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子育てとブラサカの両立を目指す女子日本代表|橋口史織選手

女子ブラインドサッカー史上初の国際大会「IBSA 女子ブラインドサッカートーナメント 2017」で優勝し、世界一に輝いたブラインドサッカー女子日本代表。そのチームのなかには、今年母親となった選手がいます。橋口史織選手(はしぐちしおり/ラッキーストライカーズ福岡/全盲)です。

視覚に障がいはなく、保育士として働いていた橋口さん。しかし、2006年、26歳のときに、コンタクトレンズ使用のための定期検診で緑内障と白内障の合併症が発覚しました。次第に視力が低下し全盲となった2008年に、福岡県筑紫野市の特別支援学校に入学。特別支援学校での出会いをきっかけに、マネージャーとしてブラサカに関わり始めた彼女ですが、いまは女子日本代表の選手として活躍しています。

今回は、一児の母として育児とブラサカの両立を目指す橋口さんにインタビュー! 橋口さんのこれまでのブラサカキャリアから、女子ブラサカの普及についての課題と、出産後のパラアスリートのサポートについて話していただきました。

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ブラサカチームが、目が見えなくなった自分の居場所になった。

ーー橋口さんのブラサカとの出会いを教えてください。

私の特別支援学校の教科担任だった三原健朗先生が、ラッキーストライカーズ福岡の選手で、当時、ブラサカ男子日本代表のキャプテンをしていました。あるとき三原先生から「練習を見に来ないか?」と声をかけていただいて、妹と盲学校のクラスメイト数名と一緒に練習を見学に行きました。

初めて練習を見学したときは、正直、どんな練習をしているのかはあまり見ていなかった気がします。ただ、練習場の芝生、風、青い空がとても気持ちが良いなとか、大会前に真剣に練習していたチームの雰囲気がかっこいいなとか、そんなことを思っていました。不思議と居心地の良さを感じたことを覚えています。あと、差し入れで持って行ったドリンクを、みんなが喜んで飲んでくれてうれしかったことは印象に残っています。なんだか部活のマネージャーのような気分でした。

いま思い返すと、まだ見えなくなって間も無かったので、自分の居場所を探していたタイミングだったのかもしれません。目が見えなくなって、周りから何かを”してもらう”ばかりになってしまっていた私は、「目が見えなくなった私でも役に立てることはないだろうか」と思っていました。

ーーその後、マネージャーとしてラッキーストライカーズ福岡の一員になったとうかがっています。マネージャーをしていたときには、どんなところにやりがいを感じていましたか?

とにかく、チームのために何ができるかを考えていました。どうやったら選手たちが万全のコンディションで試合に集中できるか。「私はフィールドで戦うことはできないけれど、ベンチで一緒に戦っているんだ!」と思っていました。ベンチも戦場だ! と(笑)

そうすることで、チームのみんなで喜びも悔しさも一緒に共有できることが、とてもうれしかったです。

ーーマネージャーから選手になったきっかけを教えてください。

2016年にチームで選手が足りなくなってしまい、このままでは試合を棄権しなければいけないという状況でした。そこで、私が選手として出場することにしました。とりあえず人数合わせの出場でしたが、私が出たから負けるのは嫌だと思って、短い期間でしたがしっかり練習しました。

ーーはじめて選手として試合に出場したときの感想を教えてください。

すごく楽しい! ベンチにいるより時間が短く感じる! もっと試合に出たい! と思いました。

試合は前後半で無失点、PK戦で負けてしまいましたが、精一杯取り組んだぶん充実感がありました。もっと試合をしたくて、運営スタッフの方に「空いてるコートは使えないんですか?」って聞いていました(笑)

ついこのあいだまで、ボールを蹴ることもできず、声を出すことしかできなかったのにです。

ーー相当楽しかったんですね(笑)

チームメイトは、初心者の私のぶんまで頑張らないといけなかったかもしれませんが、そのおかげで私はとても楽しかったんです。白杖も持たずにフィールドを自由に走り回れること、そして仲間を信じてチームプレーをすること。ブラサカの魅力を少しだけ体感することができました。

それから、レフェリーの方の存在も、競技に対して恐怖心を抱くことなく、またやりたいなと思えた理由の一つでした。初心者だと見えない中で予想外の動きをしてしまって、相手に怪我をさせたり、自分も怪我をしたりする危険性が高かったと思いますが、安全にプレーができるようにしっかり見守ってくださっていたんだなと思います。

ーーブラインドサッカーを始めるまでスポーツはしていたんですか?

目が見えていた頃にはバトミントン、テニスをしていました。目が見えなくなってからは、特別支援学校の体育の授業で運動するくらいでした。

ーー改めて振り返ると、橋口さんはブラサカのどこに惹かれたのだと思いますか?

ブラサカに惹かれたきっかけは「人」だったんだなと感じます。仲間と一緒に過ごす時間が楽しいというところから入りました。競技にというより、頑張っている仲間の姿に惹かれたんです。チームメイトが一生懸命に練習する姿がとてもかっこよくて大好きで。チームのみんなに恋をしていた感じでした(笑)

競技としてブラサカが楽しくなってきたのは、だいぶ後のことです。

ブラサカ女子日本代表への挑戦

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写真・右から4人目の背番号6番が橋口選手

ーーブラサカ女子日本代表が発足すると聞いたとき、どんな気持ちでしたか?

ブラサカ女子日本代表が発足するということは、監督を務めることになったJBFAの村上重雄さんからの電話で知りました。当時はまだ、チームの人数が足りず試合に出ただけで、自分の本業はマネージャーだと思っていたので、「試合出てたよね? やってみない?」と言われたときには耳を疑いました(笑)

「代表なんてなれません! そもそもサッカーをするのが好きなのかわからないし、ボールもうまく蹴れません」と言ったら「だったら練習すればいいじゃない」と言われました。なんて簡単に物事を言う人だ・・・・・・、と思いました(笑)

でも、一度試合に出てみて楽しかったし、せっかくのチャンスなんだからチャレンジしないともったいないと思いました。嫌になったら辞めればいいか、と考えて女子日本代表に参加することにしました。それがここまで続けているとは・・・・・・私自身が驚いています。

ーーブラサカ女子日本代表発足からこれまでの成果として、どんなことを感じますか?

女子日本代表チーム発足時は、みんなボールを蹴ることすらちゃんとできないような状態でした。しばらくの間は、監督やコーチから指示されたことをすることだけで精一杯でしたが、今は選手たちがみんなで何をやりたいのか、どうしたいかなどを話し合えるチームになってきたと思います。

私個人としての成果だと、ずっと苦手だったサッカーに興味を持てたこと、好きだと思えたことが大きな成果だと思っています。

ーー現在、日本国内のクラブチームでプレーしている選手は369名(※1)います。そのなかで、視覚障がいの女性選手は19名(※2)。毎年少しずつ増えていますが、ブラサカをプレーしている女性は決して多くありません。JBFAとしても女性競技者の普及・育成が課題だと捉えています。橋口さんは女性への競技普及のどこに難しさがあると思いますか?

やはり恐怖心が大きいと思います。女性の競技人口が少ないため、現状日本の国内大会は男女混合で行われています。各地域にあるチームも男性が多く、コンタクトの激しさに、ブラサカを始める段階で、どうしても恐怖心が生まれてしまうと思います。

できるならば、女子日本代表の練習を全国各地で開催して、ブラサカに興味のある女性の見学者や体験者も募ることができればいいなと思います。そうして、ブラサカを初めてプレーする段階が女性中心の環境であったら、恐怖心は減るのではないかと思います。

また、盲学校の授業などでブラサカができれば、より身近でチャレンジしやすい競技になるのではないかと思います。

※1:2021年10月時点でチーム登録をしている、選手(晴眼者+視覚障がい者のフィールドプレーヤー・ゴールキーパー)の人数。
※2:2021年10月時点でチーム登録をしている、視覚障がいの女性フィールドプレーヤーの人数。

子育てとブラサカの両立を。
これからの女性パラアスリートのためにも。

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写真・トロフィーを掲げる橋口選手

ーー2018年の12月に弱視の男性と入籍し、2021年にご出産もされた橋口さん。出産後も競技を続けようと思った理由は何ですか?

ブラサカを辞めたくないと思った理由はいくつかあります。

まずは、まだやりたいことができていないという思いがあるからです。約4年間選手としてブラサカに取り組んできて、いまようやくプレーを楽しめるようになれたところです。中途半端なままで終わらず、試合でゴールも決めたいし、少しでもチームの勝利に貢献できるプレーヤーになりたい。まだまだそんな気持ちがあります。

そして、ブラサカを続ける一番の理由は、息子が大きくなってから「ママは日本代表として頑張っていたんだよ」と胸を張って言いたいからです。自己満足だと言われてしまうかもしれませんが・・・・・・。ただでさえ、他のお母さんと比べると、私はできないことが多くて、子どものためにしてあげられることが少ないと思います。それでも、母親として何かを頑張っている姿を見せたい、そして息子にも自分に自信を持ってもらいたいと思っています。

ーー競技を続けることに迷いはありませんでしたか?

とてもとても悩みました。正直、いまもこの選択をして良かったのかまだ不安でいっぱいです。母親としての責任と、ブラサカ女子日本代表選手としての責任。仕事に復帰してからは両立が本当にできるのか・・・・・・。どうすることが一番良いのか、まだ手探りの状態です。

ーー出産後に競技を続けることに関して、誰かに相談をされましたか?

もちろん夫とは何度も何度も話し合いました。いまも子どもの成長・変化のたびに話し合いをしています。

子育て中の友人や知り合いにもいろいろ話を聞きました。やはり自分だったら子どもを置いていけないという意見の方も多く、「子どもを置いていくなんて虐待になるんじゃない?」とも言われました。

でもなかには、「ママが頑張っている姿を子どもに見せるのは良いことだと思うよ」「子どもを理由にブラサカを諦めて、子どもは喜ぶのかな?」と言ってくれた人もいて。

ーー現在は子育てと競技をどのように両立していますか?

チーム練習や自主練習には、息子も連れて行っています。夫やチームメイトの家族の協力などがあって、練習しているあいだは面倒をみてもらっています。

本当はジムに行ってもっとトレーニングをしたい気持ちもありますが、いまはまだ難しいので、できる範囲で取り組んでいます。最近友人から「子育てしながらスポーツ頑張っててすごいね」と言ってもらえて少し安心しました。

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写真・背番号6番が橋口選手

ーー今後、子育てと競技を両立するにあたって、橋口さん・ご家族・ラッキーストライカーズ・女子日本代表チーム・JBFAの間で、どのようなことが必要だと思いますか?

子育てと競技の両立をする人には、周りに理解してもらうこと、寄り添ってもらうことが、一番大切だと実感しています。いまは、私のことを理解して寄り添ってくれる人たちの存在が、頑張る原動力になっています。

JBFAにも、いろいろな支援の提案をいただいたり、私の希望を聞いていただいたりしています。子どもの状況によって、月ごとに練習スケジュールの希望などが変わってしまうのですが、可能な限り対応していただけていると感じています。

私自身は、いまできることに精一杯取り組むこと、できていないことではできるように工夫していくことで、寄り添ってくれる仲間たちに恩返ししなければと思っています。

ーーブラサカ女子日本代表のチームメイトのなかにも、数年後に橋口さんと同じように出産・育児と競技の両立に悩む選手も出てくるかもしれません。ブラサカ界に限らず女性パラアスリートにとって、橋口さんの経験は大きな意味のあるものになると思います。橋口さんの今後の目標を教えてください。

いま目標は三つあります。

一つ目は、試合で息子と一緒に選手入場をすることです。女子日本代表として、息子とピッチに入ることができたら最高だなと思います。

二つ目は、女性のブラサカ選手の競技人口が増やすことです。ブラサカには本当に大きな力があります。競技を通じて出会った人たちが、いま自分を支えてくれています。一人でも多くの女性にブラサカの楽しさを体験してほしいなと思っています。そして女子ブラサカもパラリンピックの種目となる日が来ることを願っています。

三つ目は、今後、私と同じように子育てと競技の両立にチャレンジするパラアスリートのための環境づくりに貢献することです。子育てと競技の両立は、やはり簡単なものではありません。でも、まずはやってみることが大切だと思っています。最初から諦めてしまっては、心残りが大きくなるばかり。チャレンジしてみて、うまくいかないことがあっても、経験したことを次につなげていくことができるならば良いのではないかと思います。今後、子育てをしながらチャレンジする仲間の良き理解者になれたらと思っています。そのために私も頑張ります!

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編集後記

最後までお読みいただき、ありがとうございます。ブラサカマガジン担当の貴戸です。橋口さんもインタビュー内で言っているように、ブラサカ女子日本代表チームには、2017年の結成当初はボールをちゃんと蹴ることもできなかった選手もいました。それでも、代表チームでの合宿とそれぞれが所属するクラブチームでの練習を重ねて、特に守備面で組織的なサッカーができるようになりました。ブラサカ女子日本代表は、全員が努力をできるチームです。

世界的に見ても女性のブラサカ競技人口は少ないのが現状です。女子代表チームがある国自体が数カ国にすぎず、女子ブラインドサッカーはまだパラリンピック種目ではありません。しかし、ブラサカを応援してくださる皆さまと力を合わせて、努力する選手たちの活躍の場を整えることは私たち競技団体の使命です。彼女たちのプレーする姿は、同じようにスポーツに打ち込んでいる人や困難を乗り越えようと努力している人、ひいては社会に対して、強いインパクトを与えられるはずです。ぜひ、皆さんもブラサカ女子日本代表を応援し、女子ブラインドサッカーの発展に向けてともに歩んでいただけたらうれしいです。

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