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缶詰

何処かのワンルーム
男が一人、炬燵でだらだらしている
今日はまた一段と寒い
ピンポーン

と、玄関のチャイムが鳴る
振り向く男、心当たりはない
男はちょっとだけ警戒しながら玄関へ向かいドアを開ける

「はい」
「あ、すみませんあの、向うの端に住んでる者なんですけど」
「はい」
「これあの、缶詰、実家から送って来たんですけどもしよかったら」
「あー、ありがとうございます」
「あの、まだ全然家にあるんで」
「あ」
「すいません急に」
「あーいえ、ありがとうございます」

ドアを閉めてリビングに戻って来る男
改めて缶詰を見てみるとラベルには「馬」の一文字
はて
男は台所へ向かい抽斗を開ける
がしゃがしゃがしゃがしゃ

「あれ」

缶切りが見当たらない
男は頭を巡らせてそもそも買ってなかった事を思い出す
さてどうしたものか

少し悩んだ末、男は着替えて玄関のドアを開ける
と、さっきの男が缶詰を手に隣の隣のインターホンを押している

「すみません」
「あ、どうも」
「あれ、馬って」
「あ、そうです、馬です」
「初めて見ました」
「そうですね、多分こっちじゃ」

がちゃ

ドアが開いて住人が顔を出す

「あ、すみません」

男は此方に頭を下げて出てきた男に缶詰のお裾分けを始める
男は二人のやり取りを背にエレベータへ向かいボタンを押す
ぽちん

「あの、まだ家に全然あるんで」
「あ」

ドアが閉まりゆっくりとエレベータが降りていく
13、12、11、10、
途中、ガラスの向こうを下から上へ馬に跨ったスーツの女が通り過ぎる
ふとももと、黒い毛並みと、白い鼻筋

缶詰の検索に夢中で男は全く気付かない
馬、缶詰、馬の缶詰、馬肉の缶詰、簡単レシピ、3缶セット

まもなく一階に到着してドアが開く
男はスマホをポケットに仕舞い、玄関を出て駅の方へと歩いていく
いつもより人通りが多い
そう言えば今日は土曜日か


終わり

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