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4.オンライン・グループワークの手引き

文責:安岡美佳・内田真生

はじめに

本記事は連載のうちの一つです。「前書き. デンマークのアクティブラーニング」、「1. デンマークの大学とその特徴」、「2. ロスキレ大学PPLとオールボー大学PBL」、「3. デンマークのグループワークの手引き」も併せてお読みください!

グループワークは、複数の多様な人たちが集まる学習の場であるため、学習の進め方の違いや人間関係などの影響による活動が困難になることもあります。しかしながら、グループワークをうまく進めるコツや方法論があることを前回紹介しました。そのグループワークがオンラインに移行した場合はどうなるのでしょうか?今回は、オンラインのグループワークについて考えていきます。なお、ここではグループによるロボット制作などの物理的な最終成果を必要とする場合、化学実験などの特別な環境が必要である場合などを除きます。

オンラインのグループワークは2種類あります。オフラインでも会う機会のある相手と実施するオンライン・グループワークと、全く会ったことのない相手と実施するオンライン・グループワークです。全く会ったことのない相手であると、相手のプロジェクトの進め方や学習方法など、わからないことだらけですし、肌感覚も得ることができません。多くの場合、相手の真意や考えを探りながらプロジェクトを実施することになるので、特別な配慮が必要になります。オンラインのグループワークが、対面のグループワーク以上に困難を極めるということは容易に想像できるでしょう。では、デンマークのアクティブラーニングでは、オンライン・グループワークはどのように進められるのでしょうか?

新コロナウイルスの影響で、デンマークの多くのコロケーションのグループワーク学習がオンライン・グループワークに100%移行しました。実際のところ、それほどの混乱もなく「それなりに動いている」というのが、当事者(安岡)としての感想です。また、コロナ以前に、筆者(内田)は初対面の多国籍メンバーと共に学生として100%オンラインのグループワークを経験しています。これらの経験から言えるのは、いくつかの前提条件はありますが、時差、人種、バックグラウンドの違いがあってもオンラインのグループワークを実施し、そこから学びを得ることは不可能ではないということです。

もちろん、物理的に空間を共有し作業をする時間を取るコロケーションのグループワークならば、グループメンバーの進捗具合も目に見えてわかるのですが、物理的距離のあるオンラインのみのグループワークだと、視覚による情報が全て入ってくるわけではありません。分担したタスクがどこまで進んでいるのか全くつかめないということになると、グループワークが機能しなくなることは容易に想像できるところです。

ではなぜ、どうにかなっているのでしょうか?一つには、デンマークのアクティブラーニングでは、通常のグループワークでも、多くのオンラインツールをすでに活用しており(オンラインカレンダー、Slack、Discord、Trello、Github、Googleドライブなど)、オンラインでの作業がすでに組み込まれていることがあげられます。連絡はグループメールオンラインチャットで行われ、プロジェクトプランはGoogleドライブの表ソフトを使いデジタルで作成されています。グループで作成するレポートや発表スライド資料なども全てデジタルです。とはいえ、今までの約30%対面と約70%デジタルから100%オンラインに移行したことで、オフラインとオンラインのグループワークの違いが明確に現れ、考慮すべき点も明らかになってきています。コロナ以前から実施されていたオンライン100%のプロジェクトワークと、予想外に半強制的に導入されたオンライン100%のプロジェクトワークの経験から、オンライン・グループワークの実施方法について考えます。

オンライン・グループワークの実施方法

第一に、アクティブラーニングにおいて、オンラインで実施するグループワークの基本的な部分は、オフラインのグループワークと変わりません。繰り返しになりますが、グループワークにおいて重要なのは、自主的に学ぶ姿勢と「学習者が自身の活動を通じて学ぶ」ことで、学校に行けるかどうかということではないのです。もちろんプロジェクトを適切に計画することは重要です。改めて、前回の「3. デンマークのグループワークの手引き」をご覧いただければと思います。グループワークのプロセス課題発見をし、グループを作りプロジェクトを管理する。そして、実施しながら修正やアップデートを重ね、最終的に振り返りをする、です。

1. 課題発見・課題設定
2. グループ構築とプロジェクト管理
 - ファーストミーティングの実施
 - グループでの役割分析
 - プロジェクト目的・目標の明確化と共有
 - プロジェクトスケジュールの作成
 - プロジェクト契約書の作成
3. ワークの実施 
 - 監督者の役割
4. 振り返りとしてのプロセスアナリシス

オンラインの前提条件

しかし、オンライン・グループワークをスムーズかつ効果的に行うには、いくつかの前提条件があります。ここでは、特に重要な5つをまとめます。

前提条件1:基本スキルがあること
正直なところ、最初から最後までオンラインのみでグループワークをすることは非常に困難です。理由の一つに、オンラインのみのグループワークには、各メンバーのプロジェクトマネージメントやタイムマネージメント能力が不可欠なことがあげられます。オンラインという性質上、自分自身が主体的に動かないと何も動きません。パソコンのスケジューラーにミーティング時間を入れてアラートをかけていても、自分がコミュニケーション用アプリにアクセスしなければ誰にも会えないのです。そして、個別のプロジェクトワークを進めていくにも、基本的には自己学習をしながら進めていくことになります。また、Skype、Zoom、MS Teamsなどを使ったオンライン・グループワークや、Google Docなどのクラウドサービスを使ったレポートの共同執筆など、全てのプロジェクトワークをオンラインで行うことになるので、最低限のITスキルが必要です。

筆者(内田)が受講していたオンラインプログラムでは、学士を取得していること、社会人経験が3年以上であることが条件とされていました。これは、自己管理・自己学習・チームプレーができ、最低限のITスキルを身につけている人がプログラム入学条件として想定されていることを示しているものと考えられます。

前提条件2:オンライン環境が整っていること
デバイスがない、インターネットのコネクションやテクノロジへのアクセス、ネットワークインフラが悪い、ハード(個人PCなど)がない状況では、グループのメンバーと連絡すらとれません。平時より、セキュリティの問題にも対応しつつ、学校外や社外からアクセス可能なインフラを構築する、自分たちの目的にあったコミュニケーションやプロジェクトアプリを選択し準備しておくことは重要です。

極端な例かもしれませんが、筆者(内田)は、アフリカの大学から来たグループメンバーとオンライン・グループワークを試みたことがありました。先方のインターネットのコネクションが非常に悪かったため、彼をSkypeで一瞬見て以来、一度もコミュニケーションをとることができませんでした。結果として、筆者は彼以外のグループメンバーとオンラインで学習を続け、彼は自分の学校から参加していた他のメンバーとオフラインでグループワークを行うことになったそうです。残念なことですが、私たちは国際的グループワークの経験を一つ逃してしまうことになりました。

前提条件3:オンラインミーティングの基本ルールを策定し遵守すること
オンラインでグループワークを行うと、簡単に連絡を取り合えないため、お互いの状況が見えず、オフライン以上に疑問や孤独感から発生する不安や不満が貯まります。ミーティングは、協力して課題解決に取り組むだけでなく、情報共有により個人の不安や不満を解消できる場でもあるため、メンバーの信頼関係を構築する上でも非常に重要です。しかし、オンラインでのミーティングでは、円滑なコミュニケーションを取ることが、オフライン以上に困難です。そのため、基本ルールを明確にしておく必要があります。
基本ルールには次のような項目があります。全てカバーしている必要はないと思われるかもしれませんが、うまくいくミーティングでは、必ずどれもカバーされています。

1. 会議項目(アジェンダ)を作り、事前に配布、目を通しておく。
また、オンライン・グループワーク中に誰もがアクセスできるミーティングメモを用意し、共同でメモを作成する。
2. ビデオは必ずオンにする。
※ただでさえ遠隔では情報量が少なくなります。短いミーティング時間は、100%参加者がコミットしていることが不可欠です。ビデオをオフにしてマルチタスクをするぐらいならば、ミーティング時間が短くてもいいので集中しましょう。(大人数の会議などは別です。)
3. 複数で参加の場合は、発言時以外、音声はミュートする。
※ミーティング中の発言を采配する人を決めておくと良いでしょう。
4. ミーティングは定期的に実施する。
5. ルールを文書化しておく。
※使用ツール・問題が発生した時の対応方法など、細かなことも明文化しておくと、後日役立ちます。
6. 事前準備を行い、ミーティング開始・終了時間を守る。
※ミーティング直前にアプリに接続すると、ミーティング開始後の5-15分間を接続環境の整備に費やし、本題を十分に議論できなくなる傾向にあります。また終了時間を守らないと、ダラダラとおしゃべりをしがちです。ミーティング開始時から議題に集中できるよう準備することが不可欠です。
7. ミーティングでは必ず発言し、個人の疑問は解決しておく。
また、個別メンバーの状況も共有する。
※オンラインの場合、個人の活動状況が分からず、個人の意見も発言しないと把握できないので、情報共有は必須です。小さな疑問も共有し解決することで齟齬を防ぎ、信頼関係を築くことにも繋がります。

筆者(内田)の経験では、自分たちが作ったルールに沿ってミーティングを行い、各メンバーの疑問をその場で解決していったグループは、個別プロジェクトワークをスムーズに実施でき、満足する結果と長期の信頼関係を得ることができました。しかし、ミーティングルール(特に、ミーティング開始時間)を守れなかったグループの場合は議論に集中できず、結果も不満足なものとなりました。その後の信頼関係にも大きな影響を与えています。

前提条件4:ファーストミーティングの重要性を認識していること
ファーストミーティングは対面でのグループワークでも重要ですが、オンラインの場合は更に重要であると認識する必要があります。なぜなら、このミーティングで、監督者を含むグループのメンバーが初めて顔をあわせ、これから行うプロジェクトの目的や今後の学習・作業の進め方を決める全ての起点となるからです。ファーストミーティングが不十分であると、その後のグループワークの進捗や結果だけでなく、メンバー間の信頼関係を含む全ての活動に影響を及ぼします。

ファーストミーティングの重要性を認識していないグループでは、メンバーの暴走やメンバー間の衝突の多発といった、本来の学習とは異なる問題に追われることになります。途中で仕切り直しをすることも不可能ではありませんが、時間的制約がある中で発生した問題の解決に要する労力は非常に大きく、必ず解決できる確証はありません。例として、筆者(内田)のあるプロジェクトでは、ファーストミーティングで実施するはずの、グループでの役割分担、 プロジェクト目的・目標の明確化と共有、 プロジェクトスケジュールの作成、 プロジェクト契約書の作成ができませんでした。そのプロジェクトは、自分たちの時差を考慮したコミュニケーションの取り方が決まらず、役割分担が曖昧のまま、AAU式PBLのグループワークについて十分理解していないメンバーがいる状態で始まりました。その後も、全ての不安要素を解決できない状態で進み、プロジェクトの成果を何とかレポートとしてまとめましたが、メンバー間の人間関係が悪化するだけでなく、互いに疲弊し、全員の成績が稀に見る最悪な評価となりました。

ファーストミーティングは、グループの一員である監督者にとっても重要です。最初に監督者からグループワークに困難はつきものであると告げておくことが、後にメンバーにとって心身共に大きな助けとなります。筆者(内田)の場合、初めての授業で監督者である指導教官が、参加者全員に「このプロジェクト中に皆が孤独を感じるでしょう。なぜなら、オンラインというツール上、グループメンバーと簡単に会うことは困難であり、自分一人で作業する時間が多くなるから。」と伝えていました。この言葉は、孤独な個別プロジェクトワークを進めていく上で、大きな励みになりました。

コロナ影響下では難しいですが、可能であれば、オンラインのプロジェクトワークであったとしても、万難を期して一度対面で会っておくことをお勧めします。そのあとのプロセスをスムーズにしますし、課題が発生してもストレスがより少なく進めることにも繋がります。

前提条件5:あくまで目的はグループワークにより課題を解決すること
オンラインのグループワークといえども、基本的な目的はオフラインのグループワークと変わりません。ただ、オフライン以上に、学習者が主体的に密に連絡を取り、情報共有や相談を頻繁に行い、互いの信頼関係を構築する努力が必要と言えます。そのために、前提条件1から4まで全てを網羅していくことが大切です。何より強調していいたいのは、グループワークの「プロジェクトの目的を忘れない」ということ。学生、社会人を問わずオフラインでも言えることですが、グループワークを実施する過程で、ミーティングを開催することが目的となってしまうことが多々あります。特にオンラインの場合、普段から双方向式e-ラーニングやオンラインサロンなどをされている方を除くと非日常観が出てしまうため、「オンラインでのグループワーク」そのものにフォーカスしがちです。PPLやPBLなどの課題解決型アクティブラーニングの場合は特に、「課題を解決すること」が目的です。筆者(内田)の経験からも、この目的を忘れなければ、グループ内で問題発生し、グループの活動が本題から逸れてしまっても、元に戻ることが可能です。

グループワークの悪条件

一方で、オンラインに限りませんが、グループワークが完全にうまくいかない条件もいくつかわかってきました。

悪条件1:グループ内でメンバーが衝突を避けようとする
グループワークと聞いて思い出すネガティブな体験の多くが、議論の衝突に基づく人間関係に関係しているのではないでしょうか。しかし、デンマークのアクティブラーニングでは、このネガティブな経験は決して避けるべきことではなく、むしろ沢山の振り返りを行なえる、大切な学びの教材になると考えます。グループのメンバーが衝突を避けようとすると、発言に遠慮が出たり、本来ならば決めなければならないことを決めきれなかったりと、最終的にグタグタとプロジェクトを進め、目標としていた成果に辿り着くことができません。グループでの衝突の多くは、考え方、認識や常識の違いにあります。そしてそれは、個別のメンバーが表現しないと見えてこないものです。お互いの尊敬と尊重をしながら、課題解決に向けた建設的な議論を行う。そのために必要な衝突は避けるべきものではないといえます。

ただし、避けるべき衝突もあります。

1. 個人の人格や人間性を攻撃することに起因する衝突
2. メンバ―のストレスのはけ口に起因する衝突
3. 個人が勝手な正義を主張することに起因する衝突

人間性の問題ともいえるこれらの衝突は、何も生み出しません。グループメンバーはもちろんですが、監督者も積極的に介入し回避することをお勧めします。この3点を避けるには、メンバーの一人一人が「グループのメンバーは全員が平等な立場にあり、議論の衝突は個人への攻撃ではなく、意見を共有し新たな考えを構築するためのプロセスであり、振り返りのチャンスである」と理解していることが必要です。ファーストミーティングでこの点について共有しておくことは有効だと考えられます。

筆者(内田)は、当初からプロジェクトの進め方やPBLの理解が異なり、上手く行かないと感じるグループワークを経験したことがあります。前提条件4の事例でも紹介したこのグループでは、メンバーが3人と少数にも関わらず、お互い衝突を避けようとしたことで、課題解決のための議論の深堀まで避けることになりました。その結果、メンバー同士の信頼関係が構築できず、途中でメンバーの一人が暴走するという悲劇に見舞われました。先に記した通り、グループワーク自体は人間関係の破綻と最悪の評価という結末を迎えました。このグループの場合、ファーストミーティングに失敗したことにも原因がありますが、その後のチームワークの再生のためにも、議論の衝突は避けるべきでなかったといえます。後日、監督者から「良い学びを得られたのでは?」というメセージをもらいました。月日が経った今なら心からそう思えますが、当時は心情としてどうしても納得がいきませんでした。

悪条件2:多様性に対応できないメンバーがいる
「1. デンマークの大学とその特徴」で言及しましたが、アクティブラーニングは北欧で生まれた手法であり平等主義が前提条件になっています。平等に発言し、平等にグループの決定に影響を与えられるという前提は、皆がグループプロジェクトで学習を進める上では、不可欠な要素です。例えば、次のようなメンバーがいる状況では、グループワークによるプロジェクトがうまく回らないことがわかっています。

1. 他者に対し、ヒエラルキーや上下意識を持つ
2. 女性差別、年齢差別、人種差別がある
3. 自己の成績のみを重視している

多様性への理解については、国や宗教を含む文化的背景もあるため、一朝一夕で解決できる問題ではないことは確かです。筆者(内田)のグループワークにおいても、学歴意識が高く、性差別を持っているメンバーが「平等」の意味を理解できずプロジェクトを終えました。結果は低モチベーション、低クオリティのプロジェクトとなりました。もちろん、その特定メンバーに全責任があるという意味ではなく、説得しきれなかった他のメンバーにも課題はあります。

アクティブラーニングをする際、マインドセットの転換が必要条件であることを認識しているか否かで大きな違いを生むと考えられます。そのため、ファーストミーティングのみならず、レクチャーなどを通じて理解してもらうことは重要です。ただし、多様性に対応できないメンバー1と2に該当し、本人と何度も話し合いを重ねた後にも、問題が全く解決しない場合は、他のメンバーの精神的・能力的ダメージも発生するため、そのグループから去ってもらうことも選択肢に入れた方が良いと思います。

精神論も入ってしまいましたが、以上がオンラインでグループワークをする際のポイントです。そのほか、オンラインのグループワークに限って言えば、実際に顔を合わせないでグループワークをする際の重要な観点は、90年代から注目されていた「分散化環境におけるソフトウェア開発」で指摘されてきた条件と類似点が多く見られます。例えば、インドとデンマークなどの地理的に分散している環境でソフトウェア開発をすることがあったとしても、ソフトウェアは構築できます。同時に、プロジェクト開始時に対面ミーティングをすることが重要であるという視点は広く共有されており、分散化環境のグループワークには多くの科学的知見が蓄積されています。

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