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銭湯

何処かの銭湯
風呂場の壁には掠れた富士山
女が二人、湯船でゆったり喋っている

「ニュース見た?」
「見た見た」
「まだ捕まってないんでしょ?」
「買い物どうしようかしら」
「誰も気付かなかったのかしらね」
「ほんとやんなっちゃう」

がらがらがら

扉が開き、熊が一頭入ってくる
ちょっと大きめの裸の熊

「あら、熊さん」
「こんにちは」
「お仕事?」
「ええ」

熊は蛇口の前に座るとお湯をひねって体を洗い始める
風呂場に静かに響き渡るごわごわとした泡の音
ごしごしごしごし

「熊さんも気を付けてね」
「何かあったんですか?」
「あら、ニュース見てない?」
「朝から仕事だったので」
「逃げたのよ、熊が」
「え?」
「駅前の銀行あるじゃない?」
「はい」
「あそこの熊、お昼休みに鎖引きちぎって」
「まあ」

がらがらがら

そこへ女が一人入ってきて、直ぐまた脱衣所へ引き返す
気にせずお喋りを続けている女二人と熊一頭

「皆さんも一度試してみては如何でしょうか」
「ありがとうございました」
「続いてはお天気です、呼声さん」
「はーい」
「すみません」

男がフロントで天井のテレビを眺めていると横から声が飛んでくる
振り向くと今さっき来た女が暖簾から顔を出している

「あの、熊がいるんですけど」
「あ、大丈夫ですよ」
「え?」
「雌なんで」
「あ」
「はい」
「えっと」
「あ、シャンプーとかは全部中にありますんで」
「あ」

解決したのかしてないのか分からないまま暖簾の奥へ引っ込む女
風呂場のドアをそっと開けてもう一度様子を確認する

湯船につかる白い素肌
湯船につかる黒い毛並み

女はこっちで素っ裸のままお尻をつき出して動けない
そろそろ身体が冷えてきたけど
如何せん事態を飲み込むにはもう少し時間が掛かりそう


終わり

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