あかりの宇宙——「イサム・ノグチ 発見の道」展レビュー
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あかりの宇宙——「イサム・ノグチ 発見の道」展レビュー

荒川弘憲

入り口で入場券をみせ、最初の会場に向かうと、私は入り口の方までまた引き返すことになった。その会場に近づいている途中では気がつかなかった大小様々な150個もの球体の「あかり」が、顔を上げた瞬間に眼前を覆っていた。引き返したのは、突如としてあらわれ、私をやわらかな光で包んだこの星団を、対象に置ける距離にまで遠ざけねばならなかったからだ。

本展の第一章は「彫刻の宇宙」と題されている。私が入り口でみた「あかり」の星団はここにあった。第二章は「かろみの世界」、第三章は「石の庭」である。各章には異なるスケールの空間をあらわす「宇宙」「世界」「庭」といった言葉があるように、展示空間は仕切りの取り払われた一つの大空間となっている。三つの章は東京都美術館の地下一階から二階までのそれぞれのフロアにあてられており、見る者は開放的な空間を回遊しながら、そこに点在している彫刻を眺め、感じることができる。私たちは彫刻ひとつひとつを見るだけでなく、複数の彫刻の響き合いの空間をも見るのだ。

最初の会場で「あかり」がゆっくりと明滅していたことは重要である。つまりこの作品は光っているときだけが彫刻なのではない。内側から光ることで表面に影が生じない彫刻というおもしろさは確かにあるが、それよりもノグチは、この彫刻の輝きが人間の生命のリズムに呼応することを思考していないだろうか。「あかり」にはその明るさの中にも暗さが含まれており、生活の中で点灯、消灯され、空間のさまざまな位置に配することができるという点で、柔軟に人間的生命運動を媒介することができる。こうしてみると、この光る彫刻が、人間を介して宇宙を交流するエネルギーを流入し浮かんでいるように見えてはこないだろうか。

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「あかり」が「ひかり」でなかったのもこうしてみると分かる。ノグチは「明」の漢字に光の多様性をみていたからだ。「あかり」のロゴは漢字の「明」を太陽と三日月の形態にわけて並置したものだ。太陽はそれ自体が発光しているが、月は太陽を反射して輝いており、それのみならず新月のときさえもある。私たちの世界を照らす、このふたつの天体にはさまざまな光りの様態があり、そしてその異なりが生命の刺激となっている。同じようにノグチの「あかり」は暗闇も充満する光も、そしてそのなかに無数にある階調と質をも見落とそうとしない。

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この光る彫刻には生命の機微を多様な光の様態として再現する、そのような仕掛けが盛り込まれている。たとえば、「あかり」には200種類以上があり、そこから選べるということがある。そのなかの《1AG》は和紙の笠を、単色のプリントがしてある面と無地の面とに分けることで、回転させると明暗がコントロールできるようになっている。提灯のように折り畳め用意に移動できることや、重力がまるでないかのように色々な高さに「あかり」を配置できることも、こうした仕掛けと見ることができるだろう。そして、最大の仕掛けはやはり、光る公共彫刻をつくったのではなく、多くの人につかってもらえる彫刻をつくろうとしたことだと言いたい。要するにノグチは、電気という公的かつ無機的な性格をもつエネルギーと、個々の生命のユニークさを融合させようとしているのだ。「あかり」に関して言えばノグチは公共彫刻による啓蒙によって作品を打ち出すのではなく、この彫刻作品と数多の人間が関係する、そのような融合からなる彫刻を期待したのではないか。私が入り口で「あかり」の星団に驚いたのは、こうして現実となった新しい「宇宙」への驚きでもあったはずだ。

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イサム・ノグチ 発見の道
東京都美術館
2021年4月24日(土) - 8月29日(日)
https://www.tobikan.jp/exhibition/2021_isamunoguchi.html

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荒川弘憲 | あらかわ・こうけん
1993年ソウル生まれ。5歳のときに東京へ移住。現在茨城を拠点に活動。東京藝術大学先端芸術表現専攻修士課程在籍。時間を引き伸ばすのを練習中。

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