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『悪魔のスピーチ術』 なぜ人々は何度もトランプの言葉に操られてしまうのか?

もう間も無く2021年も終わりに近付いている。この記事を書き始めたのは1月6日。アメリカ議会がカオスと化し、国の一部が崩壊し始めている様をニュースが衝撃だった。結果的にこの記事をしばらく経ってから公開するに至った理由は、知ってることをどこまで細かく話すべきか、載せたら非難の声が出るのではないか、と葛藤があったからだ。しかしながら、何とか私が話したいことをまとめて書き終えた。その全貌を余すとこなく存分にお楽しみいただきたい。


まず初めにこの記事をご覧になっていただいてる皆様へ、私が決してアンチ・トランプでもなければ彼の熱烈な支援者でもないこと、あくまで中立的な観点からコミュニケーション術というカテゴリーに注視して書いたものであるということをご理解いただきたい。トランプ元大統領は、ビジネスマンとしては非常に優秀で、アメリカ合衆国という国において、大統領という職には不向きだったというだけで。


おわりのはじまり


新年早々、アメリカでトランプ支持者たちが、連邦議会に乱入し、大統領選の投票結果を認定する議会の手続きが一時停止する、という前代未聞の事件が起きた。アメリカ合衆国の民主主義は崩壊したと全世界のメディアで報じられていたのが、まだ記憶に新しい。なぜここまで大々的に報じられる事件となってしまったのか?トランプ支持者らを反乱・テロリズムへと駆り立てた一つの要因として報じられているのが、トランプ元大統領自らがホワイトハウス前で開いた集会である。自分は決して敗北を認めないと約4000人あまりのサポーター達に向かって演説し、強い口調で「連邦議会議事堂へ向かい、我々が正しいということを証明しよう!」と促していたのだ。よって多くのメディアはこの事件がトランプ自身による自主クーデターであると報道。支持者を意図的に煽る演説を行ったトランプ氏への批判が高まり、議長を務めたペンス副大統領、ミット・ロムニー上院議員ら共和党陣営からも暴力への批判や選挙結果の正当性を認める発言が多発した。結果的に、これが引き金となってトランプ政権内部からも辞任する者が後を経たなかった。

司法省は議事堂に侵入した者は約800人程だと推定、民兵による関与や現役の軍人の参加なども国防総省が確認していて、2月下旬までに少なくとも31人の侵入者が逮捕されている。アメリカのみならず世界中でカオスと民衆主義の完全崩壊を目にした恐怖心とアメリカ合衆国終焉の声が一夜にして広がった。トランプ元大統領へ全米からの痛烈な批判の声を受けて、トランプ元大統領本人は1月7日夜にTwitterに投稿した動画で「整然とした」政権移行を約束。前年の選挙についての事実上の敗北宣言をして一連の騒動は幕を閉じた。4人の命が失われたこの衝撃的な出来事で、これまでのトランプマジックが解け、まっとうな共和党員は距離を置き、トランプ氏の政治的影響力にも変化が出てきていると言われている。その一方で、私が最も心配しているのが、残った支持者達が今後ますます「カルト性」を強めていくのではないかという点。一体なぜ、ワシントンの集会に集まった群衆は、トランプ氏のスピーチによって言葉巧みに操られ、このようなテロを起こしてしまったのだろうか?



洗脳大国アメリカの実情


2020年は米国の政治的歴史史上における最もカオスと化した一年のひとつであったと言えるだろう。そんな中、今全米で大ヒット中の一冊の書籍がある。『トランプのカルト:カルト教団専門家が教える大統領のマインド・コントロール術』と題された、その本の表紙は、元大統領の姓と彼の支持者たちがよく身に着けている赤い野球帽が大きく描かれている。中央にあえて浮き彫りにされた白文字の『カルト』という言葉が目立つ。この本は元アメリカ大統領の実績を称賛したものでもなければ、政治志向を批判するものでもない。これは全米中が今最も注目を集める、ひとつのカルト集団についての話である。


私自身がトランプ元大統領のマインドコントロール術を研究し始めるようになったキッカケとも言えるこの本は、カルト信者に焦点を当てたトピックを長年の間にわたってタブーとしてきた、我々日本人にとっても今非常に重要な読み物かもしれない。確かに、一般世間ではもちろん、メディア、一部の精神科医、および他の多くの専門家によって、これまで様々なトランプ元大統領の言動について意見が飛び交ってきた。その一方で、敢えて標的を作り身内の結束を固めようとする彼のスタイルは、心理的に人々を洗脳する上で強烈な効果をもたらし、彼に従い、彼に投票し、彼の為に行動し、そして良くも悪くも、非常に強く執着し続けるように人々を駆り立てることに成功した。『トランプのカルト』に出てくる優れた説得力のある解説を読んだ後でも、実際にトランプを教祖とする「カルト集団」があるかどうかについては議論の余地があるものも、カルトとその仕組みについて、現在科学的に証明可能な知識に触れておくことは、アメリカのみならず私たちの国を含む世界がいかにマインドコントロールで溢れているかという現状を理解するのにとても役立つ方法であると言えるだろう。


心理学という医療制度

私は世界中の心理カウンセラーとその研究に携わることが出来る貴重な経験に恵まれてきた。今現在はエンターテインメントの分野に特化した心理学の仕事をしているので、カウンセリング等は行ってはいない。しかし脳科学から精神医療、催眠療法に至るまで、光栄なことにありとあらゆる分野のトッププロ達から直接、広範なトレーニングをご指導頂くことができた。そんな経験とバックグラウンドから、トランプ元大統領自身の精神状態をプロファイリングすることによって、カルトとはどのような構造で成り立っているのか、またいかにして彼は群衆を操ることに成功したのかを紐解いていきたい。

何度も言うようだが、これは私の政治的見解やその類の偏見などによる情報の特定は一切無く、あくまで独自の観点からトランプ元大統領の行動、発言、そして彼がアメリカに及ぼした影響に基づいて、長期間にわたって非常に体系的に研究してきた、その内容の一部である。



政治と心理学の関係

アメリカにはアメリカ精神医学会 (APA)が定めた医療倫理原則というものがあり、その第7条に、『ゴールドウォーター・ルール (GR)』という有名な取り決めがある。精神科医や心理学に精通する医師らが、公衆の注目を集めている人物や、公共のメディアを通じて自身に関する情報を公開している人について、専門的な知識や見解を公開・提供することは非倫理的であるという原則だ。このルールによってアメリカの大統領はじめ多くの著名人らは長年、精神状態が危険なレベルであったり、特定の思想を間接的に一般国民に植え付けようとしたりしていたとしても、心理学者や精神医療の専門家らがそれを公に指摘して警告をならすことが出来なかった。しかし先の2016年第58回アメリカ大統領選挙から、トランプ元大統領が前代未聞の強気な発言スタイルで公の場に登場し始め、マインドコントロールやメンタルヘルスに対する人々の注目度が一気に高まった。その結果、ゴールドルールの体系的な見直しが検討され始め、精神科医が政治に関わる人に対して調査や研究を積極的に進め始める。著書「ドナルド・トランプの危険な兆候―精神科医たちは敢えて告発する」では作者のバンディ・X・リー氏が開催した会合に、直接診断していない有名人に対して精神科医がコメントを出してはいけないというこの古風な倫理規定を超えて、ハーバードのロバート・J・リフトン精神医学博士や、ジュディス・ハーマン氏などの名だたる全米の精神科医・心理学者たちが一同に集結、トランプ元大統領の言動がアメリカにもたらす危険を多面的に論じ話題になった。いかにマインドコントロールが危険であるか、専門知識を持つ法医学精神科医としての彼女達の功績は、直接誰をカウンセリングしたか、誰の専属カウンセラーをしていたかではなくて、彼女達の行動と発言に基づいて今現在多方面から評価されている。

では、ここ最近になってマインド・コントロールや情報操作、陰謀論について触れられる機会が非常に増えてきたのはなぜだろうか。人々がトランプ元大統領の言動にそれほど敏感になったのはなぜであろうか?またどうしてトランプは明らかに無秩序な偽の真実を作り上げたにも関わらず、一部の有権者達にそれを信じ込ませることに成功してしまったのか。おそらく多くの人が、コロナの影響であると考えているだろう。私もその要因は、非常に大きいと考えている。家で退屈していて、仕事もない、前例のない虚無感に世界中が包まれていた時、一部の人々に勇気と生きる希望のように見える”代替現実”が突如として登場する。絶対的なリーダーの存在を崇める人もいれば、とりあえずその人の言うことを聞いてみたら心が満たされていったと感じた人もいる。一方で、家族や友人、身の回りの人たちがそうなっていってしまうのを、客観的にみて恐怖に感じた人もいただろう。

しかし、人々のマインドコントロールへの関心の高まりは長い歴史がある。フロイト(※3)の甥であるエドワード・バーネイズの著書、『プロパガンダ(1928)』で彼は、世界で初めて心理学をビジネスや政治と結びつけて分析した。ちょうどそのころの時代背景として、広告や企業戦略、政府の情報操作などへの民衆の注目の高まりがあった。どうすれば人々に必要としていないものすら買わせることができるか。効果的な影響力の強化方法。有名人が人気の秘訣などなど。現在となってこそ人気なトピックで、この類の書籍は日本でも多数、本屋に並んでいるが、90年以上前に何百もの心理学的技術が解説されていたこの本は大ベストセラーになった。このバーネイズに関する歴史は、アダム・カーティス監督の手によってBBCのドキュメンタリー映画にもなった。『自己の世紀 (The Century of the Self)』と言うタイトルのこれまた優れた映画だ。

1970年代後半からから80年代半ばにかけて、今度は世間の”カルト”への関心が急上昇し、1992年にアメリカの精神医学専門組織「Group for the Advancement (GAP)」が発表した『Leaders and Followers:A Psychiatric Perspective on Religious Cults (リーダーとフォロワー:精神医療の観点からみるカルト宗教)』が世間から第注目を浴び、カルトという異色な話題への人々の興味が最高潮に達した。しかし30年近くたった今でも、カルトへの人々の関心は依然として顕著なものであると言えるだろう。テネシー大学の研究では、米国には少なくとも現在5000の有名なカルト教団があり、メンバーは各団体平均数千人以上に及ぶ可能性があると述べられている。



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