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銀行員がデザイナーと仕事してみて

はじめまして、JDDの天野です。昨年10月に三菱UFJ銀行からJDDへ出向して現在デザイナーチームで働いています。トレーニーとして新たな金融サービス開発の支援に顧客体験設計の観点から関わっています。

今回は銀行員がデザイナーと仕事をしてみて感じた点についてお伝えできたらと思っています。


1.トレーニープログラムについて

(1)CXラボの取り組み

このトレーニープログラムは「CXラボ」というJDDとMUFGの協働の取り組みの一つの制度です。

「CXラボ」とは2021年度から開始された「デザイン領域におけるJDDとMUFGとの協働体制」で、具体的にはJDDがMUFGのインハウスデザイナーとなってサービス・プロダクトについて体験設計の上流からPoC・実装までを支援する枠組みです。

昨年末にMUFGがリリースした「Money Canvas」も、実はCXラボの一つのプロジェクトです。JDDが三菱UFJ銀行のインハウスデザインチームとして、顧客体験デザインに関わる企画立案から支援して開発されたサービスです。
三菱UFJ銀行とJapan Digital Designが顧客体験デザイン領域で協業推進。資産形成総合サポートサービス「Money Canvas」を年内にリリース。 — Japan Digital Design 株式会社 (japan-d2.com)

(2)トレーニーの業務内容

プログラムは1年間と短期間ではありますが、デザイナーが担当しているプロジェクトに実際に参加させてもらいながら、デザイン思考やデザインプロセスを吸収するということを目標としています。

実際にやっていることとしては主に「業務支援」と「業務実行」に分かれます。「業務支援」では、ロジ調整や契約締結といったクライアントとの折衝を通じて体験設計に限らないプロジェクト全体の流れを学んでいきます。

一方「業務実行」ではUXデザイナーやUXリサーチャーと一緒に体験設計プロセスに参加させてもらっています。Figmaを使ってペルソナやカスタマージャーニーマップを作成したり、デプスインタビューでインタビュアーを担当したり「実際にやってみる」機会をたくさん与えてもらっています。

2.そもそも銀行員について

デザイナーと仕事をしてみて感じた点をお話する前に、そもそも銀行員がどのような人たちなのか?についてお話したいと思います。

(1)銀行員のスタンス

法令遵守が前提

一般的なイメージの通り金融業界は関係する法令の制約を数多く受けます。それらの法的制約は「経済ライフラインの維持」や「顧客保護」の観点から設けられた必要なルールで、あくまで法令遵守を前提として任された仕事を進められるかどうかは銀行員にとって非常に大事な資質です。

法律で手続が定められているため「お客さまに大量の書類を記入してもらう」「専門用語がびっしり書かれた資料で説明する」といった事が必要となる背景があり、どうしても金融取引がユーザーフレンドリーではないところからの出発になってしまう点があると思います。

我慢強い&忍耐強い銀行員

また法令遵守の厳格さ故に、社内の手続は「効率さ」「スピード感」よりも「ミスの回避」に重点が置かれます。例えば、担当者はお客さまからの注文を単独でオペレーションせず、上司や先輩がダブルチェックするような手続が定められています。

そのような環境で日々働いていることで、自身も知らず知らずのうちに「不」を耐えることに対する認識・感度が低くなっている可能性があります。こうした点は自分たちがサービス提供者側に立ったときに意図せず「銀行のサービスが使いづらい」と言われてしまうことに繋がっているのではないかと考えています。

(2)銀行員として感じた危機感

人口減少や低金利の影響もあって銀行の経営環境は厳しく、金融は「インフラ機能」でありサービスの差別化が難しい、というコモディティ化問題に直面しています。
また、スマホなどのデジタルデバイスの普及もあり、お客さまとの接点の在り方はこれまでにないスピードで変化しています。

こうした環境下で『ユーザーに選んでもらえる銀行』であるためには、銀行がカタチの無い商材を取扱うサービス業であるという意識が大事で、デザイン思考やCXが当たり前のように議論される価値観が必要と感じています。

また、既存の法令をいかに遵守するかが求められる銀行では、新たなサービス・プロダクトを生み出す経験が比較的不足しがちですが、失敗を恐れず、作り、試すというデザインプロセスの定着が同様に求められると考えています。

3.銀行員が「体験設計プロセス」に実際に触れて感じたこと

上記のような銀行員としての課題を感じながら、半年間デザイナーと一緒に仕事をしてきました。そうした中で銀行員の目線からデザイナーと仕事をしてみて感じたことについて振り返ってみたいと思います。

(1)ユーザー視点を取り入れたプロダクト開発

銀行員は「当行のサービスや商品の良さを伝えたい」「当行の強みを知ってもらいたい」という『ビジネス視点』を誰でも持ち合わせています。また、法令遵守・インフラ維持の観点から問題なくシステム運用が可能か、という『技術視点』も重視してきました。しかし結果的に『ユーザー視点』が抜けてしまいがちであることがこれまでの課題でした。

一方、JDDが支援してきた案件では、体験設計の上流から支援する場合に「トリプルダイヤモンド」モデルに沿って丁寧にプロセスを踏んでいきます。具体的には、ペルソナやAs-isジャーニーを作成しながらユーザー像を特定し、ユーザーの抱える課題を仮説立てしていきます。そして、ユーザーリサーチを通じて仮説の確からしさを確認していきます。

このように、ユーザー視点を取り込んだサービス・コンセプト作りを一歩一歩踏んでいく体系だったプロセスは、それまで法令遵守のために既存の手続をお客さまに求めてきた銀行員である私にとって、「このようにしてユーザーのニーズを拾い集めて検証しながらサービスを作っていくのか」と非常に新鮮でした。

(2)プロトタイピングが大事

前述のような背景もあり、繰り返しになりますが銀行では「失敗すること」はタブーであり、ましてや「お客さまに向けてサービスを試してみること」には、個人的にかなり抵抗感を覚えます。

サービスは一度リリースされてしまえばそれがアウトプットであり、逆に言えば、リリースして問題ないレベルまで何回もチェックして仕上げないといけませんでした。そんな銀行員にとっては、短期間で試行・検証をしながらサービスの受容性を評価して、想定ユーザーに対する自分たちの誤解を解消していくという「プロトタイピング」の精神はとても新鮮でした。

また、ついつい頭を使って上手な近道を探したくなりますが、実際に手を動かしてユーザーの声に耳を傾けながら検証していくプロセスに触れて、「こうした地道なトライ&エラーが大事」と改めて印象に残りました。

(3)抽象化(モデル化)は難しい

最後に、もう一つ印象的であったのが抽象化(モデル化)への抵抗感です。

例えば、銀行員は特定のスコープに「絞ってみる」ということが苦手と考えます。金融機関は「全員が使えるサービス」が求められ、誰も取りこぼしてはならないという責任感が社会的にも要求されています。そうした背景からか「網羅されているか」「漏れがないか」といったアンテナが研ぎ澄まされています。言い換えると、具体化レベルが高い思考習慣があるように感じます。

例えば、私が初めてデザイナーの作成したペルソナを見たときには「この項目だけでその人を言い表しきれるのか?」「そもそもこのペルソナだけをターゲットにしていいのか?」とソワソワしてしまいました。

しかし全体最適を目指してしまうと結局どんなドメインの、個々のユーザーにも支持されない、という事に陥ってしまいます。ユーザーに選んでもらえるサービスを作りこむためには、リサーチ・インタビュー・ペルソナ策定といった抽象化(モデル化)をベースとして、ユーザー検証によってテストを繰り返しながらエラーを解消していくプロセスを経る必要性を痛感しました。

4.最後に

JDDに出向する以前、「銀行のサービスは無機質で血の温かさを感じない」と言われたことがあります。一方で銀行員として感じたのは、「行員みんなサービスをよりよくしたいと真面目に思っている」ということでした。ただ、ユーザーに寄り添ったサービス設計・コンセプトの作りこみをどのように実現したらいいのかが分からない、という壁にぶつかっているものと考えています。

そうした壁を打破するためには、JDDでデザイナーと仕事をしてみて触れたデザイン思考・デザインプロセスの実践が必要であると感じます。

一方で金融の知識はもちろん、(失敗ができないからこそ)前もって準備をして本番に臨む姿勢、(専門用語が多いからこそ)相手に伝わるように話すコミュニケーションなど、銀行員のキャリアの中で鍛えられてきたスキルがデザイナーから褒めていただけることも多いです。

残りのトレーニー期間もUXをしっかり学んで、銀行業とデザインを融合させていけるように引続き励みたいと思います!