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混沌の華(パリ10区北駅周辺)

パリといえば、言わずと知れた「花の都」である。
シャンゼリゼ、ルーヴル、ノートルダム、エッフェル塔、セーヌ川…。人によって思い浮かべる所はさまざまだが、私にとって印象深いのは別の場所だ。
そこは、パリの10区にあるフォブール・サン・ドゥニ通りという。

パリ北駅

初めてパリに訪れた時、私は大学一年生だった。
自力で海外を旅するのは初めてで、「若者のヨーロッパ旅と言えば、ユーレイルパス(青春18きっぷのようなもの)とユースホステルだろう」程度のことしか考えていなかった。
だから、短絡的に、ユースホステルを予約した。そのホステルがあったのが、パリ10区だった。

当時はよく知らなかったが、パリ10区というのは中心から微妙に外れたところにある。
10区の中心駅はパリ北駅と言う。英国やベルギーなど北からくる鉄道が乗り入れている、巨大で、治安の悪い駅だ。
さしずめ、パリの池袋とでも言おうか。

街に出ると目の前にはロータリー、そして立ち並ぶカフェやブラッスリー、とまさにパリの風景が広がっていた。
「これがパリか・・・」
と感嘆しながら、私はユースホステル方面へと歩みを進めた。

北駅の駅前

すると、異変に気づく。
駅の建物に沿って北上すると、歩いている人の見た目や立ち並ぶ店の様子が明らかに変わったのだ。
女性は鮮やかな布を体に巻き付けていて、カゴを肩にもった人が横切り、あたりはスパイスや野菜の香り・・・。
そう、駅を左折したらそこはインドだったのだ。

角を曲がって、インド

英国とインドの関係は(良くも悪くも)耳にするが、実はフランスもインドに植民地を持っていた。ポンディシェリとシャンデルナゴルを中心とする、南インドからインド東海岸までの一部地域だ。
一時期英国に支配されたものの、紆余曲折を経てフランス統治下で定着し、戦後にインドに編入された。
おそらく、このあたりに住んでいるインド系住民の中にも、そう言った場所から来た人もいるのだろう。

さて、パリに来たつもりが、インドに来てしまった。偶然の出会いである。
こうなれば見て回るしかない。

通りの両サイドにはインド系の店が並ぶ。
タミル文字が並び、カラフルな飾り付けが目に入る。
特に衣料品の店が多く、独特のエキゾチズムを称えたマネキンが結婚式用のインド服を着て、ショーウィンドウに立っている。服屋の隣に服屋があるものだから、競合しないのかが不思議である。

次に多いのは料理屋だ。でかでかと「ベストオブインディア」と書かれた店、ポンディシェリの名を冠した店などが並んでいる。なぜパリにインドで1番(ベストオブインディア)があるのかは永遠に解けない謎である。

パリのインド料理、食べてみたい。
とはいえ、フランスという美食の国を旅して、インド料理に行く勇気はなかなか出ない。結局、この時はこの界隈での食事はせずに終わった。

なぜインドで一番がパリにあるのか。

パリで食らうインド料理

パリのインド料理を、パリのインドで食らう。
それが実現したのは2年後、再びパリを訪れた時だった。
フォブールサンドゥニ通りを歩き、よい感じの店を探すと、ふと目に止まったのは、インドの神々の絵が掲げられた、小さな食堂だった。
中を覗き込むと、ビュッフェスタイルらしく、いくつかカレーがバットに入っているのが見える。店内はそれなりに混んでいる。ほとんどがインド系の顔立ちである。

中に入ると、店主のおじさんが、
「チキン?マトン?」と聞いてくる。
せっかくだから、
「マトン」と答えて、プレートを持っていく。
すると皿にインドの米が盛られ、マトンカレーが載った。他にも何やら載っている。きっと野菜の類である。
会計を済ませ、人でいっぱいの店内になんとか席を見つけて座る。まるでカフェテリアだ。

カレーは想像にお任せする。

マトンカレーはしっかりとしたペースト状で、米と混ぜるとよく馴染む。手で、といきたいところだが、ここはスプーンでいただこう。
辛さは控えめ。ヨーロッパ向けだ。そして味はバターのような風味とスパイスが共存した濃厚な味。これはうまい。今まで食べてきたカレーとは随分と違う味。
ポンディシェリなどのフランス領インドではフレンチの影響を受けた料理があるらしい。これがその一種なのかはわからないが、もしそうなら納得である。

見当たらぬ味を求めて

その後、時折、あのカレーが食いたくなった。
それほどまでに心惹きつける味わいだった。
だが料理名もわからないし、日本の南インド料理店などに行ってもそれらしきものは見当たらない。
もちろん、ポンディシェリ料理で検索してもわからない(違ったのかもしれない)。
またパリに行き、あの店に行くしかないのだ。
今度はもっと、パリのインドに入り浸りたい、いや、沈没したいものだ。

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