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何処かの短編

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とある何処かの、ちょっとおかしなちょっとした話
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待合室

とある待合室 若い男と中年の女が静かに順番を待っている 無音のモニターに流れる症状と対策 ちょっとだけ開いた窓からの風でカーテンが時々揺れいてる と、そこへ男が一人やって来る 「こんにちはー」 「予約してないんですけどぉ」 「大丈夫ですよぉ、保険証お持ちですかぁ?」 男はお尻のポケットから財布を取り出すと保険証を引き抜いて女に渡す 「ありがとうございまぁす」 「あの、初めてなんですけどぉ」 「大丈夫ですよぉ」 「どれぐらい、結構掛かります?」 「そうですねぇ、一時間く

電車

とある電車 今日もいつも通り空いている車内 座っていたり立っていたり 各々の時間、各々の世界 わん と、何処かで犬が吠えて一斉に皆が目を向ける 三人席の隅っこ 女の足元の籠がごそごそと揺れている ずくずくずくずく 「おいちょっとそこのあんた、この女起こしてくれちびりそうだ」 「大人しく言う事聞いてりゃ直ぐにこれだよ」 「全く何様のつもりなんだ人間は」 「くだらねぇ散歩、フリスビー、はいどうぞ」 「頼むから他にもっとなんか無いのかね」 「痛くて寝れたもんじゃねぇ」 真ん

タクシー

とあるタクシー 走る街中はまだまだ賑かな夜の時間 後部座席で女が一人、流れていく景色をぼんやり眺めている 「そしたら誰もいないんですよ」 「あれ気のせいかって思って」 「で、戻ってテレビ見てたんですよ」 「そしたらまたこんこんて」 「あ、やっぱり気のせいじゃなかった」 「出たんですよ」 「誰もいないんですよ」 「で、ドア閉めて振り返ったら目の前に全身丸出しの女の人が」 「曲がっちゃいますね」 「はい?」 話しかけられたのが自分だと気が付いて女は咄嗟に返事を返す 「時

ボーリング場

何処かのボーリング場 男が一人、端っこのレーンで黙々とボールを転がしている 場内は何時もと変わらず今日もがらがら がこーん 「お待たせ致しましたぁ」 「すみませんボールが戻って来なくて」 「あー、少々お待ちください」 そう言うと店員はレーンの脇を走って奥の暗闇へと消えていく その背中を見送って、男は店員の帰りをじっと待つ じっと待つ じっと待つ じっと待つ 「お待たせ致しましたぁ」 「すみません店員さんが戻って来なくて」 「あー、少々お待ちください」 そう言うと次の店

横断歩道

とある横断歩道 お互いを器用に避けながら反対側へと渡っていく人達 赤に変わった信号で、男が一人立ち止まる 「すみません」 と、誰かが声を掛けてくる 振り向くと、歳のいい髪の長い女が一人 「ちょっとお願いしたい事があるんですけど」 「はい」 「一緒に渡ってもらってもいいですか?」 「はい?」 「横断歩道、一緒に渡ってもらってもいいですか?」 「あー、、はい、別に、いいですけど」 「ほんとですか?、ありがとうございます」 よく分からないけど、よく分からないから断りようがな

玄関

何処かのマンション 今日は朝からあいにくの天気 支度を済ませた男が一人、玄関のドアを開ける がちゃ どん と、開けたドアが何かにぶつかる 「あ、ごめんなさい」 「あーすみません」 外から声がして男は慌ててドアを引く 様子を窺いながら、今度はゆっくり開けていく どん 「あ、ごめんなさい」 「あーすみません」 と、まだそこにいて再びぶつけてしまう男 慌ててドアを引き寄せる 「すみません」 「ごめんなさい、ちょっと、すぐ終わらせますんで」 「大丈夫ですよ」 男はド

寿司屋

とある寿司屋 板前が一人、カウンターの向こうで大きな魚を捌いている ショーケースには色とりどりのネタがずらり がらがらがら 「いらっしゃいませぇ」 板前が顔をあげると入口に魚の頭をした男が立っている 「ちょっとお尋ねしたいんですけど」 「なんでしょう」 「昨日ここに三十代くらいの女の鰯来ませんでした?」 「女の鰯?」 「来てないですかね」 「いやぁ、鰯の方結構いらっしゃったんで」 「顔が凄い大きいです」 「顔」 「はい」 「いやぁ」 がらがらがら 「いらっしゃいま

本屋

とある本屋 優しいBGMを遠くにゆっくりと本を物色している人達 入口の所でエプロン姿の若い女が男に仕事を教えている 「あんまりあれするとあれしちゃうんで」 「あー」 そこへ男が一人やってくる 待合せまでの時間潰し 「無い時は無いんですか?」 「その時は言ってもらえれば」 「あ」 男は女性誌をざっくり見渡すと文庫の前で立ち止まる 「膨らむ」「隣から来た人」「正しい余韻の浸り方」「知ってる殺人」 「竹藪」「そっち」「怪人滑滑」「婦人と洞穴」「?」 テンガロンハットを被

動物園

何処かの動物園 ちらほらと、一人だったり二人だったり のんびりと時間が流れている 「そう言えば爪切りさ、何処やった?」 「爪切り?」 「無いんだけど」 「知らない」 「使ってない?」 「使ってない」 「でか」 進んだ先の檻の直ぐそこで象に似た動物が葉っぱをむしり食べている 「こんなでかいんだ」 「耳なが」 「うぉっ」 「うぉっ」 見向きもせずに葉っぱを食べ続ける象に似たどでかい動物 二人は暫く眺めると次の檻へと進んでいく 「本日開催予定の大行進は、予定通り本日開

豆腐

何処かの夜道 仕事帰りの男が一人、家路を歩いている 人通りはそれ程だけどこの道は何時も明るくて安心 と、ポケットの中でスマホが震える 取り出して相手を確認する男 ママ 「もしもし」 「今何処?」 「さっき駅着いたとこ」 「豆腐一個買って来てもらってもいい?」 「はいよ」 「木綿ね」 「はいよ」 電話を終えて暫く歩くと男は何時ものコンビニへ入って行く 右に曲がって左に曲がって真っ直ぐ行った突き当り 何時もの木綿をかごに入れて、ビールとつまみを物色する 「すみません」

空き地

何処かの空き地 柵の前にはスコップを持った男が三人 関係者以外立入禁止 「ガム食べます?」 「大丈夫です」 「食べます?」 「頂いていいですか?」 「どうぞどうぞ」 一枚抜き取って紙を剝いでいく男 「板のやつまだ有るんですね」 「有ります有ります」 「ガム食べないですか?、普段」 「たまぁに」 「でも確かに今もう殆ど粒々ですね」 「あれってまだあるんですか、あの、黄色いやつ」 「黄色いやつ?」 「はい、もしもし」 着信に気付いた男が電話を取って一人輪から外れていく 話

クリーニング

とあるクリーニング屋さん 店員が二人、カウンターでお喋りしている 外は小雨がぱらぱらと肌寒い一日 「最近もう直ぐ息上がっちゃって」 「歳よ歳」 「だから余計によ」 「なに、躍ったりしてんの?」 「全然だめ」 「いらっしゃいませぇ」 男が一人やって来る 「これ、お願いします」 「お引き取りですねぇ、少々お待ち下さぁい」 お客様控えを手に奥へと消えていく店員 男はスマホをちらりと見るとカウンターのメニューに何となく目を向ける すっけらかん加工、すってけてん洗浄、仕上げ云々

トイレ

とあるマンション 男が一人、トイレでお腹を下している 原因は多分あのヨーグルト がちゃ と、玄関のドアが開いて女が帰って来る 「ちょっと狭いけど」 「おじゃましまーす」 どうやら誰かと一緒の様子 「ただいまぁ」 ドアの前を通り過ぎて行く足音 男はズボンを下ろしたままトイレの中から返事を返す そう言えば昨日なんか言ってたな 「おじゃましまーす」 「おじゃましまーす」 更に続けて二人、玄関で女の声が聞こえる 男は遠くで聞き流しながら再び自分の用事に戻る 「おじゃ

缶詰

何処かのワンルーム 男が一人、炬燵でだらだらしている 今日はまた一段と寒い ピンポーン と、玄関のチャイムが鳴る 振り向く男、心当たりはない 男はちょっとだけ警戒しながら玄関へ向かいドアを開ける 「はい」 「あ、すみませんあの、向うの端に住んでる者なんですけど」 「はい」 「これあの、缶詰、実家から送って来たんですけどもしよかったら」 「あー、ありがとうございます」 「あの、まだ全然家にあるんで」 「あ」 「すいません急に」 「あーいえ、ありがとうございます」 ドアを閉