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待合室

とある待合室
若い男と中年の女が静かに順番を待っている
無音のモニターに流れる症状と対策
ちょっとだけ開いた窓からの風でカーテンが時々揺れいてる

と、そこへ男が一人やって来る

「こんにちはー」
「予約してないんですけどぉ」
「大丈夫ですよぉ、保険証お持ちですかぁ?」

男はお尻のポケットから財布を取り出すと保険証を引き抜いて女に渡す

「ありがとうございまぁす」
「あの、初めてなんですけどぉ」
「大丈夫ですよぉ」
「どれぐらい、結構掛かります?」
「そうですねぇ、一時間くらいですかねぇ」

「お時間大丈夫ですか?」
「大丈夫です」

ぐるりと待合室を見回す男
中年の女が咳を一つ

「保険証ありがとうございまぁす」
「番号でお呼びしますので此方お書きになってお待ちください」
「トイレって何処ですか?」
「入口を出て真っすぐ行った突き当りにございます」
「ありがとうございます」

男は問診票と番号の書いた紙を受け取ると全部を一旦椅子に置いて小走りで外のトイレに向かう
無音のモニターに流れるさっきと同じ症状と対策
若い男はスマホを取り出してちらりと時間を確認する
ごほん、ごほん


「ありがとうございましたぁ」

暫くするとドアの向こうで声が聞こえて診察室のドアが開く
向こうに頭を下げながら出てくる白髪交じりの背の高い女
男は書き上げた問診票を手に立ち上がり
若い男は読んでいた小説を鞄に仕舞って何時でも行ける準備を始める

「お願いします」
「ありがとうございまぁす」
「121番の方、診察室へお入り下さい、121番の方、診察室へお入り下さい」
「お願いしまぁす」
「ありがとうございまぁす」
 トントン
「どーぞー」
「失礼しまぁす」

色んな全部が重なってちょっとだけ騒がしくなる待合室
女と男が腰を下ろし、診察室のドアが閉まる
静けさを取り戻す待合室と相も変わらない無音のモニター
ごほん、ごほん

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い」

と、診察室から男の大きな叫び声が聞こえてくる
何事かと診察室のドアを見つめる男
それ以外の全員は至ってペースを乱していない

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
「大丈夫ですよ」
「あ」

「結構痛いんですか?」
「時と場合によりますねぇ」
「すせしさぁん、すせしせし子さぁん」

不安気にドアの向こうをじっと窺う男
呼ばれた背の高い女が荷物をまとめて受付に向かう

「初めてなんですか?」

「あ、はい」
「私もあれでしたけど、全然大丈夫でしたよ」
「痛いんですか?、やっぱり」
「あ、でもほんと、時と場合によりますよ」
「本日1,430円です、こちら処方箋出てます」
「1,430円」
「予約は取って行かれますか?」
「来週の同じ時間て空いてたりします?」
「大丈夫ですよ」
「あ、じゃあ、お願いします」

中年の女が咳を一つ
何週もした症状と対策が無音のモニターをまた通り過ぎて行く


終わり

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