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その男 「静田」…

「あらすじ」
静田と言う男は村で唯一読み書きの出来る流れ者。伝えたい事も無く、内容を吟味する事も無く、ただ意思伝達手段としての文字を使いこなせるだけなのだが、村人達は彼をインテリジェンスリーダーとして祭り上げる。そして、その事を静田は良く理解していた。やがて村を混乱した挙げ句に忽然と消える。しかし、静田は知っている。行く当てなど幾らでもある、世の中は内容よりも雰囲気が大切だって事を…

〜「本文」〜

その村に現れた流れ者の名は「静田」と言い、村で唯一人読み書きができた。

村人達は文字の存在は知っていても、それを必要としない生活があった。人格者として慕われた和尚さんでさえ、それ程読み書きはできなくても村のまとめ役的機能は立派に果たしていたのだから…

しかし静田が現れて以後、様子が段々と変わりはじめる。

最初は子供達が読み書きを習いに来ていたが、いつしか大人達もやって来るようになり、親しくなるにつれ家族や村人同士のもめ事まで持ち込む人が現れはじめた。

やがて彼の住まいはサロンとなって行く…

彼は子供達に教える時や大人達の相談に応じる時は必ず、被っているハンチング帽を斜めにずらし、得意げに少し鼻を膨らますのである。

新たなる時代の幕開けを感じさせる明治の初め、村人達は「静田」に新しい風を感じ、村の仕組みを時代に合わせて作り直そうという機運に繋がっていった。

そんなムード漂うある日、村の決め事を「今流行りのケンポーとかホーリツとかでやって行くべーよー」と言う事になり、誰かが何処からか分厚い法律の本を何冊か持って来た。

当然、静田以外に読める人はいないのだから村は彼の独り舞台であった。

しかし和尚は知っていた、字面だけ読めても法律の勉強もせずに内容も仕組みも理解していなければ法律の運用など出来ず、六法全書は宝の持ち腐れである事を

しかし「サロンド静田」に集まる人々は、時代の変革期を機に今まで目立つこともなく過ごしてきた人生に別れを告げるべく村内に「改革委員会」なるものを立ち上げ今までのシキタリをどんどん無くしていった

やがて自分達の都合の良い様に村の決め事をし、挙げ句の果てに静田グループ内で揉め始めた

静田グループに属さない少数の人達は和尚の下に集まり、帽子を斜めに被っている奴らを「静田被りをしたバカ者が」と蔑み、和尚はそんな村人達を危なげに眺めていた

そんな時、旅帰りの村人が遠くの村での数年前に起こった話を仕入れてきたのだった

その話によると、その遠くの村でも静田と名乗る流れ者が来たらしく、数か月滞在し、村中をしっちゃかめっちゃかの混乱に陥れ突然消えたらしいのである。

子供達に教える内容も最後の方は嘘ばっかりで

「ねずみ」はスペイン語の「ネイズ・ミー」から「毛虫」はスロバキア語の「ケイム・シー」から来ているなど、いい加減なことばっかり言っていたようで、被っている帽子の角度もその得意気に比例するように、斜めを通り越し段々と真横になっていき、そのうち誰も相手にしなくなったらしい。

和尚陣営はさもありなんと思っているうちに静田の回りから人々は去ってい行き、村人達の帽子もだんだん真っ直ぐになり始めた頃、忽然と彼は消えた。

それでも静田は知っている、行く当てなど何処にでも有る!意味や内容よりも雰囲気が大事だということを…

その後和尚達の村では、いきがって知りもしない事をいいかげんに言っている奴がいると、そいつの帽子を叩いて斜めにずらしながら「おめえ、静田被りでねえのがー!」とからかうのが常になっていった。

やがて年月を経て「静田被り」が「知ったかぶり」に変化していったのは周知の事実である。

いずれにせよ「読めるだけ」「見えるだけ」では何の意味もないし珍しくも何ともない。

そこにある意味や物語を感じ取らなければ知識は武器と成ってしまう。

即ち使う人の人格が試されるのである。

#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門

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