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海外で働いて、うんがついていた話し

入社3年目で香港赴任、中国市場担当になった。
仕事は、毎日中国の電機工場を訪問して、CD player用のキーデバイスを販売することであった。
当時、先進国ではレコードに代わりCD playerが急速に普及していた。
順序で行くと、次は中国市場が立ち上がる予定であった。

中国市場黎明期、私は毎日のように、初見の中国電機工場を訪問していた。
しかし、CDプレイヤーが何であるかをまだよく理解していないケースがほとんどで、9割方商談は上手くいかなかった。
今日はなかなか上手くいかないどぶ板営業のなかで、うんがついていた商談について書いてみる。

それは、四川省にある長虹電器を訪問した時の話しである。
長虹電器は、当時、中国で1位、2位を争うテレビメーカーであった。中国が経済発展を目指すために取られた政策の1つとして、巨大な軍事工場が電機工場に改造されたものであった。

長虹電器は元は軍事工場のため、敵から攻撃されにくいようにと、山奥に配置されていたので、工場は訪問するだけで一苦労であった。

深圳から四川省の省都である成都まで飛行機で入る。成都はまだ外国人が珍しい時代であったが、何故かそこには立派なHoliday in Hotelがあり、そこで一泊する。
翌朝、ホテルから運転手付きのバンを借りて、一路長虹電器のある綿陽という街を目指す。朝7時過ぎにホテルを出て、昼食や短い休憩を取る以外は、走りっぱなしで、夜の9時頃に綿陽に到着する。

街には薄暗い街灯しかなく、あたりは真っ暗。道路の横には建物がところどころあるようであるが、とにかく暗くて、さだかではない。
そんな中、ここで晩御飯を食べますと、運転手はバンを停めた。
辺りは真っ暗、どこに何があるのかよく見えない。おまけにガタガタ道を14時間近く走り続けたため、車から降りても、まだ、体中がガタガタと揺れていた。

目が慣れてくると、そこは、扉のない納屋のような建物であるのが分かる。我々は運転手の後ろについて、その中に入る。納屋の中には小さな裸電球が1つあるだけで、これまたよく見えない。それでも目を凝らすと、お風呂場にあるような椅子とちゃぶ台があることが見てとれ、そこに皆で座る。

運転手が、ここの羊肉の焼き飯はいけるから、皆それでいいかと私達に聞く。あまりの展開に言葉を継げず、我々は真っ暗な中で頷く。すると、運転手は私には分からない中国語方言で店主にオーダーをした。

しばらくすると、店主がお皿をちゃぶ台に持ってくる。薄暗い中、お皿はぼんやりと分かるのだが、料理はよく見えない。その見えない料理に手さぐりでスプーンを刺して、口に運ぶ。
なにかとんでもない所まで来たなぁと思いながら、焼き飯を嚙み締めた。味はかなり美味しい方であった。

ホテルは、真っ暗なレストランよりはかなりましであった。木造四階建てで、古びた旅館のような感じであった。小さな裸電球ではあったが、廊下や部屋に幾つもついており、目をこらさなくても見えるくらい明るかった。食堂もあるのだが、我々の到着時間が遅く既に今日は閉まっていた。
部屋にはバスタブもあり、長旅の疲れを癒そうと、お湯をためた。当然のことながら、出てくるお湯は黄色で、バスタブに貯まるにつれて、その色は濃く感じられた。

よく朝は、旅館を朝7時に出発、さらに1時間ほどバスに揺られて目的地の長虹工場についた。
灰色のコンクリートで作られた巨大な工場である。受付を済ませて、屋内に入り3階にある会議室に案内してもらう。廊下や階段、会議室も、装飾等は一切されておらず、コンクリートがそのまま剥き出しになっており、オフィスビルというよりかは、まるで倉庫の中にいるような感覚になる。

今回は、初訪問ながら、なんと長虹電器の総経理、会社のトップの人がいきなり会ってくれるとの話しである。
アポを取り付けた代理店の担当者は、この案件は相当ポテンシャルがあると鼻息が荒い。

8時半からの会議には未だ時間があり、私は案内してくれた社員の人にトイレの場所をきく。男性トイレは一階下にあるとのことで、そこに向かった。
トイレは中国の中でも古い形式の質実剛健スタイルのものであった。
窓はあけっぱなしで、冬の冷たい風が吹き抜けている。床の白色のタイルが全体的に歪んており、ところどろ剥げている状態。
恐ろしいことに、大きい方をする場所は、なんと個室になっていない。溝が横に大きく掘ってあり、その上に、高さ50cmほどの衝立で、正面と両脇が仕切られている。

トイレの入り口から入ると、ちょうど正面にそれがあり、なんとそこにしゃがんでいる人の上半身がまる見えである。
おまけに、その人はこちら向きにしゃがんで、新聞を読んでいるのであった。
あまりの風景に思わず驚きの声を出しそうになるのを抑えながら、しゃがんでいる人に背中をむける位置にある、小便コーナーへと歩を進めた。
小を済ませて、トイレから出る時に、思わず振り向いてしゃがんでいる人を2度見した。と、その時、相手の人がちょうど新聞をめくり、目と目が思わず合ってまい、慌ててトイレを後にした。

殺風景な会議室に戻ると、我々のチーム以外に、商談相手側の人が3人ほど揃っていた。副総経理、エンジニア部長、購買部長の3名で1人づつ名刺を交換をした。
まもなく総経理もやってきて、会議がスタート。当時の商談の成功確率は、10社に1つくらいで、代理店がポテンシャルがあると言っていても、だいたいは上手く行かなかった。

ところが、この日は相手側がCD playerがどんなものか既によく勉強しており、試しに200-300台、少量生産したいということで、驚くほどスムーズに話しが進んだ。そして、イニシャルオーダーをその場で貰えることになった。

珍しく双方がハッピーな雰囲気の中、meetingが終了。私は相手の目を見ながら、1人1人としっかりと握手を交わした。
そして、最後に総経理と握手を交わし、目と目を合わせたときに、ハッと気づいた。
そう、今朝のトイレで大きい方にしゃがんでいた人、総経理の目は確かにその人の目であった。

残念ながら本人に確かめるすべはないが、これだけ、うんよく商談が進んだことがそれを証明していた。
珍しく、うんがついていた商談を終え、お昼前に我々は工場を後にした。
この後、また14時間揺られながら深夜に成都着となるが、我々の気持ちは明るかった。

おわり




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