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「名主誕生!」

「あらすじ」
日本には古来より「世襲制度」があり、それは見えないシキタリの中の一つである。その何となくではあるが頑として存在するマニュアルに沿って村人達が生活するのは、それが一番楽で安定するから…これはそんな、どこにでもある村の昔話風現代物語である。

村人「たっ!大変だ〜空が燃えてるよ〜!刈り入れ前の田んぼがみんな焼けちまうだよ〜!」

名主「どうした、どうした、騒がしい」

村人「空が燃えてますだ〜!」

名主「ほ、ほ〜っ、あれはな神様が怒ってらっしゃるだ」

村人「どうするべ〜か…」

名主「よしよし、わしが話をつけて来るから皆んな金を集めろ。交通費もかかるし、手ぶらって訳にもいかんからな」

~村人は金を集め、名主はその金で一晩中遊んだ~

次の良く晴れた朝、村人は安心して農作業に精を出し、名主に感謝して平和な日常が訪れた。

めでたし…めでたし…!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

~しばらくして~

村人「大変だ〜雲が雪崩てくるよ〜!刈り入れ前の田んぼが、埋まっちゃうよ〜!お〜い皆んな金を集めろ!名主様にまた掛け合ってもらうべ〜!こりゃ、きっとまた神様が怒ってるに違いねぇダニよ〜!」

〜村人達は名主の家に〜

村人「名主様、神様がまた怒っちゃったよ〜!あら、ら?名主様、な~に寝込んでんだ〜?」

名主「ん〜何、その〜食生活のあれで...生活習慣病でな…」

村人「あんれま〜、名主様もおら達と変わんねぇ粗末なもの喰ってるのになぁ~!」

名主「ん〜まぁ…遺伝っちゅうのもあるからの〜」

村人「それより名主様、雲が雪崩て来て田んぼが埋まっちゃうよ〜!また、神様に掛け合ってくれダニよ〜」

名主「じゃ金はそこに置いといてな…今、神様は温泉に行ってるから少し待っておれ」

~その金で名主は温泉へ浸かり医者に通い、生活習慣病を治し村へ帰った~

穏やかな空の下、農作業にはげむ村人達は名主を見つけると駆け寄って来て感謝した

無邪気に喜ぶ村人を見て名主の瞳にうっすら涙が滲んでいた

名主の心に何かが生まれようとしていた...

めでたし…めでたし…!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

~ある日の事、村人達が若者ガシラの吾助を荒縄で縛り上げ名主の前に引き出して来た~

村人「名主様、この不届きな野郎が名主様の悪口を若者達に吹聴して回っていたんですぜ!こら、吾助!神妙にしろ~い!」

吾助「みんな騙されてるだ!名主様は神様の所になんか行ってねぇ!美味いもん喰って温泉につかってるだ~!皆の衆、目を覚ませダニ~!名主様!それでいいだか?ホントにいいだか?若い頃の自分に道端で出会ったら、ホントにそれで恥ずかしくねえだか?若けぇ頃の名主様が今の名主様を見て悔しくねえだか?」

眠そうな顔で悠然と構える名主の拳は強く握られてプルプル震えていた…

名主「まあ、良いわ…若気の至りじゃな!皆の者、吾助を置いて引き取って よいぞ、わしが良く言い聞かせて置くからの!」

皆が帰り、名主は吾助の縄を解いてやり屋敷の中で対話した…

名主「吾助、お前はさっきわしの若い頃がどうのこうのと言っておったな…お前に何が分かる?若い頃から年老いて行く狭間の哀しみの何が分かるか~!...お前が正義や真実を語れば語る程に村八分にされておるではないか。これが現実じゃ吾助!この村にとっての正義や真実とはあくまでもシキタリを守る為のものなんじゃよ…」

~さらに名主は語り始めた~

「わしはのぅ、若けぇ頃は勉強したかったんじゃ!江戸に出ての、とにかく何でもやってみたかったんじゃ。オランダ語を学んで医者になるのも良いし、歌が好きだったから俳諧師にも興味があった。三味線だってかなりの腕前なんだぞ~!とにかくな、若けぇ頃はやってみたい事が沢山有っての、未来には希望しか無かったんじゃ…」

「しかしわしはのぅ、名主の家に生まれ名主を継ぐ事が運命付けられた存在じゃ。自分の夢ではなく皆に希望と安心を与える存在になるように言い付けられ、それに抵抗できなかったんじゃ。それで自分の夢を諦めた訳じゃよ…」

それでも自分の人生だ!とでも言いたい顔じゃな?…まあ、お前はまだ若いから分からんじゃろうが、名主を世襲にして置くのは座りが良いんじゃよ!新たな名主が名乗りを上げると必ず争いが生まれる。どんな人が立候補しようが新人は毛嫌いされるんじゃ!勿論地域差はあろうが、この村では代々この家の者が名主を務める事が村人の総意なんじゃ…シキタリなんじゃ…

吾助はなっとくなできなかったが、名主の言葉に動かしがたい何かを感じて引き下がるしかなかった。帰路についてその夜、父親である茂助に心の中のモヤモヤをぶつけてみた

~茂助は諭すように吾作に語り出した~

「吾助、お前は今日名主様の所へ連れていかれたそうじゃな。お前は頭が良く色々な事が見え過ぎてしまっている、まだ若いんじゃよ!…」

「わしはなぁ、名主とは幼馴染じゃからなぁ、よう分かるんじゃ。名主はな、犠牲者じゃ!何となくのシキタリの犠牲者なんじゃよ!我らはな、うすうす気付いてるんじゃ。名主が温泉で美味いもん喰うておる事は!しかし、だからと言って新しい名主を選ぶ事なぞ誰も望んではおらん!今の名主に「世襲」という人身御供になってもろて、わしらは厄介ごとに首を突っ込まず日々暮らして行ければそれで良いんじゃ…それがこの村のシキタリなんじゃよ!」

その夜、吾助の心に何かが生まれた…

〜数年後〜

村人「名主ど〜ん!名主の吾助ど〜ん!今月の貢ぎ物もってきたダニよ~!いつもの通り神様に届けてくれたダニな~!」

吾助は名主の一人娘に婿入りして名主を継いでいた

吾助の代になって変わったことは、神様への貢ぎ物と言う名目の着服金の額を低く設定し、その代わりに毎月収めさせる事にした。

これにより村人達の負担は軽減され、しかも安心感は毎月継続するようになり、空模様に一喜一憂する事は無くなった

これが吾助なりの「改革精神!」であり、自身の体は温泉街での暴飲暴食により太り始めて生活習慣病になっていたが吾助は思っていた「これは職業病で仕方がない!何しろわしは人身御供じゃからのぅ~!ワッハッハー!」

因みに前名主は憑き物が落ちた様にサッパリした顔つきで権力は無いが自由な時間を持ち、趣味に打ち込む日々を過ごしているそ〜な…

村では金色の風にたわわに実った稲穂が揺れ、村人達も名主も皆んながそれぞれの尺度で満足そうに眺めていた…

めでたし…!めでたし…!




#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門


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