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リドリースコット版「はぁって言うゲーム」(最後の決闘裁判)

かなり好きです。

同監督の傑作である『グラディエーター』のダーク版って感じもしました。

舞台が地中海気候イタリアのローマ帝国だったグラディエーターから、北にアルプス山脈を超えて霧のかかったフランス・イギリスに移ってますからね。当時のヨーロッパはペストが断続的に大流行している頃ですから、そりゃ世間は暗い空気にもなるでしょう。農村の状況を説明するセリフで、字幕で「病気」って書かないで「ペスト」って書いてたら日本人にもスッと分かりやすかったかもしれませんね。

すごく集中して観られたのであっという間に時間が過ぎ、150分もあるとは感じませんでした。

⚠️ 以下、ネタバレ記述ありです。

▼はぁって言うゲーム:

この作品はリドリースコット版「はぁって言うゲーム」です。笑

特にマルグリットがル・グリにキスする場面が顕著で分かりやすいのですが、同じシチュエーションで、セリフは一切無しなのに、表情だけで全く異なる感情表現をします。あの場面のジョディ・カマーの演技は観ていて惚れ惚れしました。

この人にはこういう風に見えてるんで、っていう感じでお願いします!って言いながらあの3人の脚本ごとに同じ場面を何度も撮り直していたって想像するだけで凄いですよね。これが黒澤明の羅生門だとワンシチュエーションなので各視点ごとに一息に撮影できたかもしれないけど、本作では長年に渡って様々な場所を舞台にしてるので、現場はキャストもクルーも全員大変だったでしょう。恐ろしい執念と忍耐力だと思います。

▼些細なポイントでの演出が光っていた:

最初に川の戦闘で「どちらが相手の命を救ったのか」という言い分や、仲直りした時の「どちらが先に声を掛けたか」という言い分が、カルージュとル・グリで食い違っているのとか、本当に男ってこういうことでマウント取ろうとするよねーという感じで良かったです。

チャプター1(カルージュ視点)でスコットランド戦線から帰還したカルージュをマルグリットが迎え入れようとしてベールを開いたとき私は「お、なんかさっきより胸元が開いた服だなー」と思って観てたんですが、チャプター3(マルグリット視点)で服を当時の流行に合わせて仕立てる場面や、カルージュから「売女のようだ」と説教される場面で伏線回収されるのが面白かったです。

チャプター2(ル・グリ視点)でマルグリットと初対面した時に本について語っていた場面と隠れてセックスした場面が、チャプター3(マルグリット視点)に出てこなかったのは、何なんでしょうか。ル・グリの妄想とか虚言だったならこいつヤベー奴じゃん。笑

決闘に勝って意気揚々なのはカルージュだけで、後ろの馬に乗るマルグリットはただ疲れた表情なのは、観ていて結構つらかったです。皮肉なことですが、これが現実でしょうね。

▼本当の黒幕はお義母様?:

マルグリットの証言からは裏が取れていませんが、状況証拠だけ見れば屋敷にマルグリット1人だけ残して、街まで出掛けてル・グリを差し向けたのは恐らくカルージュの母親ですよね。前日に夕飯を食べながらニヤリと笑う場面があるし、用が済んだ頃に都合良く帰ってくるし、どんな心境でいるのか召使いに聞き込みさせていますし。自身も昔レイプされたことがあるとマルグリットに告白(しかも教会の中で)してますし、ちょっとお灸を据えてやろうとか、それこそ性の喜びに目覚めさせてやろうみたいな老婆心が働いていた可能性さえあります。

そもそもお義母様が余計なことさえしなければ、この悲劇は始まらなかった訳で、本件について一番重い責任があるのは彼女だと言えるでしょう。

しかし興味深いのはチャプター2でそのような記述はない、つまりル・グリはカルージュ母の入れ知恵であることを証言しなかったということなんですよね。なぜでしょうか。カルージュ母との「絶対に口外しない」という約束を守っていたということでしょうか。マルグリットの美しさに恋慕するあまり強姦までしてしまったル・グリですが、決闘相手の母親とのそこらへんの仁義は通すあたりが、面白いですね。(実は一周回って女を格下に見ているからこそ彼は口外しなかった、という深読みもできそうですが)

カルージュとしても母親を裁きたくはないし、マルグリットとしてもたとえ本当は分かっていたとしても家族なのでそこまで追求することはしない、という点でやはりまだ中世だから個人よりも家族や家系が尊重されていたのかなあ、とか考えたり。

まあ、もしかしたら単純にル・グリが「死人に口なし」となっただけかもしれないですが。何しろ神の名に下に真実が定められる決闘において彼は負けたのですから。。。

▼もしル・グリが勝利していたら:

チャプター3(マルグリット視点)のタイトルに続けて「The Truth(真実)」とテロップを出すのは、個人的にはあまり好きではなかったです。ただ、ここで冠詞の「The」が付いてるのは何か含みを持たせた表記なのでしょうか。「監督の定めるところの」とか「歴史における定説の」という意味がありそうです。というのも、もしル・グリが勝利していたら、後世には全く別の物語として伝わっていたでしょうからね。

「真実の愛を貫こうとしたル・グリとマルグリット。カルージュの目を盗み逢瀬を重ね、本当の愛と生きる悦びを感じる2人。マルグリットは自身の胎内にル・グリとの愛の結晶が宿ったことを直感していた。しかし妻の『不貞』を見破ったカルージュとの決闘裁判となってしまい、ル・グリは勝利するもマルグリットは火炙りの刑に処せられる。マルグリットは燃え盛る櫓の上で叫ぶ。それでも構わない。あなたは生きて。私が本当に愛した人」

という悲劇の物語に仕立てあげられていたでしょう。

実際にセックスを拒否されていたのに妊娠したマルグリットを見て、激昂したカルージュが妻を問いただして白状させて、全フランスに言いふらしてル・グリと決闘したという可能性だってゼロじゃありませんからね。。。あ、これはあくまで「可能性の話」であって、私がそれこそが真実だと思うという主張ではありませんよ。まあ14世紀フランスがどのくらい貞操観念が厳しかったのかは分かりませんが、現代劇ならそのくらいのシナリオは書けそうな気がします。

▼マット・デイモンとベン・アフレック:

2人が映画で口論する場面を見ると、グッド・ウィルハンティングの頃からずっと続く友情がオーバーダブしてグッと来ました。本作の中では最悪の関係性なのですが。笑

決闘シーンでピエールが「このまま行けばカルージュは出血多量で死ぬ!」というセリフは完全に観客に向けての説明ゼリフになっていて私は笑っちゃいました。そこまで言わなくても観客は分かると信じて入れないでほしかったかなあ。もしかしたら翻訳字幕がややミスリードになってて、ピエールがル・グリを応援する呼び掛けだったのかもしれないですけど。笑

▼ピエール伯爵=ブルース・ウェイン説:

スナイダー版で唯一の不満点と言っても過言ではない「奔放なブルース・ウェイン」がこれでもかってくらい描かれていましたね。笑

ちょうど2020年秋に激痩せしていた頃に撮影したのかなと思われますが、『コンサルタント』や『ウェイバック』の時期よりも、むしろ若返って見えるのが凄いと思いました。

やはりアフレックは最低男を演じさせたら天下一品だと思います。過去作だと『チェンジング・レーン』のクソ弁護士に匹敵するハマり役でした。

これはブルースウェインのご先祖さまという設定にして問題ないのではないでしょうか。よくドラえもんの映画や特別編で江戸時代とかに行くと、のび太にソックリ(一卵性レベル)のご先祖さまが出てくるじゃないですか。あの感じで。笑

▼羅生門:

鑑賞前に本作は黒澤明の『羅生門』のリメイクでもあるという情報を知ってしまいました。公式Twitterが書いてるくらいだから仕方ないか、、、でも私は知らないで映画に臨みたかったかもしれません。それはチャプター2で「ル・グリの証言に基づく真実」とサブタイトルが出たところでピンと来て「発見の喜び」を味わいたかったという後悔です。

さらに間が悪かったことに今回は事前情報を仕入れたのを機に羅生門を再視聴してしまい、映画館を出るときに「リドリースコットも凄かったけどオリジナルの羅生門はもっとすげえな」ってなってしまったので、直前に羅生門の復習はやりすぎだったと反省しました。笑

史実を基にしているからあまり無理はできないし、撮影技術がまるで違いますから『最後の決闘裁判』の方がダイナミックでゴージャスです。しかし、人間に対する不信感を煽られる気持ちや、煌びやかな木漏れ日と妖艶な雅楽に乗せられて映画の中で起きる事象の目が眩むような奇怪さでは『羅生門』が圧勝ですね。ヴェネツィア国際映画祭での金獅子賞(しかも当時は日本映画など誰も相手にしていなかったのを跳ね除けて)は伊達ではありません。

▼映画館でノンフィクションの決闘が起きていた:

映画館でのことです。私の近くに年配の男性(ジジイ)が座ったのですが、上映が始まる直前で部屋の照明が落とされた頃に遅れて入ってきた初老の夫婦がチケット番号を見て、奥さんだったと思うのですが「そこは私たちが予約した席ですがお間違えになっていませんか」と丁寧に相談してきました。

しかし間違いを指摘されたジジイは不機嫌な態度で「その番号は一つ前ですよ」と大きい声で言い張って微動だにしません。

もしジジイが言ってることが本当なら私も間違って座っていることになるので私は「え、まじ?」と声を出さないように座席を前から数え始めました。すると旦那さんも説明に加わってジジイは身を乗り出して確認し自分が間違っていたことに気づいたようだったのですが、特に「すみません」とか「これは失礼しました」とか言うこともなく、まったくの無言で一列後ろの席に移って、まだ前に立ったままの夫婦を無視してスクリーンに集中してしまいました。

その不遜な態度にカチンと来たのか、座りながら奥さんは旦那さんに「ねえ!私たち間違ってないわよね?あの畜生!」とジジイにもギリギリ聞こえるくらいの声で言っていました。すぐに映画が始まりましたが、それから10分程度は奥さんは何度か足を組み直したり、頭を軽く掻いたり(汗をかいている証拠)、落ち着きがなく怒り心頭なご様子でした。

うぇーい!

映画が始まる前からリアル最後の決闘裁判はじまっとるやんけー!!

と私は心の中で叫んでいました。正しいことをしている夫婦と、彼らに不愉快と不穏を与える傲慢な男。正直、ここが今回の映画鑑賞で最大のハイライトでした。いやあ、目障りだった。でもこれが社会の本質だったりします。こういうことがあるから映画館に行くのは億劫になるんだよなー。笑

ああいう頑固で他人に気遣いができないジジイにはなりたくないものです。

了。

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