありますね。大学病院は、医師の部屋で全部やらなきゃならないので。紹介状の封詰めまで、医師がやっています。これらの時間が短縮できたらと常々思っています。
医療現場のDXを進めるために
吉井)みなさん、大変な思いをされているのが分かりますが、医療現場への投資を増やし、DXを推進するにはどうすれば良いのでしょうか。
龍岡)まず、保険診療は国が決めているため、単純に売上を拡大することは難しいです。また、大学病院は、研究や専門医療のために高い機器など、設備投資にもお金を使いますが、極端な話をすると設備投資を3倍にしても、売上は3倍に上がらない。
加藤)そうなんです。だからネットワークへの投資機運にもなかなかつながらない。
白井)そもそも医師が忙しすぎて、そこまで考えることができないことに加えて、上層部の意識も課題です。医療が高度化しているのですが、年配の医師だとまさに現場から離れていることもあり、うまく伝わらずに、結局何も進まない、変わらないということも起きているのが実態だと思います。
加藤)DX推進の話からは少し外れてしまいますが、看護師の数を増やしてほしいですし、医師と看護師それぞれの業務バランスも検討が必要です。そして先ほども話に出ましたが、医師はカルテを書く時間よりも、次回の予約に時間を割かれてしまうことが、非常にもったいなく感じます。
医療現場におけるAIとデータ活用
吉井)AIによる読影や心電図異常の検知などAIやデータ活用が役に立つと思いますが、現状を教えていただけますか。
白井)読影領域だと「病変の検出」と「質の評価」という2つのステップがあります。AIは、今1段階目の病変の検出に活用されていて、特に肺領域ですとレントゲンやCTなどをAIが読影して、病変の検出までできるようになっています。肺はコントラストが凄く良いので、問題の有無をしっかり検出してくれます。
ただし、結局のところAIが読影をしても、最後は医師自身が画像を見るので、二度手間になるというネックはあります。もちろん、見逃しは減ることもありますし、ダブルチェックとしては有効だと思っています。
龍岡)マンモグラフィーの画像についてもAIがダブルチェックを担ってくれるのは良いですね。
吉井)AIがダブルチェックに役立つなら、医者の心理負担が下がりますよね?
白井)そうですね。見逃しがあったような場合は、ほっとすると思います。ただし、AIでダブルチェックしたのに取りこぼしがあれば大問題ですが。
橋本)心電図もAIで診断できます。医師よりも先にAIが確認してくれて診断も出してくれるのはありがたいですし、見逃しが不安な場合には安心できるものですが、やはり、取りこぼしが怖いですね。
龍岡)現状、AIが誤判定をしたり、見逃したりした場合の責任範囲が明確ではないんです。AIが見つけられなかったものを人間が発見できるのかという問題もありますが、今後の普及に関しては、社会が何%の取りこぼしまでを許容するのかということが課題です。
吉井)医師や医療現場のデータ活用の状況はどうでしょうか?
白井)放射線領域は活発です。企業との協業事例もありますし、技師自身がMATLABを使って解析ソフトを作っている人もいます。医療現場の中では進んでいる方だと思います。
橋本)精神科は、同じ症例であっても患者さんによっては優しくされたい人も、叱咤激励されたい人もいます。一律にこの対応をすれば良いということはなく、検査結果だけで診断が決まらない領域です。現時点ではAIやデータ活用が難しいと感じています。
吉井)定量的にファクトでとれないものでしょうか?例えばウェアラブル端末を1週間つけさせて、診察の時にそのデータで判断するなど考えられますか?
橋本)将来的には、脳波とか血流の分析で、新しい診断方法や診療が実現できるようになるかもしれません。また、ウェアラブル端末を付けることで、そのデータを活用した診断が可能になるかもしれません。
例えば診察時に「眠れていないんです」と仰る患者さんがいた時に、実際どれだけの時間、どれだけの質の睡眠が取れているのか知れると、客観的なファクトが取れるので正しい治療につながります。また継続的に治療している患者さんについて、改善しているかどうかも見れるので良さそうです。
他にも、糖尿病も持っていたり肥満だったり、食事療法をしている患者さんで、「食べていない」と言い張る患者さんもいたりしますし、そういうのもデータで見られると良いのかもしれません。
個別化医療の最前線
吉井)マクロの視点になるのですが、個別化医療(患者ごとの体質や病気のタイプに合わせ個別の治療を行うこと)のトレンドがあります。精神科はまさに個別化の世界だと思いますが、放射線科はいかがですか?
白井)冠動脈の石灰化の程度で、心疾患のリスクを算出できるようになっています。
龍岡)事前の背景情報によっていくらか読影が影響を受けることはあっても、読影そのもので個別化を行っているというよりは、結果を渡した診療科で治療などの個別化を行っているのが現状ですね。
吉井)受け手側の先生からするとどういう情報をインプットしてもらったら個別化が進むと思いますか?
加藤)「個別化」という表現が難しく感じます。というのも、昔は同じ病気であったものが、今は遺伝子を見たら違っていて別の病気のように捉えられてくるですとか、そのような場合、別の病気には別の抗がん剤を使ったほうが有効だったりとか、さまざまなことが分かってきたことで治療方法が広がっています。今後は、例えば卵巣がんの治療が個別化していく中で、最初のMRI診断の結果で、治療方針や手術と放射線治療の優先順などが放射線科のレコメンドに基づいて事前に検討できるようになるかもしれません。
白井)そうですね。どれだけ浸潤(がんが周囲に染み出るように広がること)しているかとか、癒着の有無などで治療方針が決まるのですが、実は浸潤の判断が一番難しくて、施設内にその領域に有名な先生がいないことが多いんです。
吉井)そういうときはどうされるのでしょうか。情報の授受、臨床医とのやりとりはどうしているのですか?
白井)医師からの指示項目に書いてある検査目的だけでは不十分なので、自分からカルテを見に行って情報を拾います。電話で聞くことはほとんどありません。
吉井)データが構造化されていたら、手間がかからないですよね?
白井)そうですよね。書いている医師はいつもカルテを見ているから、依頼や指示の内容が薄いことが多いです。
放射線科には例えば3つのシステムがあって、読影システム、電子カルテ、RIS(放射線科情報システム)の3つが独立して存在しています。私たちはこれを別々に開いて使っているのですが、研修で放射線科に行かなかった医師や、初期研修を受けていなかった医師は、放射線科がどのように読影をしているか知らなかったり、読影システムだけでは電子カルテが見られないことも知らないこともあります。こういう先生からの依頼は不十分なことも多いんです。手間が増えてしまうし、時間もかかります。
龍岡)いつも申し訳ありません(苦笑)
白井)怒る先生は、レポートの所見に「この依頼文じゃ分かりません」という趣旨を書いて返す人もいますよ(笑)
健康を可視化するメリット
吉井)先ほど少しウェアラブル端末のお話しがありましたが、保険外診療で健康を可視化しましょうというソリューションをどう見ていますか?
橋本)Apple Watchは良いデバイスだと思います。患者さんから「夜になるとドキドキする」という申告があったのですが、本人がApple Watchのデータを持って来られたので、確認したら本当にそうだったことが分かりました。こういう場合、生体データとして見ると、薬の副作用かな?などが推測できます。
また、患者さんの中には、医療機関で心電図の機器をつけただけで気になって心拍数が上がってしまう方もいます。そういう場合、ウェアラブル端末で、日常のデータが取れるのは良いと思います。
加藤)患者さんの中には、この一週間の調子や行動についてうまく説明できない方もいます。伝えることが得意ではない方は、ウェアラブルやIoTで客観的なデータが示せるという可能性があると思います。また、がんの領域だと、家でどれだけ動けているかということが大事なのですが、そういうことも客観的に評価できるようになりますね。
龍岡)例えば化学療法を行うときはメリットとデメリットの比重が大事なんですが、経時的なデータからこういう点での治療決定ができる可能性があるのは非常に興味深いです。
吉井)医師から見て、このデータを外部に渡せたら、このデータをこう組み合わせたら価値がある、健康増進につながるということはありますか?
橋本)食事指導でしょうか。外来診療は時間が限られていますし、食事指導にも限界があります。栄養指導しても、患者さん側が食材をそろえて調理するのは難しく、指導内容を患者さんが実践できないことが多いです。診療データを使って、外食産業と組むことができたら、この問題を解決できるのではないかと思います。こういうニーズは大きいのではないでしょうか。
吉井)なるほど。QoL向上につながり、チャンスがありそうですね。
最後に
吉井)加藤さん、龍岡さんは医師でありながらJDSCでデータサイエンティストもされているわけですが、同じく医師をされているご友人や同僚の皆さんの反応はいかがですか?
加藤)興味を持ってくれる医師が多いですね。30歳を過ぎて新しい挑戦をしたいと思っている医師は多くて、私自身、起業も検討していたのですが、医師とデータサイエンティストを兼務するからこそ、医療現場へのAI、データ活用という新しい取り組みができると思います。
龍岡)コンサルティングやデータサイエンティストと言っても、何をやっているのか全く分からないという声が多く、よく病院経営コンサルティングと混同されます(笑)。周囲には、専門医や学位を取得して次のキャリアについて悩んでいたり、医療の先行きに希望を持てない医師も多くいます。また、治療に重要でも医療の中だけで解決できない問題も多いですよね。一度医療の外で仕事を経験してみることで、視野が広がったり、医療の重要さを再認識できるようになるのではないかと思います。
吉井)これは医療に限らずですが、複数の領域で知見を持つ人こそが世界を変えると思っています。しかし医療業界は色んなしがらみがあるという印象から、ビジネスの人間がなかなか入って行かない領域でした。一方、医師も医師で、外の世界を知ろうと思う方も少なかったと思います。医師と言えば一生安泰な職業ですし、何よりお忙しいですしね。だからDX(変革)がここまで遅れているのだと思います。最近はそんな医師の皆様のマインドセットが少しずつ変わってきていることを体感していて、本日4名もの医師が対談にご参加くださったことも、その証左だと思います。医師の変化だけでなく、技術、法律・規制の変化も生まれてきているので、これから医療DXが進み、国民の健康寿命の延伸・QoLの向上が実現していくと期待しています。我々がそんな業界変革の台風の目になれるように頑張りましょう!
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