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中年は時計の針を戻せない……

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小説「マチネの終わりに」(平野啓一郎)

五〇代半ばのある日、小説を書こうと思い立ちました。当時、私の身辺で色々あったことをもとに創作したら、おもしろい物語になるのではないかと思ったのです。今思い起こすと、とてつもなく凡庸な話を恐ろしく稚拙な文章で延々と綴っていたような気がします。

それでも書くに当たっては(小説を書く素養がまったくなかったので)、芥川賞作家・三田誠広の早稲田大学での講義録「天気の好い日は小説を書こう」を参考にしました。そこには、こうありました。「私小説的な要素に社会小説を織り交ぜると、深くておいしい小説になる」のだと。

私小説は田山花袋の「蒲団」に代表されますが、面白いかどうか、はたまた名作たりえるか否かは別にして、自らの恥ずかしい体験を赤裸々に綴れば、その体は成します。しかしそこに、社会小説的な要素を入れるとなると相応の見識が必要になるので、一筋縄にはいかないな、とそのとき思いました。

この「マチネの終わりに」も言ってしまえば、中年のオッサンとオバハンのくっ付いたの離れたのという話です。若者のそれと違って、フツーは美しくありません。どちらかと言えば眉をひそめる類で、それだけなら読むに耐えないでしょう。

しかしそこに、音楽や映画といったアートを絡めたり、イラク戦争やリーマンショック等の国際情勢を織り交ぜたり、果ては聖書の解釈までをも絡めれば、こうしてラブストーリーとして成立します(三田誠広が言うところの「深くておいしい小説」たりえる)。

さて、この小説の二人はこのあとどうなるのか──。私の読みは悲観的です。若者と違って中年は時計の針を戻せない……というのが、小説を書こうとした当時の体験から言えること。ああ、恥ずかしかった(ピース)。

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